36 エルフの惚れ薬―納品編
グリワワのお屋敷の前まで送ってもらい、次の予定が入っているからと別れがたそうに落ち込む殿下を馬車に押し込んで見送った。
何となくお屋敷に戻りたくないな、と私は日傘を回してぼんやりする。いっそこのままお店に行こうか悩んでいると、グリワワの馬車を繰ってローグが帰ってきた。
「ローグも御者ができるんだ……」
「兄弟機の協力でアップデートをいたしました。それと、ヘレイズ氏と納品日を約束してきました」
「ありがとう」
ローグから詳しい話を聞こうと、執事さんに声をかけて私が借りている部屋に引っ込む。ついでだから、着替える前の服が今日明日でこっちに届けられるだろうことも伝えておいた。
私はドレス姿のまま、ローテーブルを挟んでローグと向かい合う位置に座る。よく見る侍女の1人が紅茶を差し入れてくれたから、扉は空けたまま、茶菓子は出さないようにお願いしておいた。
「それで、いつだったら都合いいって話だった?」
「明日で構わない、とのことです。ギルドの応接室は5~6名サイズのものを押さえてあります」
「それはなによりだわ。明日の準備しておかないと、手伝ってくれる?」
準備と言うのはあれだ。アトリエで注文を聞くときや調合したりするときは、人前に立てる程度になんか着ていればいい。でも、納品の時はお堅い契約締結なんかと同じで魔女らしい服装をしよう、ちゃんと資格を持ったヒトですよと示すためのものを着ようってことだ。
いつものマジックバッグから取り出したるは、私の織った布から仕立てたストール。そういえばこれを仕立てるときにも使った、森でもらった糸が底をつきそうだったはず。お土産をもってミンターの森に行かないとね。
「手伝いは構わないのですが、方々から通信で問合せが」
「便利なんだか不便なんだかわからないね、その通信機能とかいうの。無視できないの?」
「現在の設定では視界にメッセージが表示されてしまうので難しいかと。後ほど、就寝時間帯中の情報共有のみに変更しておきます」
ストールの真ん中位で半分に折って、ローテーブルに広げる。さらに取り出したるは、持っているアクセサリ類を整頓している多段式のジュエリーボックス。
ローテーブルの隙間に置いた25センチ立方体のそれをがしゃこと展開すると、アクセサリに混ざって学位と資格を証明するバッジが狭苦しそうに顔を出した。
イヤリングカフスイヤリングバッジカフスカフスネックレスバッジバッジ、みたいなごちゃごちゃの中からバッジだけをつまみ上げ、ジュエリーボックスの最下段……使ってない引き出しを外して適当に並べていく。すかさずローグが似たような資格順に並べていくので、早速大助かりだ。
「店長。いったい何順で入れているんですか」
「もらった順」
「せめて種類順にまとめても?」
「几帳面だなあローグは。触ったらだめだよ」
なにげ殿下から定期的に贈られている処々のアクセサリがあるのだ、いくらローグでも触ってほしくない。
学院の行事の時は全部のバッジをストールに留めるのだけど、今回なら調剤系のバッジだけ配置すればいいかな、とバッジをストールの上に並べてレイアウトを見る。うん、色味がぐちゃぐちゃで芸術性が高い。色は確か虹と同じ赤橙黄緑青の順で並べていけばきれいになるだろうから、入れ替えて入れ替えて入れ替えて……。
うん、色味が混沌を示し始めた。
「まあいいか」
「よくないですって。“4518年冬期版ヘオース学院推奨バッジの並べ方”を参照すると、これをこちらに移動させていただいて……」
触ったらダメと言うのをきちんと守って、ローグは並び順の提示に留めてくれる。私がそれにならってバッジを並べ替えると、色味はばらばらだけど何となく見栄えする並びになった。
「これでよし、と。ローグ、これあとでかけといて」
バッジを並べた位置に刺して固定する。そう長く使っているつもりはないものの、やっぱバッジを刺すとなるとだんだんぼろぼろになってくるわね。私も先生みたいに、更新のない資格はストールの柄に編み込んだ方がいいかしら。
と、窓を叩く音。視線をやればローグが開けてくれて、魔物でしか見ないような大型の、紙製の鳥が無理やり入室した。確認する必要もない、先生からの手紙が飛んできたまでのことだ。
大半が機密・重要・社外秘書類なので丁寧により分けて、本文だろう裏紙を読む。
『バカ弟子へ 業者を押さえたので早急にアトリエ設置予定地の測量をさせなさい 私より』
せんせぇー! 発出元を書いて先生!
