30 商品準備はおはやめに
短いです
店頭にローグ、店の奥に私で、私はお客さんの前に立たない。もしも買い取り希望が来たら、在庫整理中の雇われ店長さんと店員さんが対応する。
ひとまずは仕事に戻るという殿下にそう約束させられて、しぶしぶ条件をのんだ。
ローグの兄弟というのは殿下の従者として来ていたヒト──正確にはゴーレム──で、向かい合ってしばらくしたら「ひととおり、話したいことはやり取りが終わりました」なんて言われた。目元がピカピカしていただけなのに、不思議。
早速お店の奥にあるヒト2人転がるのがやっとの部屋に瓶やらなにやらを持ち込んでもらい、なんとかロッキングチェアを出す。ロッキングチェアによいしょと座ってみたものの、後ろに揺れると瓶がごろごろ、前に揺れると瓶がごろごろ、予想はしていたけど適していなさそうなので瓶を元の場所に戻しながらロッキングチェアを片づけた。
「国境線が正された? では、それを理由に軍をいくらか引っ張るとしよう。パラトキシア政府に駐屯地の確保について依頼をする、紙とペンを」
「なんで殿下ここで書き物しようとしてるの」
「アルヴィの顔を見ながら書き物を行いたいのだが」
「……しょうがないなあ」
瓶と資材を壁際に整頓し、土のうを出して魔術で机に作り変える。鍋作業用の背が高い椅子に予備があるので、マジックバッグから2脚取り出して片方を殿下の分にした。
椅子に座りなおし、私は資材のひとつ、細工用の金属として持たされているインゴットを確認する。金属種は錫、希望どおりのようだ。
使う鍋は磁器で、粘土の採取、成型、焼きと完成までの作業をした小鉢だ。金属を扱うとき用の鍋で、量が多くない金属ならこっちで加工した方が楽だ。ちなみに、金属でも量が多くないなら鉄鍋の方で、鉄より熱くしないと加工できない金属や素材はそれ専用に鍋を借りたり買ったりしている。
「念のため顔を覆っておいてよね、有害ガスとか出るかもしれないから」
「わかった」
インゴットをひとつ、瓶をいくつか。火の魔術を小鉢に落とし、インゴットを溶かして糸状に引っ張り並べた瓶に絵付けをしていく。
「擦切る擦切りスリキレール、あなたの頼れるオーバヤシ」
「……」
「擦切る擦切りスリキレール、あなたの頼れるオーバヤシ」
「……それはなんだ?」
「擦切る擦切りスリキレール、あなたの頼れるオーバヤシ。これはこれでちゃんとした詠唱なのよ」
この魔術はノリノリで歌うことがコツだ。ノリノリの方が効果が高いからね。
インゴットひとつで瓶20個ってとこかしら。まあまあいい感じ。どんどん並べてどんどん歌い、どんどん瓶の絵付けを完成させる。
当然なんだけど、絵付けに使った錫が熱い以上部屋の温度も上がる。あちあちと手で顔をあおぎながら、瓶が急な加熱に割れないよう保護の魔術をかける。
殿下は手紙に使っている紙が熱でちりちりと焦げていることに気付かずに、私の方を見ていた。
最初のインゴットが終わるころに殿下は従者のヒトに引き取られていき、2つ目のインゴットが終わるころにローグが夕食の時間だからと作業の終了を言い渡してきた。
「今日はラム肉のシチューですよ。マリアベル様よりパンのおすそ分けをいただきましたので、あとでお礼を伝えましょうね」
「ほんとー?! もうおいしい気がするわ」
まだ食べてないけど、記憶の味を思い出してよだれがたれてきた。
お店の奥、小ぢんまりとしたキッチンスペースのテーブルにはシチューとパンが1人前、テーブルの向かい側にはローグ用のスープ。ローグの分は具材が細かくされたコンソメスープのようで、少なくとも白くはない。
「おにくやわらかーい! え、いつの間に煮たの?」
「実は、兄弟より近辺の飲食店を教えていただきました。このシチューもその店で購入し、ここで温めただけです」
「そうよね、作ってる暇なかっただろうし」
ということは、店にいる間はローグのご飯ではないということ?
「……やっぱおみせ借りるのやめようかな」
「もしこの街にとどまるのであれば、夜の閉店時間中に2食分の仕込みをしますよ」
「宿を確保してないのよね……。マリアベルおばさまにまた泊めてもらえると嬉しいのだけど」
シチューをひとさじ、優しい甘さの味が口に広がる。
ローグを迎えてからと言うものの、食事の管理をしてもらっているおかげで腹ペコが身についてきた気がする。前はずっと作業をしていても気にならなかったのに。
「おいし」
「グリワワ様からは、店長さえよければ好きに宿泊してよいと聞いております」
「そなの? じゃあ、パンのお礼を伝えるついでにお邪魔させてもらいましょうか」
もくもく、とラム肉を噛む。おいしい。粒トウモロコシもちょっと入っている。
マリアベルおばさまのお屋敷に行くまでに、いくらか瓶が冷えているといいのだけど。
夕食を終わらせ、試作として瓶を持ち、マリアベルおばさまのお屋敷まで歩いていく。行きの馬車は帰っているので、てくてくと。
「店長、明日からは往復共に馬車を借りましょうね」
「考えておくわ」
ただのバッグに入れた瓶ががっちゃがっちゃと音を立て、持たされているローグは重そうにしている。
グリワワのお屋敷でマリアベルおばさまのお迎えを受けて、瓶をひとつ渡す。
「はいこれー、今日作ってみた分」
「ええ、ええ。素晴らしいです、この調子で作成していただければ」
「今日はとりあえず40個、瓶が大きくなかったし全部もってきたよ。売る前にちゃんと効果が付与されているか確認してよね」
「もちろんです。では、こちらの代金は口座の方へ入れておきますね。ダブリュスさん、いくらか現金でお渡ししておきましょうか?」
「金銭管理は店長がしてくださっているようなので、私は受け取れません。それより、兄弟より……」
ローグが難しい話をし始めたところで、私はおおきめのあくびをした。濃縮殿下100%を浴びたのもあって、ちょっと疲れているようだ。
「アンドレイ、アルヴィさんにお部屋を案内してあげて」
「かしこまりました」
使用人の方に案内されて、今朝とは別の部屋にお邪魔する。
湯あみくらいは、と思ったけれどこれはむり。明日朝はいるからー、なんてお部屋に控えてたヒトに言いつつ、私はベッドに飛び込んだ。




