25 銀の幸い
国境から7日かけて、私は実家に帰ってきた。
しばらく不在にしていたせいで、1階のポストに大量の要望書……あれが欲しいだのこれが欲しいだのって手紙が入っている。仕分けるのは中でやるので、全部マジックバッグに放り込んだ。
鍵を開けて、店に入る。要望書をどこに広げようか迷って、先日糸車を出していた作業部屋で物を端に寄せれば広げられるかなと考えた。
「そだ、ローグも出して手伝ってもらお」
ローグは荷物扱いなので、国境を越える直前からバッグに入ってもらっていた。手を入れてぶんぶん振ると、握り返すような感触があったのでゆっくりと引っ張る。出てきたのは魔物のミイラ。違うものをつかんでしまったようなので、もういっかい。今度はローグが出てきた。
「ここは?」
「私の実家。1階が薬屋で、2階が住宅になってるの。ただ、物理的な階段と客間がないから、ローグは1階で寝泊まりしてもらうことになるわ」
2階の玄関は当然鍵がかかっているものの、階段を作りつける広さがなかったとかなんとかで物理的に存在する階段はない。住んでいるヒトが全員魔術でなんとかできるヒトばっかりだったし、来客なんかは呼んだヒトが迎えに行くってやり方をしていたからだ。
しかもみんな別々の登り方をしていて、私は風属性で空中に足場を作って、お父さんは火属性の気流でまっすぐに上がって、お姉ちゃんは土属性の足場を壁から生やして、お母さんは専用の鍵で1階の扉から2階の室内に空間を曲げて出入りしていた。
ローグを2階に案内しないのは、階段を自分でなんとかできないからというのもあるけど、使っていい部屋がないっていうのも理由。さすがに、お父さんお母さんの部屋にローグが泊るのはなんか嫌だし、そうでなくてもたまたまかち合ったりしたら大騒ぎになりそうだし。
「わかりました。それで、今は何を?」
「マジックバッグの中を片づけるのと、要望書の仕分け。どっちも私がアトリエを構えたら頻繁に頼むつもりだから、練習と思ってやっていきましょ」
「よろしくお願いします」
店の奥、作業部屋で要望書をひと通り取り出す。ご近所さんが出してきた腰痛の薬とか、風邪の処方薬は在庫がある(はずな)ので、各地に届けるためにざーっと地域別に仕分けていく。実は最寄りの村のほかに、第2城のティーレックスとかいう店や、薬草の仕入れ元からもご要望いただいているのだ。
基本的なラインナップとして用意はしているけど、今在庫がない分は新規で作るか他のアトリエに取り寄せをかけることになる。昔お母さんに聞いた話だと、いくつかのアトリエから仕入れをしているから、そこに取り寄せをかければ何とかなるだろう。
そうそう大抵の魔女魔術師のアトリエは物の流れ――生産・流通・販売・消費――でいう生産のみを担当していて、契約している店に商品を委託して販売すると習ったけど、お母さんのアトリエはさっきの流れでいう生産と販売を担うために薬屋を併設している。ちょっとした拠点店舗みたいなものだ。
さておき、メモ書き手紙裏紙と多種多様な要望書を仕分けて、ローグと手分けして在庫を探す。
「えーと、切り傷擦り傷用は出が多いからあっちの棚にあるはず。ご近所さんのは名指しで場所を用意してあるからこっち」
「商品名などで整頓はしないのですか?」
「するとしても人種別の効能かな。商品名だとたまにおんなじ名前の物があったりするし、冒険者ギルドだと生産者番号とかなんとか言って細かく管理はしているみたい」
効能が分かりやすい商品名を付ける「大葉椰子製薬」というアトリエ兼薬屋とか、殿下が届出されている商品と同じ名前じゃないか調べてくれる私とかだったら、そう同じ名前の物にはならないけどね。
幸い、要望書にあったものは大抵在庫で対応できることがわかった。仕入れをしていたのはお母さんなので、これだけ物が売れたと報告の手紙を作成しておく。
私がアトリエを構えることになったら、当然薬屋も併設するつもりだったんだけど、仕入先紹介してもらえないかな……。それも手紙に書いておこう。
「あ、でも私の薬屋だったら在庫管理とかローグに頼むつもりだし、番号を付けるでもなんでもいいよ」
「であれば、会計用の設備でよいものを見繕っておきましょう」
