26 魔石の売買はクッキーとともに
先生の従者、ホセくん? さん? まあいいや、ホセくんは私が取り出した魔石をどんどん鑑定していく。地域によって値段の付け方にムラがあるそうだけど、基本的にはグリューネ教会を参考にしているとか。ローグはその鑑定の手伝いをしながら、商品に番号を振って値段をメモしている。
テーブルには作り置きのクッキーと、殿下に出すにはちょっと安いお茶を出して、私は鑑定の様子を横目にのんびりとする。
「先生はどこでこんな立派な従者を見つけてくるの。地引網でもしたの?」
「さあ……気が付いたらたまに新顔が増えているんですよね」
「ちなみに自分が来てから4人くらい入れ替わっていますよ。ところでこのお菓子おいしいですね、何て名前ですか?」
「これはクッキーっていうの」
「へー、初めて食べました。地元だと和三盆……おおむね砂糖だけで作った塊とかが出るんですけど、こういうのもいいですね」
クッキーはもう1人の従者の子に評判で、今から新しく焼いちゃおうかななんて。
というか、そんなに入れ替わってるなら先生も面接の記憶とかあるだろうに。
「先生ボケた?」
「あなたのその正直なところ、口に錠前がないところ。私は好きですよ。あとボケてません」
「でも入れ替わってて覚えてないならやばくない?」
「私が採用しているわけではありませんし、いつもので。ねえ、ええと……極東の」
お菓子をほおばっていた従者の子――この辺でもよく見る黒髪黒目の、どことなくポーラ王国連邦東側に多い顔つきの少年――は、ひといきに頬袋の中身を飲み込むと誇らしげに挨拶をしてくれた。
「ご紹介にあずかりました、ショウ・チャールトン=綱島です。自分の雇用主は極東にあります筑紫文芸翻訳公社という国営企業でして、日刊おもてなしを発行している企業と言えばこの辺りでもご存じの方は多いかと」
「極東のヒトなんだ。この老人の面倒見るの大変じゃない?」
「アルヴィ?」
「滅相もない。極東では高齢者介護関連の業務に携わっておりましたので、その経験を生かしてこの通り上位の従者として取り立てていただいております」
「ショウ?」
前職がある? と思って聞いてみたら、極東のヒトはポーラ王国連邦のヒトからすれば5歳くらい若く見えるから、らしい。私より年上だった。
そうして先生の持ちネタできゃっきゃと遊んでいたところ、ホセさんから「ひととおりの鑑定が終わりました」と声がかかった。
「これほどまでによい評価の魔石を1度に見るなんて、素晴らしい機会をありがとうございます。数もありますので、より高価な魔石について解説させていただきますね」
今回私が見せた魔石は30個。手紙で伝えた通り、大きいのは7キロある巨人(魔物)産の魔石から、小さいのは1キロのツリーウルフ亜種産の魔石まで。
とはいえ全部が全部7キロ近いわけでも、1キロ強しかないわけでもない。平均を取れば大体3キロ強じゃないかな。
ホセさんは色ごとに分けて置いていた魔石のうち、3分の1ほどを選別して解説してくれた。
「鑑定評価額ですが、数も多いので高価な方から10点ほど解説させていただきます。
重量はありますがやや色が濁っているこちらの緑の魔石が660万トーカ。2点が同じくらいの重量のこちら緑の魔石は細かい傷の有無で評価が分かれましてそれぞれ690万トーカと715万トーカ。こちらのはっきりとしたエメラルドカラーの魔石は、色及び高密度しかし軽量であることから795万トーカ。
大型でレンズにも使用できそうなこちらの白の魔石は780万トーカ。次のこちらは無色透明と言ってよろしいほどの白の魔石、800万トーカ。
紫の魔石はこちらの2点、傷がないこととカットによる加工が映える大きさ・色であることから、それぞれ900万トーカと940万トーカ。
めったに見ない赤の魔石、こちら傷もなく大振りであることから、過去のオークションを参考に3250万トーカから。既に火属性の魔力が循環しておりますので、杖の宝珠として加工されれば強力な武器にもなりましょう。
こちらの小ぶりの黒系統灰色の魔石は、その色の珍しさから550万トーカ。そしてより小ぶりながらしっかりとした重量のこちらは色・傷・透明度いずれも最高級でありますので、4500万トーカにございます」
ホセさんはなんか誇らしげな顔をしている。が、私はその値段付けで正しいのかわからない。こういう時のためにも店員として雇い入れたのだから、ローグに任せよう。
「うん、ローグに任せる」
「!?!?!」
「こちらあくまで評価額にございます。ご参考にしていただければ幸いです」
すごい営業スマイルだ。すごい、営業スマイルだ。
いきなり全権をぶん投げたことにより、ローグは大慌て。そこで、鑑定していた2人の労いを兼ねて、もうしばらくお茶とお菓子を楽しみながら休憩することを提案した。
「ローグも考える時間が必要だろうし、ちょっと休んだらどう? ホセさんもお菓子食べるでしょ?」
「よろしいのですか?」
「冷凍してあるクッキー生地あるし、焼いてくるわ。先生、暴れないでよね」
「ははは」
感情のこもっていない先生の声を背中に、私は空中闊歩でトトンと家へ登った。
冷凍してあるクッキー生地の使い方やるよー!!
