38 魔神 とは
前回のあらすじ
先生「依頼です。私の首が落とされるという予言が出たので、①首を乗っけておくボディを作成してください②首を最初から切り離して生きておく方法考えてください。①は特に、実績があるでしょう?」
アルヴィ「義肢を作った経験ならあるけどさあ。いいよ」
テーブル上で常温になったお茶を飲み干して、ポットからお代わりを注ぐ。先生は空になったカップを前に黙ってこちらに微笑んで、口に出さないなら動かないぞと私はちょっと睨んでみる。
……まあ、放置しても未来永劫声がかかることはないだろうからと、仕方なしにお代わりを注いであげた。
「じゃあ依頼はこれでいいとして、取引って何?」
「アルヴィ。あなた、魔神になる気はありませんか?」
先生の、いつも以上に魔力が乗った声色。了承を即答しそうになるけれど、脳内のミニ殿下──私がよくしている、殿下がこの場にいたらなんて言うかな、っていう想像──が警鐘を鳴らしているので、なんとかかんとか煙にまく。
「……さっき頑張って忘れたところなんだけど」
「ヒトの脳に記憶を定着させるには、定期的に思い出させるといいそうですよ。憶えられて幸いですね」
忘れたいって言ってるのに、どうして記憶させようとしてんだこのヒト。いやヒトじゃないか。
お代わりの味はお気に召したらしい、若干機嫌のよくなった先生は私を説き伏せようと口を開く。私は説き伏せられてたまるものか、と先生の顎をつかみ行動を防ぐと、これからの論戦(?)にそなえ熱々のお茶で喉を潤した。
「先生、取引の前にいくつか説明してもらうわよ。魔神になるって何なのか、“冠を支えるもの”さんについて、そもそも私って先生に綴人とやらに指名されてたよね、とか」
「途中にお伝えしたくないものはありますが、いくらかは説明しましょう。今のうちに茶器をもう一人分用意しておくことをお勧めしますよ」
喋りづらそうではあるけど、説明する気があるとの答えはもらえた。
私は先生の顎を手放して、キッチンの戸棚に並んでいるティーカップをちょちょいと取り寄せ、開いている席──元々先生が座っているのがお母さんの席なので、お父さんの席の前に並べた。
「そもそもとして、あなたは綴人に関する説明をどれほど憶えてますか」
「先生と居場所の共有くらいはできるって聞いた」
「全部忘れたんですね。……いいでしょう」
先生がひとつ指を鳴らす。空間魔術の口が背後に開き、奥からタイヤ脚付きの黒板がチョーク類の入ったトイワゴンを牽引しながら移動してきた。
「出張講義と行きましょう。バッジは……卒業していますから不要ですね?」
もらえるならもらっておきたいけどね。
*
先生は黒板にチョークを滑らせて、極東文字で只人,臍人,洞人,髭人,猫人,犬人,羽人,鱗人,巨人,精霊と有名な種族を書いていく。
ちなみに臍人は背丈が低めで五感が鋭い、手先の器用な種族。どこの血筋からでも突然変異的に生まれるこの種族に種族名の自称はなく、ガルヴィニア語でクライナリシュ、グリューネ教会で基準言語とされるクロスランド語ではライナーヒューマンと表現される。極東文字の由来は、極東で初めて確認された臍人が現地に多い鬼人の臍くらいまでしか身長がなかったからだとか。
「まず、現在の人々における“種族”の概念は八神暦以降のもので、基本的にはグリューネスケールを使用して測定した結果ですね」
「はい先生、グリューネスケールってなんだっけ」
「元は八神暦初頭に竜人が定めた種族同定法ですね。現在ではグリューネ教会が定義の管理をしていて、彼らの布教活動に合わせて普及したことからこの通称が使用されています。では八神暦以前の世界にはこれらのヒトは存在しなかったのか? はいそこのアルヴィさん答えて」
わざとらしく指名されたので、わざとらしく学生っぽい声で答える。
「地中に都市を作って存在していました」
「そのとおり。八神暦以前の時代は直前に2年ほど“十七の星災”という冷却魔法により、さらに3年ほど“十二の罪火”と総称される地表の焼却魔法群により、地上は生活できない状態でした。現在のヒトは当時の技術でヒトとそうでない生命を混ぜて環境に適応した種族に進化させ、たまたま生き延びたヒトの子孫です。当初は魔術技術が活発ではなかったので、別の技術体系に依存していましたが」
そういいながら先生は、只人とそれ以外の間に点線を書いた。ちょっとゆがんでいる。
「時系列にまとめると、めちゃめちゃ焼かれて、めちゃめちゃ冷えて、その間にヒトは人力で進化したってこと?」
「だいたいそうです。地域により進化の傾向は異なり、また進化せずにそのままのヒトで残ったものもいます。現在、多種多様な種族でありながらいずれの種族同士でも繁殖が可能なのは“進化前がある程度同じだから”ですね。また、この進化は当代限り……基本的に遺伝しない状態だったため、魔神との交配により種族を確立させていきました。竜人は比較的種族の確立が早かったため、他の種族を測定してスケールを作成できたわけです」
「……魔神になると、好き嫌いを置いといてたくさんの伴侶を置かないとダメ、ってこと?」
「あなたが成るのは違います」
よかった、私には殿下がいるので、それ以外にもと言われるのはちょっと遠慮願いたかったのだ。
