23 ゴーレムは漣の夢をみる
アルヴィの入手したゴーレム、ローグ視点の話です。
店長の出したプレハブにて、折れそうな家具に囲まれながら店長の作業を見守る。
振動感知閾以下10秒経過、視覚センサを瞬きに合わせて無彩色から有彩色へ切り替わる。
「ふんふっふふーん」
店長はテーブルをはさんで向かい側に座り、テーブルに厚手の大布を広げて何かしらの書き物をしている。検出した文字は“熱遮断”“切り替え”“重量軽減”“内容物参照”など。いくつかの単語は店長の持っているマジックバッグにも記述されている。
「何を作っているのですか?」
「うーん、簡易的な暖房器具、かな?」
「疑問形なのですか」
「そうね、私もそんな感じのものがあるって知っているけど、実物は見たことないし」
書き物は終わったのか店長はペンを置き、マジックバッグに手を入れて木製の手提げ箱──裁縫道具入れを取り出す。裁縫道具入れは3段の引き出しがあり、表面の塗装が少し欠けているところに長く使っていることが見て取れる。
店長が空中で引き出しを引くように指を振ると、2段目の引き出しが開いて大振りの鋏が飛び出し店長の手に収まる。店長が何度か鋏で空を切ると、鋏に付与されている魔術の“切断力上昇”が発動した。
「ローグ、そっち側持って。こっからまっすぐ切るよ」
「わかりました」
別個体からの共有事項。“切断力上昇”は通常武器に付与するもので、日用雑貨や裁縫道具と言ったものに付与した場合切れすぎる可能性があるとのこと。
この鋏は……特定挙動直後の切断のみ“切断力上昇”の効果が適用されるようだ。
持ってみると、大布は見ていたよりも厚くずっしりとしている。店長は持ち上げるのが大変なのか、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。
布をピンと張って、まっすぐに鋏を進めていく。鋏は雪の上を滑るソリのように滑らかに進み、店長の考えていた通りに直線を切り出した。
同じように2度鋏を進め、大布からひとまわり小さい長方形が切り出される。……計測サイズ、350センチ×170センチ、長辺を半分にするように折り畳んで使うようだ。
「今日できる作業はこれくらいかしら。ローグ、次の食事までどれくらい?」
「次は夕食です。時間は指定されておりませんが、これまでの生活リズムから考えると、あと1時間程度で実施することが好ましいと判断します」
「じゃそろそろ支度始めないとね。手伝ってもらってもいい?」
「もちろん」
薄い板で作られたキッチンで、店長はコンロに魔術で火を灯してマジックバッグから大鍋を取り出す。中にはなみなみとコンソメスープが入っている。
併せてマジックバッグから2~3人前の料理に使えそうな小鍋、カット野菜の缶詰め数種、そして魔物肉のベーコンを取り出した。
「ポトフ、ローグも食べるよね?」
「スープが主であれば接種可能です。具材は少量であれば」
「じゃ具材は1人前でいいか」
コンソメスープは少しずつ使うようで、蓋を下ろした大鍋から豆粒台の兎型になって小鍋に少しずつ跳ねていく。つい動きを追って50を数えたあたりで店長から「助けて~」と悲鳴が上がり、視覚センサを店長に向けたところ缶詰が開かずに苦戦しているところだった。
「自分で開封できないのに持ち歩いていたのですか?」
「いや開きはしたんだけど、外気で冷えてたから手がくっついちゃった」
「なんですって?」
店長の困りはわかりますが、缶詰が手にくっついた状態でやっと助けを求めるのもどうかと思います。
別個体の情報網へ問合せ。……水分を与えてすぐにはがすとよいらしい。
「店長、少しばかりの水を出していただけませんか」
「わかった。どどんが「少しばかりです店長」おっといけない」
店長は少し考えて、「ちょっとだけ水」と唱えて水を出す。この魔術は本来、直径10センチにも満たない水の球体を1つ出す魔術だが、なぜか20個余りの水の球体が店長の周囲を回転し始めた。
そのうちひとつを捕まえて、缶詰が貼りついた手を湿らせて缶詰を引きはがす。代わりに缶詰を持った私は、体表温度を下げたことで貼り付くことは回避できた。
残った水の球体は革袋ですくうように捕まえて、あとで水用のタンクか何かに移し替えてもらおう。
「そだローグ、大鍋蓋した?」
「しておりませんが」
「あら」
確認すれば、小鍋には表面張力ぎりぎりまでスープが飛び込んでいた。店長は慌てて大鍋に蓋を半分かぶせ、私は小鍋の3割ほどのコンソメスープを大鍋に戻した。
木製のスープ皿にあたたかなコンソメスープが注がれている。同じく木製のスプーンは触感センサでなめらかであると検出しており、スープをすくい疑似口部へ入れれば塩分濃度から適切と思われる会話内容を数種提示してくる。
「ちょっとしょっぱいですね」
「そうね。ちょっと煮過ぎたかも」
ベーコンにかみつきながら、店長は考えている。私は思考容量が空いてしまったため、周囲の状況を観察する。