用意するものはこちら我が家のオーブンと棒状で冷凍しているクッキー生地。ココアとプレーンのそれぞれ用意があるので、半分ずつくらい使うつもりで。
まずはクッキー生地をちょっとだけ解凍します。その間にオーブンをブンしよう。
次にクッキー生地をいい感じの厚みで切り落とします。私は薄いのが好き。殿下はちょっと薄めが好き。ローグはどうか知らないので、厚み別に食べ分けてもらお。
我が家のオーブンは直火なので、オーブントレイの火の近い方に比較的厚めのを、遠い方に薄めのを配置。予備のオーブントレイにも同じような配置をして、全部のオーブントレイをオーブンにブン。
「状態把握、範囲固定。うさぎよ兎、どこまで跳ねる、加速」
オーブンに時間加速をかけてここだー!!
バン、と思い切りオーブンの扉を開く。繊細な時間加速の魔術は霧散し、生焼けよりちょっと焼けくらいのクッキーが取り出せた。
改めてオーブンに入れて、きちんと焼く。あと5分くらい焼けば大丈夫そうだったので、そんな感じに。
あとは焼いている間に追加のお茶の用意をして、焼けた頃合いでクッキーを取り出す。オーブンから薪を減らしておいて、熱々のクッキーはお皿に出して、お茶のポットとお皿を連れて家を出た。
行きと同じ要領で空を蹴って地上へ降りる。後ろのお茶のポットは移動に失敗して若干傾いでいたので、手で適当に傾きを直した。
お皿とポットを机に下ろし、私は椅子にどさっと着地する。やっぱりお尻が痛い。
「つーいか焼けたよー」
「ありがとうございます。上達しました?」
「今回はうまく焼けたの」
「そうですか」
1枚を引き寄せて口に放り込み、あつあつさくさくをもぐもぐとする。おいしい。
……なんだかローグの機嫌が悪そうだ。
「ローグ、なに?」
「店長が作業をされている間に、お客様方と相談をしまして。可能であれば競売の方が適切な価格で販売できるのではないか、とご提案がありました」
「ローグがいいならそれでいいんじゃない? 私も競売に参加したことがあるけど、魔石って結構出てたんだよね」
私はとにかく魔石が売れて、アトリエ建築資金になればいいのだ。あの巨人の魔石とか高く売れそうだし。
と思いながら出している魔石を眺めて、巨人の魔石がないことに気が付いた。
「先生、1個魔石出すの忘れてたから、追加で見てもらってもいい?」
「私は構いませんよ。待っている間、アトリエの予定を聞かせていただければ十分です」
「えっとねー……」
マジックバッグから巨人の――7キロの緑の――魔石を取り出してテーブルに乗せる。
ホセさんが鑑定している間、私はどの辺に建築するのかとか、設計がどうとかと先生と話をした。
「それで、なんていうの? 建材を魔力で浮かせたりしたらダメなのかなーって思ってて」
「? 大丈夫ですよ、それくらい」
私は思わず目を見開きながら先生を見る。先生は紅茶が熱いのか、何度か息を吹きかけて、ダメそうだったからか紅茶から顔を上げて私を見た。
「最近あの魔術的な制約、“アトリエの作成は魔女・魔術師自らが行わねばならない。ただし、魔導人形1体なら問題はない。”という不文律について興味が出たので調べたのです。結論から言うと、アトリエの内面を構成する物質に複数名の魔力が混ざっていると、アトリエ内の魔術薬生成や術の行使の際に不要な揺らぎと魔力損失が生じるので、過去の魔女・魔術師はそう伝えていったのでしょう」
魔力はたしかに、液体のように揺らぐことがある。マジックバッグはその揺らぎを利用して、バッグの収納能力をめちゃめちゃ上げている物体だから、私もよく使う技術だ。
魔力損失は火山地帯や砂漠だと水の魔術が失敗しやすい理由だし、アトリエなんていう魔女・魔術師の日常の場からは除外したい要素堂々の第1位(私調べ)だ。
「言われてみれば、私は貸しアトリエとかお母さんのアトリエとか使っているけど問題ないし」
「そこで、広義のアトリエである工房と住居から工房部分のみ、そもそも魔力を含むことがない建材を使用して建築した場合を検証してみたのですが、複数棟建築していただきいずれも問題が発生しませんでした。ということはアルヴィ」
先生はすわ宗教画、と言わんばかりに微笑む。
「予算に糸目さえつけなければ、設計から建築まで自らやらずともよいことが分かりました。どうしますか?」
「予算を用意するわ。できる業者を紹介してもらっても?」
「……ふふ」
「紹介してくださいお願いします」
「戻ったら声をかけておきます。ただ、全額先払いですから、お覚悟を」
やったー、あとで私の考えた最強のアトリエ設計図はオーブンでブンしよう。
そうこうしていると、空気を読んで待っていたらしいホセさんから鑑定が終わったと声かかった。値段を確認すると、真っ青になりながら「じかです」と言った。
「そうね、今は直ね」
「ええ、時価です。いかほどでお譲りいただけるのでしょうか」
「それ私に聞くの?! むしろいくらで買いたいのか知りたいんだけど」
むーん。薬とかだったら値段を考えるのも難しくないのに。
「では、私が買いましょう。3億トーカで」
「こちらお使いください」
ローグは何か言いたげだったけど、巨人の魔石は先生が即金で買い取ってくれた。これだけあればアトリエ建築依頼の頭金になりそうだ。
「他の魔石はどうします?」
「……競売でお願いします」
「では、私の妹が主催する競売に声をかけておきます。魔石はその時に出品なさい。帰りますよ」
「あ、僕紫の魔石全部買い取りたいんですけど、競売出品前だし直接いいですか?」
「いいけど、先生もうどっかいっちゃうよ」
「アー待ってください! おいてかないで!!7」
魔石を引き渡して、グリフォン4頭立ての馬車――空を飛ぶから飛車?――に乗って去る先生と従者たちを見送る。
さて、建築業者から連絡が来るまでは、追加で稼ぐとしましょうか。




