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24 冬の地(復)

 目が覚めていちおう、朝の時間。ベッドから半分ずり落ちているローグに毛布を押し付けて、簡単に朝食を作る。

 といっても、水気の出る野菜は使用しないで、パンに昨日の残りのベーコンを挟んだだけの物体だ。サンドウィッチと呼ぶにはちょっといまいちなものだけど、作業ながらで食べる前提だから野菜を挟む余裕がない。

 朝食を口に入れて、昨日切り出した布をテーブルに広げる。刺繍の下書きはしたので、今日からはひたすら縫い上げていくだけだ。

 布は保定の魔術で刺繍する辺りを囲い、手元の空間だけピンと張る。魔術に使う文字だけ貰い物のちょっといい糸で、それ以外は普通の糸で飾り付けていく。やりたいところからやるから、じわじわ全体像が出来上がる絵みたいなのがとても好きだ。

 “熱遮断”は動物の牙を思わせる柔らかい白の糸。“切り替え”は薄明の頃の()()の中間みたいな暗い橙色の糸。“重量軽減”は小鹿の足首くらいに見られるふわふわの茶色の糸。“内容物参照”は先生の瞳を思わせる、シェーレグリーン風味の緑色の糸。染めるのはすべて自分でやっているから、染料に毒性がないことも確認済みだ。


「ふんふ~ん」


 布に針を刺し、糸が通る。それがあちこちで何度も発生する。布そのものが大きいから、魔術に使う文字も大きくて、どこまでも刺繍が必要で楽しくなってきた。

 起きてきたローグに紅茶を淹れてもらい、カップは浮かせて口をつける。あちち。


「この、縫物をしている瞬間って幸せよねー」

「はあ」

「なによローグ、私の幸せを否定しないでくれる?」

「いえ、複数の文字に対する問合せが来ているので、通信過多で疲れてきただけです。時間のある時に日光浴をさせていただけると嬉しいのですが、ご予定はどうですか?」

「外は吹雪だから、帰国する日までは難しいかな……」


 会話をしながらも、手は刺繍針をすいと進める。針を通して魔力が糸に伝わり、文字が出来上がってくるにつれて私の魔力を吸い上げて効果を発揮し始める。いけないけない。

 書き忘れていた“供給元指定”の文言を急いで縫い上げる。糸は……後で縫い直すから髪の毛でとりあえず縫った。これはこれで奇麗だけど気味が悪い、仮縫いだから許して!

 “供給元指定”の内側にマジックバッグから取り出した小型の魔石――魔物の重要パーツ――を待ち針何本かで留めて、どんどこ続きを縫う。

 “熱遮断”と“切り替え”の刺繍が完了したところで、ふと気配を感じて顔を上げる。ローグが飽きれたような顔で、2人分の皿を持って立っている。


「どうしたの?」

「店長、集中されるのはよいのですが、刺繍をしながら2日はいけません」

「2日? 短い方じゃない」

「食事も水分補給もほとんどしないまま、寝ているのかも怪しいのですが。複数個体より制止すべきとの陳情を受けましたので、検討の結果店長の時報替わりに稼働させていただきます」

「う、うん」


 だんだん強くなるローグの圧に、適当に頷いておく。ローグは私の内心を察しているらしく、テーブルの上に温めただけだろうコンソメスープとオレンジ色の飲料品を並べた。


「これは本日の昼食分としてご用意させていただきました。これを完食するまでは作業の中断をしてください」

「今いいところなのに?!」

「通常のヒト種は、水分接種を行わない場合2日程度で死亡します。よって、所有者の命令よりも所有者の生命維持を優先してよいという判断から実施しています。2日の絶食を挟んでいますので、ひとまずは消化が良くスープ上のものをご用意いたしました」

「あと2つ刺繍するだけだから」「駄目です」


 私の言うことはすべてわがままとして処理されているらしい。仕方ない、ここはひとまずローグのいうことを聞いてご飯を食べることにした。

 私の作り置きを温めなおしただけのスープに、オレンジ色の……野菜をもとに作成したらしいジュース。


「材料渡してあったかしら?」

「ポトフの作成時に取り出して、使用せず放置されていたものを中心に使用しています。それと、ライカ・ロット様と名乗られた方がこちらを訪ねて来られましたので、後払いで魔物の肉類を譲っていただいております。請求書はこちらに」

