表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/54

34 エルフの惚れ薬―制作編

 軍議が終わり、殿下とおやつを食べていたところ。私の持ってきた届け出は承認されたと連絡が入った。なんでも、殿下はあの届け出の書類を、軍議の書類と併せて最優先の書類として転送したらしい。

 いくら何でも最優先はやりすぎだと注意しつつ、殿下の膝を降りてローグに手を振る。ローグはローグで、機密情報を漏らさないために休眠状態になっていたから、起こす必要がありそうだ。


「ローグ、帰るよー」

「……わかりました。少々お待ちを」


 べちべち、と頬を叩く。柔らかさはヒトのそれと同じ肉の感触で、製造者(先生)の技量の高さがうかがえる。

 ゼンマイが巻かれるときのようなわざとらしい起床準備を聞き流し、ちょっとへこんでいる殿下に次は気を付けてくれればいいと伝えて、今日のところはグリワワ家に戻ることにした。なんたって、エルフの惚れ薬を作るのはとても疲れるし、明日はそれだけ作っておしまいにするつもりだ。

 夕方と言うには早い時間に夕食を準備してもらい、テーブルマナーの思い出しを兼ねて食事をして、寝る前にローグに入れ物の準備を頼んでおく。


「ローグ、悪いんだけどマジックバッグの中にある、瓶用の金型探してくれない?」


 基本、アトリエの魔女・魔術師が作るものは制作者を示すために表示を行う。私の場合、ポーション類なら瓶の底に私を示す印をギュッとつけておくし、布物なら革製造のタグ(品切れ中)を縫い付ける。

 話がそれるけど、たいていのアトリエでポーション類の瓶を回収しているのは情報収集兼技術交流的な側面がある。回収量の多い瓶はそれだけ地域で売れ筋の商品ってことになるし、見かけの割に容量が多いとか、ポーションの素材が独特とか、ガラスではない謎の物質で作成されているとか、瓶には見どころしかないわけだ。あと、瓶そのものの素材を買いに行くのって手間だし、自分の作った瓶が改修されたら洗ってまた使えるし。


「瓶用の金型ですか。……ええと、いくつか入っているようですが」

「平底フラスコみたいなやつを使うから、それを探しておいて。スライムの素材で作った清掃道具もバッグに入っているはずだから」

「かしこまりました」


 ベッドで丸まりながら、明日に向けて心のやる気を高めていく。

 その日の夢は、初めて殿下と会ったときの情景だった。


 快適な目覚め、朝食の香り。

 ちょっとばかしのやりたくなさと、たまの高難易度要求にわくわくする気持ち。ベーコンの油で包んだなら、きっとうまくいくだろう。


「おはようございます。廊下まで聞こえていますよ」


 ちょっと、聞こえていても無視するのが人情でしょう。といっても、ローグはそのあたりまだ勉強中か。

 朝食のワゴンを押してきたローグにツッコミを入れられつつ、ベッドの上で大きく伸びをする。こぼすといけないとサイドテーブルにベーコンの乗ったお皿が置かれて、ゆで卵はフラミンゴのようになっていた。

 きれいに食べ終えた朝食は、片づけを家女中(ハウスメイド)に頼んで馬車通勤。ローグの探しておいてくれた金型を眺めて、頼んだものであることを確認する。


「今日は昨日依頼されたポーションを作ったら帰るわよ」

「そうなのですか?」

「うん。と言うのも、これ以上作ると置き場所がない」


 作りすぎた? いやいや、そもそも量産が簡単なモノしか作っていない。元から抱えている在庫もあるし、仕入れ値を考えると部外者がポイポイ捨てるわけにもいかない。

 元からいる店長・店員さんらが片づけをしていたのもこれが理由で、私は店をどんどこ狭くしていたという訳だ。

 なので今日からは、借りている期間が満了するまで“素材があるから”の注文しか受けないことになる。もちろん、在庫が片付いたなら作るけど。


「ポーションって生物(ナマモノ)だから、適宜作り足すのが最適だもの」

「……では仕方ないですね」


 作業に集中するため、ローグには店頭作業──あまり来ないお客さんが来た時に対応すること──に集中してもらうようお願いした。

 私は簡易の調合室でマジックバッグから預かった素材、瓶の素材、金型、疲労軽減の魔術札(スクロール)、乳鉢、乳棒、鍋そして柄の長いお玉を取り出し、その辺に浮かせつつ端から作業をする。

