04 奇妙な貸しアトリエにて
当然だけれど、アトリエを持てるかもしれないと言われてすぐにサボりだすほど私は馬鹿じゃあない。
丘を下ってすぐ、私は実家から普通の馬車で10日の、空間転移の魔術で5分(これは私の力量云々というより、目標点の順番待ちの時間)のポーラ王国連邦会都・ケントリポリに来た。
ポーラ王国連邦はその名の通り「複数の国がまとまっている」国だ。政治の内容や方針は国王たちの会議で決まって、それをうまいこと回すために議長としてポーラ王国連邦首長の魔王が置かれる。
会都というのは、この国王たちの会議が開かれる会議城があることに由来しているわけだ。
さて、どうして国境近くの田舎からこんなところまで来たかというと、ここでしか出来ないことがあるからだ。
具体的には『貸しアトリエ』の予約と使用だ。
グリューネ教会の建物に向かい、普通の冒険者向け窓口を無視し、魔術師向けの窓口へ。会都は大きいし人種も人口も冒険者も多いので、大体の施設は窓口が職業ないし人種ごとに分けてあるのだ。
「貸しアトリエの予約をお願いします。名義は『ポーラいち有名なアルヴィ』で」
「かしこまりました。期間や立地にご希望はおありですか?」
「可能なら連続して3日以上、立地は会都内なら大丈夫です」
殿下のように地位のあるヒトと違い、私には苗字がない。普通は地元の村ないし町から出なくても生活が回るか、商人か冒険者としての情報で予約をするからだ。
私は魔女──魔術師の女性として勇者パーティに居はしたが、冒険者としての登録はしていない。向こうの窓口は使えないのだ。
しかしまあ、不本意だけど殿下のお供として有名なので、このとおり伝えれば概ね問題ない。
「そうしましたら……そうですね、会都東のアトリエでしたらいつでも空いておりますよ」
「ああ、それは前から変わらないんですね。オーナーもいて便利なのに」
いつでも、というか今すぐからでも使えるアトリエを紹介されたので、とりあえずは明日から当面で予約をして予約証を受け取る。これを明日アトリエの前で鍵と引き換えれば、利用期限まで使えるようになる。
会都から実家近くまでポンと空間転移し、歩いて帰る。ポストに殿下のサインが入った紙があるのが見えたが、ひとまず無視した。
翌日。マジックバッグに鍋やら魔導書やらを入れ、ねむたげなお母さんの見送りを受けつつ会都へ。
借りたアトリエまで歩きながら、途中の店で果物、小麦粉と茶葉を買い足す。アトリエが近づくにつれて路上に座り込む人影が目立ちだしたので、道中の人には買った果物を分けてあげた。
「相変わらず埃っぽいわねー」
予約証と鍵を引き換えてアトリエに入り、玄関脇に置かれた鈴つきブレスレットを腕にはめる。ここの利用者は居場所を教えるためにこのブレスレットをつけないといけないのだ。
ブレスレットの代わりに、買ってきた茶葉と小麦粉をそれぞれの袋ごと置く。鍋が出せるのは奥の部屋なので、そのまま奥の部屋へ。
鍋を設置して、グラつきがないか見た辺りで廊下を歩く足音。私は扉を開けて、「買い物の前と後にお茶をお願いしますー」と声をかけた。
調薬中なので、アトリエと貸しアトリエ制度について簡単に。
アトリエとは、魔術師や魔女が作る拠点であり、彼ら彼女らが道具を作るための場所だ。
ポーラ王国連邦ではアトリエに関する法律で、設置は届出が必要、設置する時は他のアトリエから決まっている以上の距離がなければならない、と色々うるさく決まっている。
なかでも面倒なのが「アトリエを設置するときは、アトリエを中心として通訳魔術を5種類以上かけなければならない」だ。ポーラ王国連邦は小さい国の集まりなので、言語も多様になってしまう。なので、通訳魔術でさくっとなんとかしているわけだ。
こうして有用なアトリエも、持ち主が行方不明、死亡、10年とかの長期間不在にするなどを理由に、通訳魔術が維持できない状態になることがある。
そんな時は、アトリエのある国からグリューネ教会へ連絡が行き、アトリエを貸し出せるようにしてくれる。これが私も今利用している「貸しアトリエ」の正体だ。
ちなみに、貸しアトリエを利用する時は、通訳魔術のかけ直しと利用料の支払いが義務になっている。行方不明と長期不在の場合に限り、帰って来れば利用料と修繕費がグリューネ教会と国の連名で支払われるようになっているわけだ。
と、近くにティーセットが置かれる。来客用らしく、いつ来ても曇りひとつないカップには惚れ惚れしてしまう。
「じゃあ、これは好きに使ってください」
私はお茶をぐいっと飲み干すと、数日は遊べるくらいのお金をティーセットの横に置く。お金はすぐに回収され、玄関から走って出ていくような音が続く。
このアトリエがいつでも空いている理由は、借りるための処処のほかに、オーナーにお金を渡す必要があるからだ。私くらいの額を渡すと、本来なら借りた人がやるアトリエの手入れに、近所の人を呼んで勝手にやってもらえるようになるが、人の家を借りるのだからちょっとくらいお金を渡すのは道理だと思う。
さて、今作っているファーストポーションの完成までは、あと半日ほどかかる。オーナーにはのんびり出かけてもらえれば幸いだ。
魔力とは、不可視のエネルギーであり、粒子であり、気体であり、液体であり、個体である。
私はこのいずれも本当だと信じている。もちろん、これは私の「偏見」なので、どれかは嘘かもしれない。
ただ間違いなく言えるのは、今完成したばかりのアルヴィ謹製ファーストポーションは、その成分のおよそ8割が魔力水溶液ということだ。
鍋に入れた水に詠唱で魔力をねじ込み溶かし込み、固くなるまで片栗粉を入れた水のようになったところで薬草を3種類。あとは混ぜながら『魔力融合』の詠唱をすれば、終わる頃にはファーストポーションが出来上がる。
ちなみに、ファーストポーションはその名の通り「最初の」ポーションだ。作り手は最初にこれを完璧に覚えて次に進むし、使う側は初期治療や簡易手当てにはこれを使う。
「明日は納品に行くかぁ」
ファーストポーションを瓶詰めしていると、オーナーから2杯目と、お茶菓子としてクッキーが出されていたことに気がついた。カップを触った感じでは、今さっき持ってきてもらったのだろう。後でお礼を言っておこう。