28 へへ!
マリアベルおばさまに許可を得られたものひととおり、ひとまず売り物としてより分ける。
店は前に紹介してもらった、より国境に近い冒険者向けの店舗を借りる。品揃えは安価なものを中心に、しかし質は本店であるロイリ良品店の看板に泥を塗らないような中質~高品質の取りそろえだ。
マリアベルおばさまの案内で、国境線を越えない道を歩いて店舗に向かう。大通りから国境に向けて、てくてくと。
「ってあれ、国境の向こうにあるじゃん」
うねる赤いレンガが目の前を走り、そこから少し向こうに予定していた店舗がある。マリアベルおばさまも少し困った感じだし、何なら国境すぐのところにクロスランドの兵隊詰め所が置かれている。
「まあ、もうこんなところまで国境が」
「パラ何とかのヒトって、あんまり抗議しないよね」
「パラトキシアの国民は温厚ですからね。それに、ポーラ王国連邦に加入しているのは、近隣の国が国境線を犯すような国と隣接したくないという事情もありますから」
パラ何とか……じゃなかった、パラトキシア。そう、それがこの国の名前だ。明日には忘れそうだ。
パラトキシアはクロスランドと北側で広く隣接している国なんだけど、もともとはポーラ王国連邦にも加入していなかった。というか、何ならクロスランドとポーラ王国連邦加入国連合が戦争をするときに戦場になった地域と聞いている。
パラトキシアを戦場とした戦争はクロスランドが優勢だったものの、隣接している複数の国がポーラ王国連邦加入に必要な課税や労役を代わりに負担するからと交渉し、パラトキシアもポーラ王国連邦に加入してもらった。ポーラ王国連邦に加入している国が戦場になっているのであれば、当然ポーラ王国連邦の軍が派兵できるのでわーっとクロスランドを押し返し、パラトキシアは何とか独立を続けている。
「……うーん、私もこんなに国境線がにぎやかなのは嫌なんだよね。ローグ、マリアベルおばさまを守ってて」
「わかりました」
空間転移で直上大体5階建てくらいの高さに飛び、空中制止で止まる。
国境線に使われている赤いレンガがまあまあ見えるので、これなら対象にできるだろう。
「叶えろ。うねる蛇道、時を笑う悪魔、巻き戻れ、“晴嵐の寝返り”」
言葉に魔力を込める、何ともいえない感触。魔術は完成しぐるりぐるりと渦巻いて、赤いレンガを、兵隊詰め所を巻き込んで北進していく。
これは巻き戻りの魔術。開発したヒト曰く、落としたリボンや毛糸を巻き戻して手元に置くための魔術。
つまり、線状に長いものなら使えるのだ。
晴嵐の寝返りはだいたい10年分を巻き戻し、赤いレンガはしばらく遠く……というか、戦争終結直後の国境線に戻った。兵隊詰め所も併せて戻せたので、これで当面の固定をしちゃおう。
「変奏、対象を地上の物質へ。“空中制止、はじけて眠れ”」
本来と違う使い方の魔術。遠くの多くの物に使うのであれば、この古い魔術がたぶん改変するとしても使いやすい。
赤いレンガを座標で固定しろと唱える。古いからこそ自由度の高い、魔法に片足を突っ込んだ魔術はそれをきちんと叶えた感触がした。
代わりに今私を高くに置いている空中制止は解除されて、マリアベルおばさまの穏やかしかし目立つ魔力を頼りにいる方を向く。もしかしたら目があったような気がしながら、空間転移でぽんと近くへ。
「アルヴィさん、」
「へへ!」
どうだ、びっくりしたかと言わんばかりに鼻の下をこする。めちょっとした感触。指を見たらちょっと赤い。鼻血が出てる。
「誇らしげな顔をしても駄目です。ローグさん、ロイリ良品店の裏にある建物もグリワワ家の建物です、そちらに運んでください」
「ええ。急ぎましょう」
ローグが私を背負い、マリアベルおばさまの案内で元来た道を走る。
ふと目に入った私の髪は、きれいなピーコックブルー単色になっていた。
グリワワ家の客間に運び込まれ、マリアベルおばさまの指示で家女中が私の看病(?)をする体制が整えられる。
「おばさま、心配しすぎだよ。単に使った魔術の範囲が広すぎて、私がほんのちょっと魔術に負けただけだし」
「自分で行使する魔術に負けている時点で、何も心配しすぎでもないの。ローグさん、隣の客間を準備させましたから、今日はそちらにお泊りになってください」
「ありがとうございます。自分はゴーレムですので、食事等はお構いなく」
我が家と比べると雲と地面くらい違うふかふかのベッド。上掛けもふかふか。そして氷のうを吊るす専用の機材。そして手慣れた皆様。そういえばマリアベルおばさまの義理の息子さんは小さいころ病弱だったらしいので、そりゃまあ手馴れてらっしゃってもおかしくない。
「アルヴィさん、今日はゆっくり休んでくださいね。保護者の方にも連絡しておきますから」
「成人して久しいのに?!」
そもそもお母さんもお父さんもシレーネシアに移住するから、そうそうこっちには来られない。誰に連絡するってんだ。先生か?
