39 神殿大工団の来訪
昼過ぎの予定だったから、と先生に昼食をたから……提供を求められ、ローグに作ってもらったソーセージのしょっぱいスープを分け合う。
他に食べられるものはと棚を漁って出てきた硬いパンに切れ目を入れ、1人分のサラダを挟み込んでなんちゃってベジタブルサンドにしたものも半分こだ。
「そうでした、アルヴィ」
「なあに先生」
「紹介は私の名義ですが、案内は魔石の買い取りの際に会わせた二人がしてくれるそうです。私には安全地帯の提供と軽食を提供してください」
そういえば測量手からストーキングされている、と話していた。それじゃあ安全地帯も欲しいわけだ。
「軽食……は残ってるめちゃ硬クッキーでいいとして、お茶はあんまりいいの残ってないのよね。バター茶なら殿下に出せるようなのもあるんだけど」
「もうちょっと柔らかいものはないんですか」
「マジックバッグになければないわよ」
何はともあれ場所を用意しないと先生が拗ねる。洗い物は後回しにするようローグに伝え、私たち3人で家を出て畑の近くに木製のテーブルと椅子を出す。
こちらにだんだんと近づいてきている風切音が聞こえてきたので、安全地帯に必要だろう看板を先生の近くに立てておく。
『術者のアルヴィ以外この看板に近づかないこと』
私の字ででっかく書かれた張り紙。怪訝そうな顔をしたローグがきしみながら看板から離れていくので、下の方に小さく『アウロラ先生とローグは許可』と書き足した。
「店長、なんですそれ」
「珍しい魔物の素材から作った看板なんだけど、その魔物は死ぬまでに1回だけ『強制号令』っていう技を使える魔物なのよ。で、使わせずに討伐した場合は素材にその技が残るから、こういう条件付けの札を貼るとあら不思議。素材の鮮度が落ちるまではその技が効果を発揮するってわけ」
と言っても、その魔物は珍しさとしては最上級からいくらか落ちる。社会性を持つ魔物が国家を形成したときに、文官に当たる組織のトップでさえあればいいのだから。うまくいくと1回の討伐で10個とか手に入る素材だ。
実はもう何セットか在庫があるので、悪くなる前に使いたかったのもある。基本的にはそのまま使うしかない素材だから、収納を圧迫して困っていたのよ。
そうこうしているうちに、グリフォンの牽引する箱馬車が視界に入る。1頭立てで高さも速度もそこそこだったので、着陸場所は私が手で示せば御者台から手が振り返された。
「ねえ先生。前に来た時、なんで4頭立てだったの?」
「4頭立てで十全に走らせることができるのは私だけだからですが」
箱馬車から降りてきたのは御者台のヒトを含め4人。うち2人は見覚えのある男性なので、頑張って名前を思い出す。
「13時ちょうど、定刻通りの到着ですね。お久しぶりです」
「ええ、魔石のやり取り以来ですね、ホセさん」
「覚えておられましたか、ありがたい」
先に思い出したのは比較的短い名前の……ホセくん。御者台にいたのもこのヒトだったので、最初に話しかけるのもこのヒトでよかったはずだ。
「あの時は自己紹介してなかったし、そちらからご紹介いただく方もいるので。“ポーラいち有名なアルヴィ”の通り名で魔女をやっています、ガルヴィニアの子、ヒルダとヴォルスの育てたアルヴィです。こっちは私の従者的立ち回りをしてもらってるローグ」
「改めまして、ヘオース学院秘書課次長のホセと申します。同じく秘書課の綱島と、ヘオース学院でお世話になっております神殿大工団のバジッチ様とカミヤ様です」
まず紹介されたのは見覚えのある従者くん。いくらか背が伸びたような気がする。
従者くんの隣で先生の方に視線を向けているのは、ブラウスとオーバーオールを着た髭人と思われる背の低い女性。斜め掛けにしているベルトに測量器具がついているのと、事前情報からしてこのヒトは測量手だろう。