要望書が片付いたので、今度はマジックバッグに入っている物をひととおり取り出す。細かい魔石は布入り温石に全部使ってしまったので、売る機会を逃していた大きめの魔石がごろごろと、魔物のミイラや素材、知り合いのドラゴンからもらった血入りボトルもある。
「……ハハ」
「どしたの?」
「いえ、通信が多くて。例えるならば、蛙型の魔物に囲まれたときのような喧騒でしょうか」
それは大層うるさいだろうな。湿地帯にできたダンジョンに行ったとき、ダンジョンを出てもしばらくケロケロゲコゲコクククククルクルって耳鳴りがしたもの。
さて、魔石を売るのなら殿下……もいいのだけど、殿下もお財布に限度があろう。そこで、私の知る私以上の魔術師である、
『先生へ
7キロの魔石未鑑定他魔石あり。最小でも1キロ。私の実家にて
アルヴィ』
そして割と道楽者の先生に連絡を取ることにした。
翌日。新しく来た要望書を元に、薬やらポーションやらを届ける準備をしていたところに、バーンと音を立てて侵入者。
「うわなに?!」
見に行けば、いつぞや作ったテーブルセットを先生が使っていた。それ殿下専用なんだけど。
「面白そうな魔石だったので、来ちゃいました」
「来ちゃいましたって」
先生にくっついてきた従者の青年は黙って首を横に振る。その様を見て、もうひとりの従者の少年は勉強になると頷いていた。
「ちょうどよいテーブルもありますし、ここで一通り確認させてもらえますね?」
「外にテーブル出すから、先生はそれ座らないで」
「おや、指定席でしたか。名札でも置いてくださればよかったのに」
あっても絶対叩き落とすだろうに、何を言っているのやら。
実家の建物から先生たちを追い出し、ローグに手元の作業が終わったら来るよう伝えて、薬草畑のわきに魔術で新しいテーブルセットを作る。従者の2人は立ったまま待機するだろうから、椅子は3脚――私と先生とローグの分だけパパっと用意した。
「二人とも、今のは見ましたね?」
「はい!」「勿論です」
「今のは本来、土の魔術の“土壁”あたりで作成するのが適当ですが、彼女の場合は汎用性を優先して別の魔術を使用しています。アルヴィ、きちんと詠唱をして椅子を一脚用意してください」
「はーい……」
弟子をすかさず教材にしないでほしい。
しかし、要望があったことだし、私は先生の指示に応じて詠唱をする。
「杯に第五元素満ち、形を与えよ。銀の幸い」
水がこぼれるような音で、無から追加の椅子が2脚生まれる。
この魔術は私が卒論を書いているときに思いついた、魔力に何らかの物質として形を与える魔術だ。
魔術で水や火を作れるのだって、魔力を魔術で物質や現象に変換しているだけだ。詠唱はその方向性を決めるために使用されていて、魔女魔術師のイメージはそれを補助する。
なら、そもそも方向性がないけど魔力をドカーンと取り出して、イメージのみでなんとかできるような詠唱をしたらどうなるのか。そんな魔術習ってないし聞いたこともないから、卒論では途中まで「魔力の暴走なんかに見られる爆発が起きるんじゃないですかねアハハ」というのを敬語とか謝辞とかで饅頭の餡のように包んでいた。
が、できてしまったのである。なんか知らんけど。
4回くらい朝日を見た後に、なんか思いついちゃったのである。魔力を仮想の入れ物にそのまま出して、それをイメージで成型するようなニュアンスで。
卒論はざっと読んだ先生に大ウケで、試した先生に超ウケて、シレーネシアがどうとかこうとかで口座を聞かれたことは覚えている。何せそのあと疲れて卒業式終わるまで寝ていたから。
「比較として、私がやるとこうなります。銀の幸い」
先生の省略した詠唱に、ため息のような風が渦巻き無から追加の椅子がもう1脚生まれる。わざとなのか私の作った椅子と判で押したように同じ外見で、しかし座ったら堅そうだなと思う色をしていた。
「さて、授業にも飽きましたから魔石を拝見させていただきたく。鑑定はこの……ええと」
「ホセが担当させていただきます」
従者の青年が礼をする。なるほど、鑑定担当として連れてきたのなら従者2人も納得だ。
作業が終わったらしいローグもやってきたので、私含むその場の5人でテーブルを囲む椅子に座る。私の椅子は先生の作ったもので、予想通り即座にお尻が痛くなるくらい硬い座面をしていた。
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