03 第2魔王城へ遊びに
「建築素材がない、ってのは村の拡大に伴うものなんだろうなー」
村を出て、空間転移で第2城の前に降りる。
第2城はクロスランドとの国境に近い――つまりは私の実家から歩ける距離にある――この国の王様・魔王様の拠点だ。
魔王様というと、クロスランドでは『魔物の王』とこの国『ポーラ王国連邦の代表』のどちらも指すが、ポーラ王国連邦の住人はおおむね後者を指して使う。この2つに差がある理由は、クロスランドとポーラ王国連邦の戦争理由にもなるのだが、それはまた今度で。
改めて、第2城を見上げる。この国ではよくある緊急時の拠点としての城で、普段は管理者数人を除いて住んでいる人はいない。戦争や内紛が勃発した時に、ここから普通の馬車で10日ほど行ったところにある会都から空間転移で軍を送りこみ、生活、訓練、防衛の拠点として使うための場所だ。ちょっと高い丘の上にあるのは、周囲を囲む森を含めて見張りが出来るように、らしい。
国境の反対側にある小さい門をくぐり、魔術を使った状態で登ると警報が鳴るので、息を切らせながら丘を登る。こっちは後衛職なんだぞ! 運動する体力はほとんどないんだからな!
「おや」
登りきったところで休憩をしていると、管理者の誰かが私を見つけたらしい。日よけ傘を差し出され、私は相手を見上げる。
「ようこそ、アルヴィ様。坊ちゃまとお約束ですかな?」
日よけ傘を差し出してくれたのは、山羊頭が特徴的な魔人・バルトロメオさんだ。昔から第2城に勤めていて、園芸が得意らしい。
「坊ちゃま……殿下こっちに来てるんだ。約束はしてないけど、ここならこの近隣を見渡せるから登ってきたんだ」
「そうでしたか。よろしければ、こちらで休憩しませんか?」
私が休憩していたのは生垣のそばなので、端的に邪魔だったのだろう。バルトロメオさんのお誘いを喜んで受けて、城内の庭園に案内してもらう。
「よろしければ、昼食もこちらでいかがですか?」
「急に来たのはこちらなので、遠慮しておきます。それより、以前から庭園はこんな風でしたか?」
通ってきた道を思い返すと、外周沿いに2重の生垣があり、生垣の中には小さな噴水と今いるこのガゼボ、そして薬草園が広がっていた。
「そうですねえ。坊ちゃまが是非薬草の栽培を、と提案してくださいましたので、戦の気配があるまでは薬草を植えてよいこととなったのです」
「なら、今度の収穫が最後になりそうですね」
先ほど見ただけで、回復用ポーションの材料になるものだけでなく、麻酔薬、麻痺毒、成長痛に効く薬の材料、と多種多様な薬草が植わっていた。戦争になれば麦とか粟とかを育てるためにすべて抜かれてしまうだろう。
「ええ、私どももこの城が稼働する日が来なければ、と思っておりましたが。人間はなぜ戦を望むのでしょうか」
「魔物、魔王、と呼ばれる存在はすべて誅すべし、というのが彼らの宗教ですからねぇ」
バルトロメオさんの出してくれた紅茶を楽しみながら、もうすぐ失われるだろう庭園を眺める。
と、城の方から歩く音が聞こえてきた。丁度昼時だから、管理者の誰かが休憩に来たようだ。
「バルトロメオさん。ここの薬草なんですが、もし捨てることになったら私に下さい。自分のアトリエはありませんが、これでも魔術師なので」
「ありがとうございます。坊ちゃまもお喜びになるかと思います」
他の管理者に気付かれないよう、近づいてくる足音に私は急いで立つ。本当なら許可を得ないと入れない場所に入れてもらったのだから、バルトロメオさんに迷惑をかけないうちに帰ろう。
「む」「あ」
そう思っていたら、見つかってしまった。
美人画をそのまま取り出したような、つややかな黒髪に陶器のような白い肌。身に着けているのは極上の絹、首から垂らすストラには高位の魔人だけが得られる紋章と、耳の上から生える羊のように巻いた角。
「お前、アルヴィか?」
「殿下じゃーん、久しぶり」
やってきたのは私の幼馴染にしてこの国の王子、フロー殿下だ。殿下のお父さんもフロなんとかなので、昔から殿下と呼ばせてもらっている。
「新聞に載っていたが、勇者パーティを抜けたそうだな」
殿下は私たちの方へずかずかと近づいてくると、空いている椅子にどっかりと座る。全体的に大きいのは昔からで、小さい頃はよく手を引いてもらって城で遊んでいたのを思い出した。
「うん。元々好きで勇者パーティにいたわけでも、冒険者になるために学院に通ってたわけでもないからね」