「魔神同士の中にも格付けがありまして、いわゆる原色と言われるのが八神暦の神とされる魔神です。原色の魔神はヒトに比べて数多のことができる代わりに、先の種族確立に関する能力を持っているので多数の子をなす義務があります。あなたが成るのは原色ではない魔神なので、いくら色が濃い……魔神の格が高かったとしても、ちょっと魔法が使えるようになるとかちょっと寿命が延びるとかのメリットしかないので、いいとこ魔人からの祈りに答えるくらいしか義務はありません。デメリットとしては、ただのヒトであればなんてことのない攻撃でも、場合によっては致命傷になるだけです」
「じゃあ、魔神になるっていうのは、まあまあのデメリットとまあまあのメリットがある兼業?」
「種族が魔神に変わりますが、おおむねそれであっています。では続いて綴人について、魔神の候補生です。質問は以上でしたね?」
先生のにこやかな笑顔。ひるまず私は「“冠を支えるもの”さんについては?」と聞く。
「チッ」
「先生舌打ちしないの」
どれほど話をしたくないのか、先生の杯が進む。アルコールは入っていないので、酩酊したくてもできないだろうに。
パカパカ開ける先生のせいで、ポットに作ってもらったお茶がなくなった。仕方なしにマジックバッグから作り置きのお茶を出すと、飲めるなら何でもいいのか、先生の杯は両手でも数えられない数傾けられた。
「冠を支えるもの。二十九の魔法使い。通りすがりの科学者。いずれも同じ、魔神の父を指す言葉です」
「最近ではカーター・ロストストーンズ、なんていう名前も使っているねえ」
おっとりとした、知らない声に視線をそっと向ける。
お父さんの席に座っていたのは、白衣と呼ばれるローブを来た男の人だ。青年とも壮年とも言いづらい不思議な顔は、極東のヒトに多いつややかな黒髪で目元を隠していて表情が読みにくい。白衣の下には首元を隠す黒い服と、ダンジョンで稀に見かける青っぽく暗い色のズボンを着ていて、そのどちらも薄くも筋肉質な体を隠しきれていない。
勝手に侵入パート2とはいえ、さすがにお茶も出さずにいるのは家主(暫定)として居心地が悪い。先生は嫌そうだが、また新しい作り置き茶とクッキーを出して差し上げる。
「……私が魔神になっても、そのヒトは私のお父さんにはならないよね」
「ならせるものですか、気味が悪い」
「残念だけど、もう子供は不要かな。柔らかすぎて困ってしまうし」
侵入した誰だかがつまもうとしたクッキーは、指に押されてくぼむ。長持ちするようにと固焼きにしたつもりだったが、と私もひとつつまみあげて、指先の感触だけで自分のお茶に浸すことを決めた。
「いいですか、あれは呼ぶと来ます。できれば指示語か、可能ならアイコンタクトであれを示してください」
「失礼な、呼ばれたから来てるのに」
「早速来てるね」
再度視線を席の方に向けようとする。が、先生が両手で私の顔を挟んで無理やり首を反対方向に向けた。
「いいですか、見てはいけません。聞いてはいけません。話しかけてはいけません。粘着されますよ」
「アウロラ、あまり人の子を虐めてはいけないよ」
先生の手に力が入る。私の脳裏にはウーシャの魔術が失敗して爆散した魔物が思い返されていた。
「……ご本人もいるし、詳しく聞いたらダメ?」
「これ以上話しかけたらすべての単位を没収します」
「やめておくわ」
「さびしいなあ」
お詫びをしたいが単位は大事だ、なんせアレがないと資格がひととおり無効になってしまう。
ティーカップが置かれた音がして、ため息が吐かれる。本当に寂しそうで申し訳ないが、ぐっと我慢した。
「ごちそうさま。お茶菓子までもらったのは久々だからうれしかったよ、またね」
帰りはさすがに玄関から帰っていった。……私のやる空間転移みたいなゆらぎはなかったけれど、どうやって侵入してきたんだろう。
先生も大きく溜息を吐く。さっきまでの落ち着かない様子から、いつも通りのおちつい……少なくとも精神的な冷静さは取り戻したように見えた。
「それで、冠を支えるものについてでしたね」
「いいの?」
「さすがに、一度来てから再度来るまでには時間を空けてくれますから。何もしないで帰ったからには、相当に機嫌がよかったのでしょう」
どこか呆れたような、懐かしむような、私にはまだよくわからない顔で先生は“冠を支えるもの”さん──本人の宣言にならってカーターさんについてを教えてくれる。
「冠を支えるものは、私の父は。あの外見よりもういくらか若いころに妻を喪って、もとからまあまあ問題のあった人間性がこう、今のようになったそうです。そのあたりは黄が詳しいのですが、あれは砂漠を掘らないと会えません」
「さすがに先生以外で魔神の知り合いを作りたくないし、会いに行くのはやめておこうかしら」
「何を言っているやら」
文句のありそうな先生に、そろそろ時間だと時計を確認するよう促す。
まあ時計を見るまでもなくて、ローグが部屋の扉を開けてこちらにやってきたのだけど。
「では、詳しい成り方はまたあとで」
「あんまり後でしたくないけどね」
わかりにくいひとへ
出世魚のブリで例えると、
地域別の進化傾向=ブリは地域により名称の変化が違う
進化は当代限り=ブリの子供ができたとしても最初からブリではない
魔王との交配で種族を確立=ブリの卵がいきなりブリないしハマチで生まれるようにした