と言っても明日はすでに予定が入っているし、出発前に殿下のところに顔を出しておきたい。殿下は私が出かけるときにとても心配するので、よほど(クロスランドの軍人に誘拐まがいのことをされたとき)じゃない限りはどの辺にいるか伝えている。しかも今日も会ったくらい近くにいるのだから、伝えない方が不自然だ。
ローグに殿下へのアポイントを頼み、侍女も声をかけに来たのでお嬢様教育を受けに行く。ついでに、明後日には実家に帰ることをマリアベルおばさまに伝えて、思い出し教育はひとまずの終わりを迎えたのだった。
翌日。グリワワのお屋敷で朝ごはんをいただき、着替えてローグと共にグリューネ教会へ歩いていく。ローグが手続きに来てくれたからか、すぐに応接室に通してもらえた。
「おはようございまーす」
応接室では、すでにヘレイズ氏が待機していた。しかも、冒険者然とした埃まみれの服装でなく、ちょっとした貴族か商売人のようないでたちで。婿入り先に用意してもらったのかしら。
対する私もいつもの作業着ディアンドルでなく、ちょっといいワンピースにストールを巻いている。いつものが村娘ってところなら、これは市民の社交場くらいのだけど。
さすがに異性とふたりきり──公共の閉所でゴーレムは人数にかぞえないのだ──はちょっとと思い、冒険者ギルドの立会人を待ってから入室する。立会人は応接室を借りるなら大抵セットでついてくるので、そう私たちと時間を置かずにやってきた。
「では、この度は弊ギルド仲介の元商品の引き渡しを行うとのことで。立会を務めさせていただきます、パラトキシア支社リャポワスターン支部助祭のブローテと申します」
「“ポーラいち有名なアルヴィ”よ」
「ヘレイズ・ダマスキノだ。近日中にヘレイズ・ハインラインになる」
挨拶が済んだところで、ローグに指示をして薬品運搬専用にしているマジックバッグから納品物を取り出す。
取り出した“エルフの惚れ薬”をまずはブローテ女史に渡す。ブローテ女史の手元にはノート位の金属板に似た道具があり、これは各種ギルドの本部と連絡を取るためのものだ。鑑定の魔術は遠見の魔術や過去視の魔術越しにも使えるから、鑑定をしてもらうことで私も相手もギルドのお墨付き商品を売買したと言えるようになる。
金属板を“エルフの惚れ薬”の方に向けると、しばらくして金属板に遠見の魔術の結果が現れる。
『鑑定結果、“エルフの惚れ薬”で間違いありません。対象者はその当人と本薬を併せて撮影しなければ確認できないため、再度撮影をお願いします』
「ではダマスキノ様、失礼して」
ブローテ女史が“エルフの惚れ薬”を掲げ、ヘレイズ氏と“エルフの惚れ薬”と金属板が直線上に並ぶようにする。
『確認できました。当該オールド・エルフ男性が適用対象となります』
「オールド・エルフ」
『星暦50年ごろにハイエルフ種から独立した数種のエルフの中でも、独立当初の血に近い個体の呼称です。ご存じありませんでした?』
本人もよくわかっていなかったのか、鑑定結果を復唱する。
私も薬の効果が変わってくる可能性があるので、さっと質問を入れる。
「失礼、本薬の製造者です。依頼時はエルフである旨申し出があったので製造しましたが、オールド・エルフであることで悪影響はありますか」
『ありません。オールド・エルフは血統としての純血性を指して評価する言い方であり、ハイエルフ種とエルフ種のように別種というわけではありません。また、本薬は特定個人に対し効果を発揮するため、想定通りの効果が発揮されるかと。他、質問はありますか?』
ならいいか。他人の人種なんて個人情報、即時忘れるに限る。
他の質問は特に出なかったので、本部との通信は終了される。
あとは納品だけ、と思ってぼんやりしていたが、ヘレイズ氏に待ったをかけられた。
「待った、対価の支払いについて異議がある」
「もうもらっているから、返せないわよ?」
「多く支払ったから返してほしいわけではない。このところ不在にしていた理由……婿入り先での勉強の際に、通常“エルフの惚れ薬”を依頼するなら対価は100万トーカからを見なければならないと聞いた。素材は持ち込みだったから、いくらか差し引いた額を支払いたい」
「もうもらっているから、いらないわよ?」
「だが」
依頼時のようにヘレイズ氏が粘りそうだったので、ローグに「あんまり受け取らないでね」と伝えて交渉を任せる。
“エルフの惚れ薬”が高くなる理由は、素材収集の面倒くささと提出物の処理。今回は幸いにして、素材は持ち込みだったから楽だったし、提出物は殿下のおかげで即日処理。金額を吊り上げる必要がない。
しばらくして、金額交渉が終わってローグが支払処理を受け付ける。ローグは両手とも手のひらにある骨に相当するいくつかの部品で決済処理ができるつくりになっていて、ピッパッスワーで会計処理ができる。便利だ。
「では、以上で売買処理の仲介を終了します。“ポーラいち有名なアルヴィ”さん及びご同行者様に置かれましては、後ほど仲介手数料を窓口でご納付下さい」
「口座引落って対応してるかしら」
「勿論です。ダマスキノ様も、お疲れ様でした」
窓口でいつも通り、口座引落依頼の紙を書いて出す。仲介手数料は売価により変動するとかで、ローグに売買履歴の提出と併せて記入してもらった。これにて、この仕事は完了。
確認していなかった殿下とのアポイントメントは、今日明日はどうしても都合がつかないとのことだとローグに聞いたので、仕方なしに直筆の手紙で連絡を入れておく。マリアベルおばさまには断りを入れてあることだし、同様に手紙を飛ばしてこのまま実家へ戻ることにした。
ちなみに後日届いた手紙によると、ヘレイズ氏の婿入り相手は冒険者企業で惚れた相手だったそうだ。返事として、薬は使わないならちゃんと廃棄しておくようにとだけ書いた。




