31 間借りをして陳列を
翌朝。予定よりちょっと早く起こされて、2人の侍女に湯あみの補助と身支度の補助をかいがいしくしてもらう。
特に助かったのは髪を風の魔術で乾燥させてもらったことで、近年稀にみる指通りの良さになった。いつも鳥の巣状態という訳ではないけど、とぅるんとぅるんの髪は楽しくなる。
「アルヴィ様、本日の朝食はいかがなさいますか?」
「ん、ローグ……昨日瓶を持ってもらってた子に作ってもらうので。あ、パンおいしかったってお伝えください」
グリワワ家で出てくるパンは、おじいちゃんのお店に泊めてもらったときに出てくるパンとどっこいどっこいのおいしさなのよね。お金のあるおうちに張り合えるってことは、おじいちゃんのお店のパンってアルマちゃんが焼いてるのかな。
隣の客間にいるローグを訪ねると、とっくに準備は終わっていたのかテーブルセットでなにかを読んでいた。声をかけながら近寄ると、目のバックライトが明滅して少ししてから私を見た。
「おはようございます。出勤の時間ですか?」
「そ。朝ごはんはローグに頼んでもいい?」
「構いませんよ。今日はサンドウィッチにしましょうか」
わーい、と喜びつつ昼過ぎに帰りの馬車が来るよう頼んでからグリワワ家の建物を出る。道中に出ている朝市でパンと野菜、ソーセージを調達して、借りているお店……赤蜂雑貨店の鍵を開ける。
まだ店長さんと店員さんは来ていないようなので、瓶を転がしている部屋で作業の続きといく。幸い40個も作業したから、大体半分くらいになった、と信じたい。どれだけ持たされたんだこの瓶。
「そういえば、プリセット名称の“店長”で呼称した場合、この店の本来の店長さんが居心地が悪そうでして。何か別の呼称をご提示いただけないでしょうか」
「んー、じゃ“魔女殿”で」
「いいんですか、そんなので」
「いいのよ、こんなもんで」
スリキレールはセットの匙と併せて使うから効果が出るので、サンプルにと匙を3種類。いわゆる大匙、小さじ、小さじ2分の1。
朝ごはんの準備ができたようなので、作業部屋とは別の部屋でサンドウィッチをいただく。くー、この水分が殆どないばさばさのパンに燻製のソーセージが合うったらありゃしない。
食べ終わったところで恐る恐るといった風に店長さんが出勤。片手に包丁を持っていた辺り、鍵を開けておいたから強盗と勘違いしたらしい。弁明をして、この後のことを話しあう。
「改めて、しばらくこの店で棚を借りるアルヴィです。鍵を借りているので、先に来た場合は鍵を開けておくので」
「あ、ああ」
「それと、売れてない商品を置いている辺り。棚を借りたいのだけどどのあたりかしら」
「この、薬品を陳列している辺りですな。隣町から仕入れている、ファーストポーションを主に置いています」
示してもらったのはまあまあ日の当たる壁際の棚。陳列されているファーストポーションを検分すると、若干質が悪くなっている。
小さな店では値がはる部類の商品なので、さすがに廃棄をという訳にもいかず私が全部買い取りをする。ポーラ王国連合通貨を提示したところちょっと嫌そうな顔をしていたが、パラトキシアでトーカが使える店が少ないなんて知らなかったんだもんと駄々をこねて買い取らせてもらった。
空いた棚には私の作ったファーストポーションを──殿下の求めに応じて薄めの1回分が入った瓶で――並べていく。そのままだとまた劣化してしまうので、遮光の魔術をかけたレースのカーテンを吊るして対策をした。
ひとまずの商品は薄めファーストポーションのみで、瓶の加工が終わったら他の商品も作ったりするつもり。
店の外にメニュー黒板を置かせてもらい、そこに『素材があれば調薬承ります』と書いて作れる薬を列挙しておけば……黒板小さいな……日常使いしそうなのをいくつか絞って書いておこう。
