33 エルフの惚れ薬―届け出編
『親愛なるバカ弟子へ
アトリエを建築する場所を連絡しなさい
私より』
借りているお店の奥側。鍋でぐるぐる、薄めファーストポーションを作りながら、先生の送ってきた手紙を読む。今回の手紙も重要そうな紙をふんだんに使って送られてきたので、同じ紙に私からの手紙を包んで飛んでもらう。
『先生へ
バカって言うな
私も正確な場所はよくわからない
殿下に聞いておくね
ポーラいち有名なアルヴィより』
小物輸送、と窓から送り出す。ダンジョンでしか見ないようなでっかい鳥になってしまったが、あれほど大きいならシレーネシア位の高さに行けるから撃ち落とされることはないだろう。
「魔女殿、“素材があるから”が来ました」
「わかった、応接間にお通ししてお待ちいただいて」
残念だが、この鍋の中身が完成するまでは相手ができない。熱いうちに味を調整しておかないと、野草を煮詰めた水味になってしまうからだ。
いまさらながら、このお店の建物を説明しておくと、道に面している側はお店になっていて、お店の入口から中を見て左手の廊下を進むと、手前から順に簡易休憩室、応接間、簡易の調合室……私が瓶に加工をしていた部屋、簡易キッチンスペースがある。廊下の突き当りが階段になっていて、2階は全面在庫倉庫。本来の店長さんたちはここで在庫整理をしている。
ちなみに店長さんの家はこの裏手。残念ながら裏口がないので、出勤は毎日大回りして店側からだという。
薄めファーストポーションにちょっとしょっぱめの味をつけて、適量を瓶に注いで封をする。しょっぱめの理由は、傷口から入り込もうとするタイプの魔物は大抵塩分が苦手なので、しょっぱめの味にしておけば傷口にかけるだけで「あっしょっぱい! 逃げよ!」と逃げるからだ。他のポーション系はそもそもそういう魔物を何とかした後に使うから、たいていは飲みやすい味にしている。
鍋の火を消して、指さし確認をした後に応接間へ向かう。待っていたのは案内をしたローグと、寸法が微妙にあっていない服を来たとがり耳の、そこそこよい血筋だろう洞人の男性だった。
「この度はどのような調薬を?」
「あー……“エルフの惚れ薬”と言われるものを作成してほしい」
わずかに切り出しにくそうにしたけれど、もう覚悟は決めていたのかするりと用件が出る。
エルフの惚れ薬、というとあれか。材料が簡単だけど、エルフの性的欲求すら呼び起こすからと免許取らされたあの。
「わかりました。販売にはポーラ王国連邦への都度届け出が必要ですので、事情を聞かせていただいても?」
洞人の男性は頷く。私はローグに視線をやり、ローグが記録する準備をしているのを確認して続きを促す。
「まずはあなたの名前を」
「鳥舞うダマスキノの森のヘレイズ。連邦風に名乗るならヘレイズ・ダマスキノ、と」
「全然違う話だけど、誤解を受けそうな名前ね」
「よく言われる」
職業は今のところ冒険者、近日中に貴族に婿入りする、と。
「お相手に使うのであれば、材料を提供してもらう時点で合意と考えてもいいのでは?」
「いや、俺が使う」
深刻そうな顔をしているが、使用者が発注に来たなら記録の内容は簡素でいい。後はローグに任せよう。
しかし、回り込まれてしまった。どうやら話を聞いてもらいたいらしい。
もともとヘレイズ氏はパラトキシア西南部にある洞人の集落で集落のリーダーの次男坊だったそうだ。長の交代をきっかけに集落を出て冒険者暮らしをし、ここ30年ほど新人冒険者の指南役に近い形で冒険者企業に在籍していたそう。
そんなヘレイズ氏のところに長から連絡があり、集落がある地域の次期領主様と婚約を結んだので戻ってくるように言われたとか。
今後は属していた冒険者企業を退職し、領主様の補助としての仕事を覚えていくことになるそうで、後継ぎのことも考えないといけない、と。
「後継ぎとなると、処々やらねばできないだろう。しかし、俺には惚れた相手がいて」
「へえ」
「同じ冒険者企業の戦士なんだが、年を聞いたら17だというから俺の孫でもおかしくなくて」
「はあ」
「もともと使うあてのない機能が、惚れた相手以外に使えるのか、というのは重大な問題で」
「ほお」
地位のあるヒトというのは大変だなー。
なんにせよ届け出の書く内容は聞き取れたので、持ち込んだという素材を出してもらう。