髭人の逆隣りは測量手とは逆に背の高い、パンツスーツ姿の女性。おでこの辺りから2本の角が生えているところを見るに、極東の人口の6割を占める角人だろう。
「ご紹介にあずかりました、オボロ・チャールトン=花宮です。設計士をしておりますので、どういった建物に住みたいかは私の方までお伝えいただければ」
「お茶飲んでらっしゃる……」
「こっちの、アウロラ様にご迷惑をおかけしているのが測量手のルチア・バジッチです。仕事モードになればいくらか役に立ちますので、ひとまずは建築予定の土地をご案内していただければ」
「画家を呼ばないと……」
冷静なカミヤ女史と、先生に感動して挨拶どころではないバジッチ女史の対比が面白いが、そう笑っていても仕方がない。
案内を頼まれた私は苦笑いするしかできなくて、正直に「実はこのへんの土地好きだけ使っていいって言われてて」と伝える。
「……この辺の土地」
先生を見ていた視線が3人分、私の方に向いた。びっくりした猫みたいな顔をしている。
厳密な言い方ではなかったので、ローグがそっと添えてくれる。
「正確には、ガルヴィニア内レムリウス王国駐屯地横ヴィング公爵直轄地とお伺いしております。おおよそ、あちらに見える山から、この森の向こうにある鱗人領の河川までです」
南方に見えるちょっとした山を示し、我が実家を通り過ぎた遠く森の方を指す。ちなみに、この近所にある集落もとい村も直轄地に含まれているので、私があくどいヒトだったら村の住人を追い出して使うなんてこともできる。しないけど。
「本当にこの辺の土地ですね」
「そう。木もまだ切ってないし、バジッチさんはあんまりできることがないかも」
「問題ありません。神殿大工団は神殿の建築に関するほぼすべての職人を抱えておりますので、地盤検査から実施させていただけると思えば大変やりやすい部類です」
とのことなので、実家の玄関から見て反対側。第2城に近づく方向の森を途中の川──これは鱗人領の河川ではない川──まで開墾する予定と伝える。ローグには申し訳ないのだけど、遭難防止としてバジッチ女史と共に森に入ってもらうことにした。
ホセくんと綱島くんは先生の世話を、カミヤ女史は建てたい建物についての聞き取りをしたいとのこと。私は看板の紙にホセくんたちの許可を書いて、森すぐのところに敷いたレジャーシートにカミヤ女史と向かい合って座る。
「早速ですが、どういった用途の建物をご要望か確認させていただいても?」
「えーと、お店と倉庫と自分の部屋と来客用の部屋と調合用の部屋も……調合用の部屋はできれば爆発してもいいやつで、殿下の部屋は日当たりがいっちばんいいところにしたいしその部屋だけ窓とか凝ってもらって、洗濯物干す用のベランダも欲しくって、暖炉はできれば家全体に熱を回したいし、来客用に応接室も欲しくって、」
「それはそれは」
ばーーーーーーーーーっと要望を並べ立てて、それをカミヤ女史はガリガリと木版に書き留めていく。板の枚数が両手ほどになったところで私が「とりあえずはこんなところ?」と言うと、カミヤ女史はとある提案をしてきた。
「よければ用途別に建物を建築しませんか?」
「いいんじゃないかしら、おおよその見込みとかを聞いても?」
というのも、要望が1つの建物にまとめるには多すぎたのだ。
私が要望した内容を整頓すると、「家の機能」「工房・アトリエの機能」「店舗・来客対応用の機能」「倉庫」「魔方陣を置いておく場所」「畑」と多岐にわたる。さすがに家の中に畑を置くわけにも行かないし、私よりも道理をわかっているヒトが提案するのだから少なくとも悪いことではないはずだ。
「今のお話をお伺いした限りでは、工房、倉庫、店舗、住宅の4種の建物を建築する見込みです。
工房は内側からの爆発耐性を考えてドーム状の部屋を内包したものにして、爆発したとしても特定の方向だけ壊れやすいようにして被害を押さえることを考えています。