 瓶は平底フラスコを小さくして、首を長めに取ったような形のものを作る。栓は中空で、内部には“エルフの惚れ薬”の副産物かつ“エルフの惚れ薬”と反応させると燃えるものを詰めるから、形だけ作って瓶と共にミニテーブルに乗せた。


「さて」


 適当な布で口元を覆い、鍋に私の吐息が入らないようにする。魔術札(スクロール)を腕に貼って、床に直で組んだ薪に火をつけて、お玉で時計回りに2回、反時計回りに1回、時計回りに3回、反時計回りに2回と鍋の淵をぐるぐるなぞる。

 鍋に魔力を通すための作業。割り切ってしまえば、気分を高めるための儀式。正直、これから作るポーションはもったいぶっているものの、材料の用意ができているなら簡単な部類だからだ。


 素材のひとつ・南方で採取された特定植物の種子(カカオの実)にナイフで切れ目を入れて、お玉の柄を挟んでてこ(・・)の原理で割り開ける。中に入った(カカオ豆)は30個程度だったので、失敗してもリトライできるように、そして全部使うと大量にできてしまうため、ひとまず10個程度を鍋に入れる。

 同様に夜露をちょっとだけ、吐息は魔術で分割して取り出し鍋に入れる。これで材料は全部鍋に入った。

 深呼吸をして、お玉に魔力をぐっと込める。最初はちょっと抵抗があったものの、すぐに液体の混ざり合う感触に変わった。予想では1回失敗するつもりだったが、1度で完成したらしい。さすが私。

 混ぜているものの体積が減って、混ぜている感触が砂交じりの水から泥に変わってきたところで息を止めて鍋を覗き込む。白っぽい黄色っぽい石と灰色の液体ができているので、火を消して鍋での作業はおしまい。

 まずは石をお玉で拾い上げて、浮いている乳鉢に除ける。鍋に残った液体は、お玉をきれいにぬぐってからすくって瓶に注いた。


「ンン、“明かりを”」


 普段やらない短縮の、詠唱で部屋を照らす魔術を使う。ぽわ、と柔らかい光の玉が現れたので、私は瓶を灯りにかざす。このポーションは光を通さないほど効果が高いのだけど、くっきり影ができるってことはかなり効果が期待できるってことだ。

 紙を乗せて簡易の蓋にして、乳鉢に入れた石──硝石を乳棒で叩いて擦って粉末にする。砂位の粉末に成ったところで、中空に作った瓶の栓の中に流し込み、栓の中に窒素を満たしてからアルミ片を入れて封をする。これで“破損すると自然発火する栓”ができたわけだ。

 栓にひびが入ったりしないよう、気を付けながら栓をする。


「できちゃった」


 “エルフの惚れ薬”、ヘレイズ氏専用バージョン完成だ。本当は取扱説明書込みで販売しないといけないが、それはグリワワのお屋敷でも書けるので後回し。

 使った道具をひと通り片付けて、“エルフの惚れ薬”は薬品運搬専用にしているマジックバッグに入れて、私は簡易の調合室を出る。


「ローグ、帰るよー」


 店頭作業に従事していたローグに声をかける。この店の店長さんに商品の説明を聞いていたようで、記録していることを示してか細かく瞬きをしている。


「おや、お疲れ様です。完成したのですか?」

「ったりまえよ。私が作ってるのよ?」


 伊達に“ポーラいち有名”なんて冠していないわよ。依頼を受けた以上はきっちり……それこそ素材を再度取ってこないといけなくなったとしても、赤字になっても作るわ。

 今まで依頼が来ても断っているのなんて、私が免許持ってないか、素材が現存しないか、もしくは先生の親を名乗る不審者からの物なんだから。……結構あるわね。


「そういうわけだから、今日は帰るわよ。取扱説明書も書かないとだし……そうだ」


 仕事の勉強も兼ねて、取扱説明書はローグに書いてもらお! ゴーレムといえば代筆業も得意だからね!

