20 南の石切り場で留守番を
南の石切り場とロット嬢が呼んだダンジョンは、入ってすぐが広い部屋のようになっていた。先ほどのロット嬢が入れるかと聞かれたら、丸くなってもまあ入れないだろうという感じ。
しかし私からすれば、50人からの大宴会を開いても余裕があるくらいに広い。荷物を広げても問題なさそうだ。
「よいしょっと」
マジックバッグから取り出したるは、外見上は大型の図鑑サイズの本。魔石のついた表面をざらりと撫で、魔力を流しつつ所定の呪文で起動する。
「開けゴマ」
呪文に反応して本が勢いよく開き、分解し、ぱたぱたと建っていく。しばらくするとできるのは、ぺらっぺらの板でできた簡素な家屋。強度は単体だと魔物の突進で壊れる程度で、組み立ててから付与魔術で強度を上げれば2泊くらいは耐えられる。
この本は私の作った魔道具のひとつで、ダンジョンにベッドがないのがいやだったから作った『簡易休憩所』、商品名は製造・販売を委託している冒険者ギルドが勝手に“プレハブ”と付けている。
プレハブの中は入ってすぐのリビングダイニングと、かろうじて別の部屋と言えるベッドルーム、そして簡易シャワーとトイレがある。素のままだと音が漏れるし水と熱は補給が必要だけど、冒険者なら魔道具を使うなり魔術で対応するなりできるので、発売数は月光のささやきの10倍は出ているようだ。今のところ殿下にしか売っていないけど、もっと月光のささやきが売れてほしい。
組みあがったプレハブの扉を開けて、中に入る。扉そのものもぺらぺらだから、今はまだ開閉に気を付けないといけない。
「ええと、硬くなれでいいんだっけ」
荷物から魔力で線が引けるガラスペンを取り出し、扉の室内側に物質硬化の呪文を書きつける。書いて淡い光を放ち始めれば、魔術が成立した証拠だ。
ついでに水回り用のタンクに水と魔力を入れ、紅茶を入れてひと休み。
「このタイプ、ベッド1つしかないじゃん」
仕方ない、ベッドはローグと交代で使おう。
ひと休みしたので元気も出たし、マジックバッグにすぐ使わない物を仕舞う。引き換えに、革製カバー入りのフェイルノート君6号とローグの入った棺桶を取り出して起きてもらう。
「おはようローグ。ここは冬の地の南の石切り場だそうよ」
「……おはようございます」
ちょっと眠そうなところ申し訳ないのだけど、ローグを立たせて装備を確認。防寒服と滑りにくい靴、ヨシ。眼鏡、ヨシ。耐寒用にアルマちゃん特製ブローチ、起動ヨシ。時計、動作ヨシ。ただのバッグ、ヨシ。歴代フェイルノート君でも使っていた魔術札の束をただのバッグにどさどさと入れて、ローグの装備は出来上がり。
ローグの手を取りプレハブを出て、ローグの眼鏡を再確認。
地面に新品の弓・フェイルノート君6号を置く。
「ローグ、弓の制御について同じ呪文を唱えてほしいのだけど」
「わかりました」
ふ、とひとつ息を吐いて呼吸を整える。詠唱が長めの代わりに、魔方陣などの準備がほぼいらないのがお気に入りだ。
「従属しろ、手足となれ、違わず射貫け」
「サーヴァント、プロスティーセス、テルサロー」
前段詠唱完了。フェイルノート君6号は置かれた場所でカタカタ揺れて、唱えているのが2人(?)いるから魔術が正常な誤作動を起こしている。
具体的には、本来1人で詠唱するものを輪唱しているので、前段の効果である“弓の制御者を指定する”の挙動がおかしくなる。この状態で別の“使い魔の所有者を譲渡する”という効果の魔術を使うと、
「引き取って」
カタン、と揺れが止まり、ローグが主の制御者となる。そして、本来ならすぐに後段を詠唱して魔力の矢を装填しないといけないところ、物質にしろ魔力にしろ任意で装填・発射ができるようになる。
この状態の弓はローグが魔力で動かすことができるけれど、ローグはまだ魔力の制御がしっかりしていない。仕方ないね、店員さんとして働いてもらうために採用したし。なので、今回はこちらの魔道具を使用します。
「ローグ、眼鏡貸りるよ」
「はい」
握力もいまいち調整しきっていないので、ローグに顔を近づけてもらって眼鏡を取る。フレームにガラスペンで小さい字を何とか書く。これは眼鏡の向きから正面座標を取得して、右横に追随するようにという魔術だ。
「できた。ローグ、眼鏡かけて」
「はい」
いいぞ、(心持ち)殿下に似ている眼鏡男子の出来上がりだ。
じゃなくて、これでローグがアテンド役としてダンジョンに入れる。
「ローグ。この後の行動について、次の通り行動を指定します。まずはこの南の石切り場の奥に向かって進んでください。進路については任意ですが、ひとまずは3時間進んだところで引き返してきてください。魔物が出現した場合はフェイルノート君6号へ魔術札を装填して攻撃してください。攻撃の際は狙えと唱えてください。はい、ここまでに覚えられなかったことは?」
「この奥に進む、3時間たったら引き返す、魔物が出たらスクロールを撃って攻撃。以上であれば記憶しました」
「合ってるね。あと、自分で判断できないこと……例えば攻撃が当たらないとか、すごく早いとかあったら引き返してくること」
「わかりました」
仕上げにローグに認識阻害の魔道具を着せて、南の石切り場の奥に向けて送り出す。私はここで留守番だ。
と言うのも私、そもそも単独での戦闘能力が皆無だ。たぶん。
魔術はそりゃ好きだし得意な方だと思うけど、そもそも魔女魔術師なんてパーティないし集団での戦闘なら主戦力となるものの、単独だったら打たれ弱い足の遅い攻撃も遅い職業だ。ガルヴィニア周辺諸国での魔女魔術師は『車輪の錆びた大砲』なんて言い回しをされることもある。
それに、拠点で作業をするというのはある意味適材適所だし、今までウーシャに同じようなことを頼んできたけど失敗したことはない。火を維持するのは間違いなくうまいから、時間のかかる料理をしながら小さい調合用の鍋でポーションを作っていればすぐに時間も過ぎる。
それに、ほかの冒険者がいるダンジョンなら魔物素材との物々交換がはかどるからダンジョン入口に陣取っているのは便利なのだ。
殿下がいっぱい買い取ってくれるし、お店を開いたときに棚が歯抜けでも恰好悪いし。今のうちにどんどん商品を作るとしよう。