倉庫は内部温度別に部屋を分けて4部屋の天井高め平屋建てを。保管予定の物に合わせて棚等を設置していただいた方が、自由度が高いと考えます。
店舗は簡易倉庫と応接間を含んだ平屋でよいかと思います。基本的に店舗に立たれるのはローグ様とのことなので、基本的な内装はローグ様にも確認が必要かと。
住宅には書斎と図書室を別に設けてほしいとのことでしたので、グリューネ教会等に見られる廊下から個人の部屋に入ることができる様式で部屋の広さを確保します。ただ、図書室はどうしても重量が発生するので地上階又は専用棟の方が安全ではありますね。そうすると浴室やキッチン等の設備配置に迷ってしまうのですが……」
「そうしたら、当面は実家を図書室として使えば用が足りるし、およその場所だけ確保しておけばいいかしら。蔵書が増えたら移転ついでに立てる感じで」
カミヤ女史の手元では、これまでに設計したと思われる建物の外観図が並んだカタログが開かれている。話しながら工房はこんな感じでと示していくので、私は外観図を元に魔力と土をこねて模型をどんどん作る。
家に立てかけてあった浅い箱に土を敷いて、積み木みたいなちゃちな模型を並べる。おっと、図書室の建物は今はいらないんだった。所詮は自然の素材を魔力で固めているだけ、握りつぶせば元の素材になる。
ついでだからと川を作り、池ができ、雑草をもとに簡易的に作った木の模型を生やす。
どうせなら川すぐではなく支流を引いてきた方が安全だし、生活用水も取れる。それに、当面の図書室代わりに実家を使うなら、実家からあまり遠いと用が足りないし……大体こんな感じでいいかな。
「アルヴィ様、それは?」
「単なる模型よ。大体の外観は示してくれているし」
下手の横好きというか、何かしらの物を作成することが多いアトリエ持ちの魔女・魔術師というのは模型作りを趣味にしているヒトが多い。
有名どころでは西方のアストラット公国、200年ほど昔の公女様で魔女のアメリ様という方も模型作りが大好きで、領主館の大広間をたっぷりと使って魔術仕掛けのミニチュア領地をおつくりになられたくらいだ。アストラット公国で魔女集会が開催されると見れるというが、今のところ私は見たことがない。
「……よろしければ、その模型をお借りしても?」
「いいけど、素人の真似事よ?」
「希代の魔女が作ったものです、素人とはだれも言いませんよ」
まあ、模型だったらレイアウトの修正簡単だもんね。私も外見のイメージを伝えやすいし。
カミヤ女史と模型を挟んで建物のレイアウトを微調整し、内装の相談を続ける。そろそろお茶の時間かしらと思ったところで、森の中からローグとバジッチ女史が顔を出した。
「測量はどうでした?」
「等間隔で地質調査をしつつ真北に1時間進んできた。最初の川にすら到達しなかったぞ……」
「訂正。地図データ上に掲載されている川のうち、現在地から鱗人領までのいくつかは水無川で現在は水が流れていません。指摘はさせていただいたのですが」
言われたバジッチ女史がふくれっ面になる。カミヤ女史は慣れているのか、さり気なくバジッチ女史に模型を見せて興味を移らせ、ある意味髭人らしいかんしゃくを押しとどめた。
「今後の流れですが、今回の測量とご希望をもとに見積もりを作成させていただきます。これ以降の測量及び設計は書面を交わしてから進めさせていただければ」
「わかったわ、後でローグに頼んでおくね。しっかし、敷地に川を流すとなると、結構遠くから川を造んないとだめかしら」
「第2城からの入電、近隣の水無川は鱗人領に管理を委託しているため、所定の手続きを行うと水が流れるそうです」
なら、建設が始まったら手続きを殿下に頼もう。悲しいことに、論文の作成もできないくらい書類仕事が苦手なので。