「うへあ。後で素材渡すから、次からはそれで作ってよ。請求額は……あ、よかった。帰るときでいいみたい。2万トーカかあ」


 殿下から預かっているお金があるから、それで支払いができそうで幸いだ。今のうちに書いておこう。

 私がロット嬢への代金を何とかしている間、ローグはなんというか、「マジかよ」みたいな顔をしていたけど。こんな凍土で魔物と言えど肉類は貴重だからね。ちょっと色を付けて払うくらいでいいの。

 そうして3日ほどローグは私の世話に付きっ切りで、私は刺繍に集中しすぎずに完成させたもの。待ち針で留めていた魔石は取り外し、ふちを2辺縫い合わせて袋型になったところを口を上にして固定する。


「ここに魔石をざーっと入れて、と」


 文字どおりザーと音を立てながら、マジックバッグに入れていた今までの魔石……小さくて目立たないほくろくらいの魔石からヒトの目玉くらいまでの魔石を入れていく。大体4割くらい入ったところで魔石を流し込んでいた口を待ち針で閉じ、横倒しにしてサイズ感を見る。


「よし、これで口閉じちゃってよさそうだね」

「黙った方がよい、ということですか?」

「開口部を閉じる、って意味よ」


 ふちをきれいに縫い合わせながら、マジックバッグの中に入っているタグのストックを探す。んー、もう使い切っていたかな? したらどっか火が使えるところでまた作らないとな、いやあった。たぶん最後の1個だ。

 この布袋には不釣り合いな小ささの、只人(ヒューマン)用の布物に縫い付けるよう作った革製の製作者表示タグ。これを最後に縫い付けるつもりで、両側からタグを挟むように縫い合わせ途中の部分に差し込む。ただの縫い針だと通らない厚みになったので、魔術で針を熱して焼くように差し込む。あちち。


「できた!!」


 巨人サイズの暖房器具。ええと、魔石で温かくなるから……温石! 布入り温石で名前は決まりだ。

 そんでもって、制作者表示タグがなくなったので、今回の遠征はここまでだ。


「ローグ、今何時の何時?」

「本日は八神(ヤツガミ)暦4519年2月17日、時刻は夕方の6時です」

「いよし、明日出発するから、朝9時には起こして。んでこれからお夕飯作るね!」


 なにか忘れているような気もしないでもないが、今は完成おめでとうの気持ちが強い。よーし、作り置きタルト生地でニンジンのタルトとか作ろうそうしよう。



 出国当日。“プレハブ”を撤去――滞在期間中に出た排泄物なんかもまとめて小型の木箱に変えて、マジックバッグに入れる。

 南の石切り場から外に出れば今日も変わらず豪雪で、魔術的同位体(リャープリカ)のロット嬢は律儀に外で待っていた。


「出てきたってことは、帰るってことでいいの?」

「ええ。また国境まで……できれば来た時が北ガルヴィニアからだったから、そのあたりに連れて行ってくださいな」

「わかった。後ろのは産んだの?」

「マジックバッグに入れてた。入国時は仕舞うわ」

「オーケー、もう少ししたら私が来るから」


 ちょっとした雑談をしながら、ライカ・ロット嬢の迎えを待つ。渡す予定の温石はローグのマジックバッグに入っているので、やってきた大きい方のロット嬢に忘れずに渡すことができた。

 使い方は簡単で、振ったら温かくなる。もういっかい振ると温かいのをやめる。注意事項は、ロット嬢サイズなのでヒトに使うときは少し離れたところに置くこと。中の魔石を交換すれば刺繍が擦り切れるまで使えると説明した。


「にしても、ここの糸がきれいな色をしているね。何で染めたの?」

「あ」


 髪の毛で縫ったとこ、そのままだった。

作中で作っているのは、貼らないカイロを巨人サイズにしたものです。

旧タイトル:温石というかカイロ

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