別個体たちは、私の視覚センサに基づいた店長の外見評価を、多数決では「ちょっと奇妙」と下している。情報共有は便利だが、必要以上の情報を開示するのは危険であるとの判断から、しばらくの間外部との通信中断を決定。
「店長、いくつか聞きたいことが」
「なーに?」
中断。しかし特定の文言を口走らせる劣悪なプロンプトを受信してしまった。質問もあわせて受け取っている、やはりなしでと伝えてもいいものの、店長の機嫌がいいなら聞いてみる価値はありそうだ。
「私はとりわけ店舗従業員に適したものとして製造されており、外部通信機能は存在していなかったと思いますが、なにかカスタムを実施されましたか?」
そう、私は別個体からの情報受信、そして私から別個体への情報送信を実施しているが、そういった機能は本来実装されていない。カスタムで追加したのであれば、店長が何か知っているかもしれないと判断した。
「なにそれ。通信してどうするの?」
「例えばですが、初期状態では実装されていない“人格設定前のトラブル対処法”をはじめとする、別個体の経験をもとにした教本を受信することができます。後は魔術論文について、別個体の思考容量に――ほかのゴーレムで手が空いている者に、査読を依頼することができます」
「便利そうね。ただ、私はやってないわ。通信技術といえばグリューネ教会だから、今度そっちに聞いてみましょうか」
応答内容から判断すると、送受信機能は後天的に付与された能力である可能性が高い。大切にしよう。
スープが半分以上なくなるまで食事を優先していると、店長が「ほかの質問は?」とそわそわしながら聞いてきた。いくつかの、と口走らされたせいでほかの質問を期待しているらしい。
「店長の髪は独特の模様が入っていますが、そういった種族なのですか?」
店長は身長目測155センチ。頭髪は腰までの長さがある黒色で、しかし毛それぞれが所々青や緑に近い色になって、毛束としてまとまると水玉模様のように見える。
聞かれた内容は不適当だったのか、表情から困惑や悲しみが読み取れた。別の質問に変えようか。
「……これね、アレルギーなんだって」
「アレルギーですか」
回答の拒否や、怒るほどのことではなかったようだ。安心した。
「そう。ローグは魔術と属性について、どれくらい知ってる?」
「たしか、通常と特殊で各6種、計12種の属性が定義されているのでしたか」
魔術の通常属性は火、水、風、土、光、闇。特殊属性は氷、雷、木、腐、祝、呪。魔術ひとつが属性ひとつ、と言うわけではなく使い手や環境に左右される。
この通常と特殊の違いは、ヒトの子として持って生まれやすいか否かの違いだという。特に、通常属性同士であれば複数併せ持って生まれることもあるが、通常属性と特殊属性を併せ持つことは稀で、特殊属性同士を併せ持つことはさらに稀であるとか。
属性は基本的に先祖から遺伝するので、土属性の家系とか水属性の家系とかが存在するという。
なお、ゴーレムはいずれも風属性とほか何某か1~3属性を持っている。私は風と木属性を持っているので、実は魔女魔術師のアトリエ向きの個体だったりする。
「私は父方が火属性の家系で、母方が土属性の家系なの。おねーちゃんは火と土の2属性、私も簡易検査ではおねーちゃんと同じって出たんだけど、昔から水属性の方が使いやすいのよね」
「それで、あの津波ですか」
使いやすい理由はわからない。別個体に聞いてみればわかるかもしれないが、今通信を再開しても変な質問をされそうで困る。
「そういうこと。お母さん曰く、私の火属性が強すぎるから、使えるのとは別にアレルギーを起こしてるんじゃないかって。火属性以外の強い魔術を使うと、こうしてぶちが出るみたい」
「めずらしいですね。店長は風属性かと思っていました」
「魔女名乗るにあたって、全部の属性が使えるようにしたからね。それに、自分で何でもできた方がいろいろ作れるじゃん? そのせいでこんな髪色なんだけどねー」
そういいながら、店長は毛束を指でいじる。黒から紺になり、また黒になって深緑になる色の移り変わりは、店長の努力の結晶にも見えた。
「ん、ローグ食べ終わったの? お代わり作る?」
スープ皿は確かに空になっている。店長は小鍋から直接食べていたので、もし追加で食べるなら作るところからになるだろう。
「いいえ、お構いなく」
もともと私は大して食事が必要ではない。どちらかと言えば、日光に当たる時間を作ってもらいたいが、近日中には難しそうだ。
別個体1:通信機能内で24時間配信を実施している。各種マニュアルをローグに送った。
別個体2:管理人。グリューネ教会(冒険者ギルド)本部詰。寝ているか仕事をしているか。
別個体3:某国近衛隊勤務。上司がよく見聞を広めるために行方不明になる。
別個体4:今回のプロンプトを送った。おおむねこういう悪いことをするのはこいつ。