『素材があるなら調薬承ります 火傷用軟膏 ポーション類 毒消し 安眠のお香 マジックバッグ』
ちなみに魔女・魔術師などの言う「調薬」は、オーダーメイドで薬を作ることができる場合に使う。似たような言葉の「処方」だと、出来合いの薬を症状に合わせて渡す、みたいな感じだ。実家のアトリエだったらそれこそ他のアトリエから仕入れた薬もあるんで「処方」で書いておく、だが今は違う。
瓶にどんどんスリキレールをかけていき、気が付けば昼前。いったんお店を閉めてお昼にするとのことで、思い切ってローグに売り上げを聞いてみた。
「外の黒板を見てマジックバッグをとおっしゃる方が多いですね。素材はと聞くと、黙ってファーストポーションのみお求めになられます」
「みんな素材になるもの持ってないのね」
マジックバッグは外袋と内袋をそれぞれ用意して縫い合わせないといけないけど、私がイチから作るなら外袋も内袋も機織りから始めないといけない。
とはいえ、素材になるもの……ダンジョン産の竜皮とかの保魔力が高いものならまあまあ手に入れられなくなないだろうに。この近くのダンジョンって竜が出現しないのかな。
「あとは隣町から行商に来ているという方より、古傷を消すポーションを作れないか、とお問い合わせがありまして」
「今隣町から来てるっていうと、クロスランドのスパイじゃない? 殿下のところからヒトを借りて確認した方がいいわね」
お昼ご飯はアサリのパスタだった。ローグ曰く、アストラット公国より西にある国で古くから食べられている料理だそうだ。
お昼も過ぎて、帰りの馬車も来たことだからとグリワワ家の建物に戻る。どうやら殿下の宿泊場所として部屋を貸すようで、ちょうどよーく殿下と近衛の方々が応接間に来ているそうだ。
明日店に向かうまでに話をする時間を作ってほしい、と私の部屋に待機していた侍女からマリアベルおばさまに頼んでもらう。返答を待つ間にいくらか魔力の糸を紡いでいると、2時間後にお茶の時間を設けるからそこで聞きたいとの回答だ。
さすがに仕事着のままだとお茶会には出向けない。どうせならローグにも同席してもらいたい。ドレスの持ち合わせはあったかしら。
「アルヴィ様、ヴィング公爵がお会いしたいとのことですが、いかがなさいましょうか」
どうやら殿下が私を訪ねてきたらしい。このまま会うと伝えたら苦い顔をされたが、旅行先でちょっといい服がいるなんて平民は思わないから仕方ないと思う。
殿下の近衛に鼻が利くヒトがいたな、とちょっと換気をする。殿下は私が魔力の糸を紡いでいると、何とも言えない難しい顔をするからね。証拠隠滅ってやつだ。
「邪魔をする」
「やほ」
「アルヴィ。ごまかしたつもりのようだが、糸紡ぎが出たままだ」
「あ」
近衛のヒトを2人連れて、殿下は私の部屋にやってきた。1人がスンスンと鼻を鳴らしていたが、私のたくらみはそれ以前の問題だったようだ。
「まあ殿下、部屋に出ているものはまあいいとして。どうしたの?」
「うむ。グリワワ卿が晩餐を共にと声をかけてくれた、急遽部屋を用意してもらったこともあり、アルヴィと出席すると答えてしまってな」
「うん…………うん?」
「幸い近衛の輸送してきた物資には今度贈るつもりで用意していたドレスがある、同席を頼めるだろうか」
晩餐に耐えうるドレスがあるならと思って聞けば、当然のように日中用のドレスもあるという。ならお茶会までに着てお化粧整えて……。
「殿下。大切な話があるの」
「…………どうした」
「まだ泣かないで、そしてよく聞いて」
「太ったの」
ローグ曰く、健康体重までまだかかるそうだけど。