立ったまま話すのも疲れるし、物言いがついても城内の誰より殿下の方が偉いだろうから、私も元の椅子に座る。
「それもそうか。バルトロメオ、昼食をここに手配せよ。お前もここで昼にするならば3人分をだ」
「かしこまりました」
バルトロメオさんが城の方に歩いていく。ガゼボに2人だけになって、殿下は椅子ごと私の方に詰めてきた。
「それで、城に来た理由は」
「なぁに。スパイとでも疑ってる?」
「お前がここに来る理由が分からん。お前はあまり、私に近づいたりしないだろう」
「だってほら、昔城吹き飛ばしたじゃん?」
殿下に近寄らない、というのは語弊がある。殿下といると破壊したことのあるあれこれそれが脳裏によぎるので気分が悪くなり、気分が悪くなりたいわけではないので近寄らないのだ。いや、語弊なかった。
「きちんと直したではないか」
「それはそうなんだけど」
「私が嫌いなわけではないのなら、なぜ告白を断った」
殿下が長い腕で私を抱き寄せる。
長い髪が私の頬をくすぐり、角がこめかみの上にぶつかる。ちょっとときめきそうになったが、ここで傾くといいことはない。
「私にも夢があるからね、隣に殿下がいるとちょっと邪魔なんだよね」
「じゃま」
「うん邪魔。あと出来るからって右手と左手で別々の仕事してるのが駄目」
「じゃま、そうか……」
見る影もないくらい落ち込んでしまったが、私のやりたいことに殿下を付きあわせるのも悪いと思って言っている。王位継承権を2つ持ってるし、魔術も政治もできるのに、家事手伝い程度の仕事をさせるのはちょっともったいなさすぎる。
そうこうしているうちに、バルトロメオさんがワゴンで紅茶のポットと昼食3人前を運んで来る。今日の昼食はサーモンサンドと薬草サラダで、ワゴンにはおかわり用なのかバゲッドの入ったカゴが残っている。
「パンはまだありますので、お好きなだけお食べください」
「あっ、じゃあください」
サーモンサンドはおいしいので2口で消えてしまった。おいしい。
「では、生ハムサンドをどうぞ。次はフレンチトースト仕立てですよ」
「ありがとうございます」
バルトロメオさんがさっそくフレンチトーストの仕込みをしている。前にも食べたが、ふあっふあのパンに朝どれ卵とミノタウロス印高級ラインのミルクで作られる芸術品は、都のカフェもクロスランドの高級レストランも霞むほどだ。
そうしてしばらくバゲットの加工品を食べ、4杯目の紅茶を飲む。バルトロメオさんと殿下は1人前をきちんと食べた後は仕事をしていて、ガゼボに作り付けのテーブルにはパンくずと書類が散らかっている。
殿下はさっきの私の言い方のせいか、落ち込んでいるようで筆が重い。このままだとバルトロメオさんに悪いし、なんかしらお願いして機嫌を直してもらった方がいいな。何か頼めること……。
「そうだ殿下、ここから普通の馬車2時間くらいの範囲でアトリエ作れるところ知らない? 流石に実家の近くにアトリエを持つと、お客さんの取り合いになるからさー」
「む」
殿下はしばし考え、バルトロメオさんは書類の中からひとつを差し出す。
「実はシレーネシアから求人票があったな。若干名の募集だが、今アトリエを持っている者もかなり応募をしている」
「殿下ァ、私普通の馬車2時間くらいって言ったじゃん。シレーネシアが寄港する町はここから3日はかかるよ」
シレーネシアは空飛ぶ大地にある都市で、主要施設は『無限図書館』と『天球の…』…天球のなんたらとかいうダンジョン。
空に浮かんで移動しないなら受けたかもしれないけれど、シレーネシアは数年おきに通過していく。半年もすれば近所どころか、この星の反対側にいるかもだ。
「いや、お前に行けとは言ってない」
「じゃあなに」
「お前の御母堂が求人に応募している。採用された場合に限るが、この地域のアトリエがなくなるわけだが」
つまり、お母さんが転勤するかどうかで、このあたりにアトリエが作れるかどうかが変わる、ということかな。
うまくいけば要望以上、うまくいかなければ条件を精査して国内外でいい場所を探すか、冒険者家業をして順番待ちをする。
「わかった。もしうまくいったら、いい場所を紹介してよね」
「私にとってのか?」
いい場所を、の言葉について口の端を釣り上げながら殿下は聞いてくる。
「いーえ。私、アルヴィにとってよ」
「……検討しておく」
カップに残っていた紅茶を飲み干して、私はスキップしながら家に帰った。