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32 晩餐のばは「馬鹿ね殿下」のば

 日中用のドレスは幸い、背面が編み上げになっているので太っていても大丈夫だった。


「では、今採寸したもので急ぎお直しをしますので、マリアベル様とのご歓談がお済み次第こちらにお戻りください」


 ドレスの着付けとあわせて採寸をしてもらい、ドレスの調整を依頼。さすがに業務外だからとチップを渡そうとしたら、すでに殿下からもらっているという。楽しみを奪われたわ。

 お茶会には化粧の時間を入れても間に合ったので、ぺたんこの靴でしずしずと、燕尾服を着たローグも連れてお茶会の会場へ向かう。お庭に用意されたパラソルありのテーブルセット、マリアベルおばさまは私より先に来てお茶を飲んでいた。


「アルヴィさん、何かお話があるとのことだったけど、どうしたのかしら?」

「スリキレールをかけた瓶について、どの大きさの匙を登録すればよいかお伺いしたくって」

「そうだったの。よければお座りになって、詳しい話を聞かせて頂戴」


 ローグに椅子を引いてもらい、私はドレスが崩れないように座る。足音でローグが少し離れたのを感じ、ここからだとちょっと緊張する。

 テーブルに並べたのは無骨な匙3種。どれも元は板状の金属で、片側に指定量の計量ができるくぼみがついている。


「これはあくまでも量産が早い形状の匙ですが、見本としてお持ちしました。水をそれぞれ大さじ、小さじ、小さじ2分の1測ることができるようになっています」

「まあ。どの大きさを、ということは3種すべての大きさを登録することはできないのかしら?」

「できなくはありませんが、登録する数だけ記述が増えますので、必要以上に派手な模様になってしまうかと」

「匙そのものの意匠を凝ることはできますか?」

「できなくはないですが、今の流行に合わせたものを作ることは難しいです。どなたかにデザインをしてもらえれば、2本目からは早くなりますよ」


 1回作ったものは、おんなじ物をもう1回作る魔術を使えば(作るのになぜか1.1倍の材料が必要になるけど)あっという間に作れるし、なんなら材料を乗せて魔術札(スクロール)でどんどん作るっていうのもできる。

 ただ、このやり方だとほぼ同じものが作り出されてしまうので、貴族向きではない。


「アルヴィさんがデザインも得意だったならよかったのだけど、それは求めすぎというものかしら」

「何でしたら殿下(ヴィング公爵)に描いていただいて、希少価値を出すというのはどうでしょう」

「いいえ、販売の方針を変更しましょう。昨日納入していただいた分の瓶は貴族や商人といった方のティータイム用として凝った匙を3種とも、残りの瓶は本店の商品として1種のみ登録していただければ。デザインは工房に手すきの者がいないか確認いたしますわ」


 持ち込んだ話がまとまったので、いくらか安心して紅茶をひと口いただく。物足りなかったので、砂糖を入れて味を調整した。


「ねえマリアベルおばさま」

「なにかしら」

「いっそのこと、北ガルヴィニアの上等な砂糖を入れて販売してもよいのではないかしら」


 今は瓶と匙のセットだけ販売するようだけど、それなら中身を入れて販売した方が匙のありがたみが分かりやすい。

 そして砂糖だったら、おじいちゃんの住んでいる地域の名産品で、アルマちゃんと知り合いのマリアベルおばさまが言えば御用商人と繋ぎがつくれるのではないか。


「それもそうねえ。では、高級品はそうしましょう。そうでない分はどうしようかしら」

「できれば色が違う方がいいし、岩塩とかどうかしら。たしかこの国には岩塩の採取できる地域がありましたよね」

「面白そうねえ。ただ、どちらにしても調味料とはいえ食品を扱うことになるから、今の会長にも相談しておかないと」


 先代大旦那様の息子さんが今の大旦那様だっていうけど、話はきちんとしないといけないらしい。

 マリアベルおばさまがいくら先代大旦那様の奥様とはいえ、極東で見られるJINGIなるものをとおさないといけないのだとか。信頼ってやつ?

 紅茶と併せて出されたスコーンとクッキーそしてバターサンドをちょっとずついただいて、マリアベルおばさまが侍女に声をかけられたところで断りを入れてローグと共に席をはずす。庭から私たちの姿が見えなくなっただろうところで、大きくため息をついて疲労感を体から逃がした。


「店長、行儀が悪いです」

「商談モードのおばさま相手なんだもの、気を抜いたら頭からガブリよ」


 手加減してくれるとはいえ、過去に何度窘められたことか。

 ローグと別れて部屋に戻ると、ドレスの直しが佳境だという。晩餐ではそれに合わせた化粧を、と言われたので最低限の湯あみをして化粧を落とす。バスローブの状態で部屋に戻ると、侍女さんたちにぎゅうぎゅうとオイルを塗りこまれたうえで磨かれた。

 お直しをしてもらったドレスは、殿下から贈られるものにしては珍しく、ライラックの花を思わせる淡い紫色をしていた。デコルテ(首から胸のすぐ上)と肩まわりはレースで覆われていて、裾に向かってゆったりとしたスカートが広がるのはとても好みだ。

 ドレスを着終わったところで、略装の殿下が迎えに来た。華奢なチェーンに青い石が付いたペンダントを渡されたので、余り好みではない物の付けてもらった。


 晩餐は日が暮れてしばらくしたときにはじまった。

 テーブルに置かれた大きな皿に、ちょこんとよそわれた前菜。ナイフとフォークが両翼に広がり、私は隣に座る殿下にこっそり「どのフォークから使えばよかったかしら」と囁く。


「アルヴィの使いたい順で問題ない」


 そういうことではないのだ。


「マリアベルおばさま。申し訳ないのだけど、久々の晩餐で緊張してしまって。フォークはどれを取ればよかったかしら」

「私を見て、同じように使いなさい」


 聞きたかったのはそういうことだ。

 殿下とグリワワのおじさまがする難しい話を聞き流しながら、晩餐は進む。記憶に残ったのはひとつだけ、メインディッシュの子羊のローストがおいしかったことだ。

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