「成人していようとなんだろうと、あなたを心配しているヒトはいるのです。そもそもですね、学院を卒業すると連絡があったかと思えばクロスランドの者に誘拐されたと速報が入ったときはどうしてくれようかと」
「どうどう、どうどう」
心配してくれるのはうれしいのだけど、その話はちょっと遡りすぎだ。それに、最初は誘拐同然で勇者パーティに連れていかれたけど、数日中に契約を結んで外部顧問魔女としてあの面々に混ざっていたのだから。
とりあえず今日この後はおとなしく寝るとマリアベルおばさまに伝え、ローグにも部屋を出てもらい1人になる。
上掛けから手を出して、髪をひと房つまんでみる。色はもとの黒から完全に変わっていて、試しに1本抜いて魔力の鑑定をしてみる。含まれている魔力は風と水の属性で、しかし私の魔力とはちょっと違うことだけはわかった。そして、しばらく休めば元の黒に戻るだろうことも。
要はアレルギー反応の延長なのだ。幸い、色が変わったからって騒ぐのはローグとマリアベルおばさまくらいしかいない。私は明日の店頭販売を夢見て、ひとまずは眠ることにした。
そして翌朝。当然とはいえ、店頭に立つなと怒られてしまった。
「えー!!!!! じゃあ帰る」
「ローグさん確保」
「アイマム」
空間転移を試みたが捕まってしまった。やだやだ店に立たないなら帰る帰って魔術札作ったり機織りしたりしたい。
「店頭に出てはいけないというだけで、店に行ってはいけないわけではありません。ローグさんに店員として対応していただいて、アルヴィさんは奥で簡単な作業をしてもよいでしょう?」
「そっか。なら奥で魔術札を作ったりとか「ところで」」
マリアベルおばさまが凄みを効かせながら、私の手を取る。
「月光のささやきそのものは販売できませんが、あの缶に施されていた細工。あれを瓶に施していただきたいのですが、できますね?」
缶に施していた細工……ああ、「スリキレール」のことか。大葉椰子製薬が特許を持っている。
スリキレールとは文字通り、器に入っている物体を匙などの「ふちを平面で覆うことができるもの」ですくったときに、器のふちのところで匙のすりきりまで量を減らすという魔術だ。本来なら都度都度詠唱して行うそれを私はアレンジして、欠点はあるものの細工に触れていれば自動発動するようにして、月光のささやきを入れた缶のふちに使用している。
欠点は自動発動してしまうがゆえにすりきるつもりがなくても、細工に触れていればすりきりになってしまうこと。私はコーヒーに砂糖を山盛り放り込む派なのだけど、練習ついでに砂糖の瓶へスリキレール細工をしてしまったので砂糖が小さじ3杯だと気づいてしまった。おかげで、今は砂糖を小さじ1杯まで減らしている。
「できるよー。ただ、細工用の金属が必要なのと、瓶の耐熱温度によっては細工に使用できないから気を付けてね」
「金属の種類や形状に指定はありますか?」
「できれば錫で、形状は問わないです」
どんな金属もポーラ王国連邦だとあんまり量がないけど、金属のほぼすべてが魔物から入手する資源だからなんだよね。鉄鎧狼っていう魔物がいるダンジョンなら国境のすぐむこうにあるけど、入手できるのは鉄だし。
錫は手に入りにくいかなと思っていたけど、マリアベルおばさまはにこにこしながら「瓶と併せて店に持っていきますね」なんて言ってくれた。やったぜ。
なんだかうまいこと丸め込まれたような気がするけど、それに気づいたのは店までの移動にと乗せられた馬車の中でだった。1頭立て箱型御者付き、マリアベルおばさまの「逃がすな」という意気込みを感じる。
「店長。この国はパラトキシア共和国で、ここはリャポワスターンでよろしかったですか」
「ん? うん、あってるよ」
国の名前はうろ覚えだけど。
「どうやら兄弟機がこの街に来ているそうでして。夕方にでも店を訪ねたいと言っておりまして」
「いいけど、店が終わりの時間になったら帰るよ」
実家に。
「であれば、閉店後に貸し切りの時間を設けてもよいでしょうか。多少連絡は取りあっていましたが、直接会うことができるのであれば店長についてもご紹介したく」
「あー、論文の査読とか頼んでいいんだっけ、兄弟機のみなさん。同じ顔だったりしない?」
「どちらも原型が店長の師ですので、まあ血縁くらいの似方はしているかと。ですが、製造時期によっては素材が異なりますし、区別がつかないというほどではないかと」
まあ、服装も違うだろうからいいか。
貸し切りについては店舗の店長さんと話し合わないといけないから、と即答は避けておく。空き店舗を借りるわけではなく、雇われとはいえ店長と店員がある店のいくらかを借りるのだから、それくらいは要確認だ。
そうこうしていると馬車が止まり、小窓から見ると目的地に到着したことが分かる。先に馬車を降りたローグにエスコートされながら、お店の扉を開けた。
「……ローグ、帰ろう」
「何かありましたか?」
お店の中には、なぜかごっつい女装姿の殿下がいた。