“エルフの惚れ薬”の素材は、南方で採取された特定植物の種子、薬を使うヒトの吐息、満月の夜に白い花(できれば魔物に変じる寸前位の強い花)から採取した夜露……これは鮮度が高ければ高いほど良い。
いずれも品質に問題はなさそうなので、ローグから記録した内容を受け取る。書いてある内容は私の聞いた話のとおりで、届け出に必要な内容──誰が使うのか、誰が作るのか、簡単な経緯──が揃っていることも確認できた。
ヘレイズ氏にも内容を確認してもらい、署名をもらう。私の署名も併せて書いて、届け出の書類は完成。
あとはこれを殿下に渡すだけ。お役所的あれこれそれは殿下が対応してくれるし、作業も落ち着いたところだから会いに行こう。
「おっといけない、いつまでに納品すればよかったかしら」
わずかに浮かせた腰を、そのまま応接間のソファに戻す。
「月末に結婚式がある、そこまでに受け取りたい。ギルドカード番号を教えておくから、冒険者ギルドで連絡を入れてくれ」
「わかったわ」
ローグに店の外までの見送りをお願いして、届け出の書類を畳んで封筒に入れる。封蝋でとじた方がいいとおねーちゃんには言われているけれど、出先にそんなものは持ってきていないので直接持っていくことにした。
「ローグ、私出かけてくるね」
「1人で行こうとしないでください。準備をしますから、待っていてください」
「えー」
こういうのは早い方がいい、とヘレイズ氏に続いて店を出ようとした。ら、止められた。
ローグが店の奥に引っ込んでいってしまったから、空いているからと会計カウンターそばの椅子に座る。
ぼうっと店内を眺めていると、道に面した窓から雨が降り始めたのが見えた。馬車を呼んでもらわないとな、と思いつつ静かな空間でついうとうとしていると、ローグが店長さんらを連れて戻ってきた。
「お待たせしました。馬車は兄弟機に回してもらっていますので、少しお待ちいただければ」
「わかった。殿下のところまでお願いしたいんだけど」
「その“殿下のところ”から来ますので」
待っている間お客さんもいないことだし、と並べてもらったポーション類の劣化を確認する。ただ、私が来てからおいてもらっているものはまだ大丈夫そうだし、たいしてやることはなかった。
そうしているうちに、店の前に馬車がやってきた。ローグが確認しに出て、お迎えの馬車であることを確認してもらったので私も店の外へ。
「あ、今日はこれで帰ります。お疲れ様ですー」
なんて店長さんらに手を振って、馬車に乗り込んだ。
行き先は国境沿いに建築中の、ポーラ王国連邦軍駐屯地。元々国境そばまで町が広がっていたので、そのあたりの土地やら家屋やらを殿下が買い上げて、ポーラ王国連邦が軍隊を置く場所を作ったとかなんとか。
もちろん、これが理由で家とかを失うことになったヒトたちへの施策もやっているそうで、殿下は先日の晩餐会以降ずっと忙しそうである。近くにいるのに会えないって寂しいね。
「……店長、それは正直にお伝えした方がよいかと」
「口に出てた? ごめんごめん、でも伝える気はないからさ」
「なぜ?」
「殿下は仕事で忙しい。私はそうでもない。なら、殿下に時間を作ってもらうのもねえ」
御者台の方からむせるような音がした。こらっ、告げ口も駄目だぞ!
そんなこんなで10分強馬車に乗り、無事に駐屯地へ。元々あった家屋をそのまま本部やら宿泊施設やらイーエックスやらに割り振っているので、建物はそこそこまとまっている。
ローグがわざわざエスコートしてくれて、殿下がいるという本部の前で馬車を降りる。出入口を守る警邏隊の視線が痛かったけど、御者さんが声をかけたらすぐに中へと案内してもらえた。
「殿下忙しい時にごめんねこれ調剤の届け出じゃあ帰るから」
「早い早い早い」
部屋の入口でわっと叫んで手紙を投げる。暴投、しかし殿下の護衛の1人がうまく捕まえた。
さっと帰ろうとしたものの、ローグが道をふさいでしまったので殿下に捕まった。
「ローグ、あなたどっちの味方なの」
「殿下の味方です」
「なんでよ!?」
むしろ軍議の最中に乱入したら駄目だとか、そういう味方の仕方をしなさいよ。
殿下の膝の上に乗せられて、差し出された茶菓子を食べる。視線を上に向けると、ちょっとだけ嬉しそうな殿下の顔。
仕方ないなー、軍議終わりまでは乗っていてあげよう。