 ……本当のことを言うなら、殿下が城で使っているような箱を買うといいのだろうけど、タイプライター(文字の箱)でいっぱいいっぱいな私では使いこなせる気がしない。


「ローグ、口述筆記ってできる?」

「できますが、それが先ほどの“そうだ”の理由ですか?」

「よくわかってるじゃない。そしたらそれこそ明日にでも納品の連絡できるし、私は節約と楽ができるし、ローグは少し仕事を覚えられる。3者3得よ」


 そうこうしているうちに馬車が来たので、グリワワのお屋敷に戻る。まだお昼の支度もしていないくらいで、部屋も清掃中だからとお庭のガゼボに案内された。


「じゃあローグ。ゆっくり説明するから、頑張って書いてね」

「はい」


 マジックバッグからお客さん用の処々に使っている紙のストックを出し、半ばまで使って切り落とした分からちょうどよさそうな大きさのものを何枚か用意。インクは何種類か用意があるから、残りがちょっとしかないつやつやした黒インクを紙そして羽ペンとともにローグへ渡した。

 取扱説明書は地味なこだわりとして、シレーネシアの技術提供でルパギンティニアが作った紙を使っている。特徴は光を当てるとラメのような輝きを返すところで、私の使っているものは今の髪と同じ緑と青の輝きをしている。

……買う時にたまたま殿下に会ったので、お会計を頼んだら絶句していたくらいには高級品、書き損じても高級品。それなら、少なくとも私が伝え間違えない限り誤字脱字の発生しないローグに頼んだ方がいい。


「じゃあ、ええと……

“本書は八神暦4519年3月4日に製造された薬品、通称“エルフの惚れ薬”についての取扱説明書です。

使用後副作用が発生した際の法的保障を請求するために必要となるため、服用から1年程度は保管をお願いします。

1.本薬品は経口摂取専用です。身体への塗布、香炉による噴霧等、他の方法では想定された効果が発揮されない又は悪影響を及ぼす可能性があるため、行わないでください。

2.本薬品は主に興奮剤としての効能を持ち、生殖能力の活性化が期待できるものとなっております。ただし、副作用として、まれに睡眠障害等が発生します。

3.本薬品は発注者“ヘレイズ・ダマスキノ”専用の調薬となっています。他者が使用した場合、もしくは老化等により発注時より身体精神等に変化があった場合は想定された効果が発揮されません。

4.本薬品を使用せず破棄する場合は、瓶の蓋ごと壁面など硬い場所にぶつけて砕いてください。なお、その際に小規模魔術程度の燃焼が発生するため、耐熱ないし火災の危険性がない場所で実施してください。”」


 ここまで書いてもらったところで、内容を確認する。問題がなかったので、下の方の開いているところに『以上、ポーラ王国連邦調薬免状登録名“ポーラいち有名な”アルヴィが制約します。』と自分で書く。インクが乾いたところで筒状に丸めてリボンをかけて、最後に保護の魔術で破壊耐性を与えて、取扱説明書の完成。


「ローグ、この辺のグリューネ教会(冒険者ギルド)からヘレイズさんに連絡とってもらっていい? 明日以降納品できるってことで」

「少々お待ちください。……パラトキシア支社リャポワスターン支部の兄弟と連絡ができました。ヘレイズ様の所在は把握しているとのことで、受取ができる日を確認次第折り返し連絡いただけるそうです」

「ありがと。……ほんとローグって便利ね」

「お褒めいただきありがとうございます」


 代筆、連絡、店員業務。全部できるローグを迎えられたのは幸いだったわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