02 実家は相変わらず
しばしの浮遊感。衝撃緩和の術式が稼働して鳥の羽のように着地。
何度か瞬きすれば、そこには懐かしの実家は──
「ワァ……」
どでかく『勇者パーティの1人アルヴィの実家』と看板を掲げた薬屋、つまり実家があった。
「あらおかえんなさい。お夕飯はどうしたの?」
畑の水やりに出てきたらしいお母さんがのほほーんと言う。さっきまでの場所との時差は2時間、夕飯には遅くないか。
「勇者パーティを追い出されたから、ちょっと早く帰ってきちゃった。お夕飯は食べてきたよ、看板どうする?」
「あとでお父さんに言っておくわ。しばらくどうするの?」
「私の部屋が残ってるなら上げてほしいな」
「もちろん残ってるわよ。その方が蔵書が整頓されてるもの」
しばらくぶりの実家に「ただいま」と言う。しばらくといっても、ウーシャの教育状況を伝えるために、この近くには毎年来ていたので看板以外変わったところはない。
2階にある玄関に空中闊歩で向かい、あらためてただいまと告げる。
「お父さんは? 仕事?」
「そ。王様から直々にダンジョン探索を頼まれたんですって」
「そっかー」
お母さんは魔女、お父さんは魔術師をしている。とはいえ、お母さんはこうして自分の店を持つアトリエの魔女タイプだし、お父さんは冒険者として戦闘向きの魔術ばっかり使うタイプだ。昔から切れかけの電球みたいな人だと思っていたけれど、今日も不在にしているらしい。
「今日は疲れたでしょう? お風呂済ませたら早く寝ちゃいなさい」
「はーい」
変わりのない自室にほっとしながら、私はベッドに飛び込む。
ウーシャの今後に幸多からんことを願い、3数える前に眠りについた。
爽やかな朝です。おはようございます。
学生時代に課題で作った振り子時計が、ピョロロと目覚ましの音を立てながら日時を伝えてくる。
『本日は八神暦 4518年 11月 宵の日です』
目覚ましが鳴るということは朝なので、仕方なしにベッドの上で起き上がる。
すぐ目の前の窓の枠を触り、窓を鏡に変質させて顔を確認。それはもうたくさん髪の毛がはねている、元からくせっけなのでいいことにしよう。よだれの跡と目ヤニがある、生活魔術ではきれいにならなさそうなので水の魔術で洗顔。いい感じになったので、全身に浄化の魔術をかけてよしとした。
「おはよー」
「おはよう。お母さん仕事が入っちゃったからちょっと出かけてくるわね」
玄関、廊下とリビングダイニングを兼ねた部屋に行くと、お母さんは珍しく濃いめの化粧をして空間転移の魔道具を使うところだった。面倒なので適当に手を振って見送り、私はキッチンで冷蔵庫をあさる。ミノタウロス印のミルクが入っていた、この辺でしか買えないミルクなのでありがたくいただこう。
適当な朝食に実家の気安さを感じつつ、今朝の新聞を読む。
『クロスランドと開戦間近か 勇者パーティ魔術師アルヴィの帰還 国王陛下、婚約にちょっと前進かなり後退』
「いや下がってるじゃん」
読み終わった新聞を置いて、食器を浄化できれいにして食器棚に飛ばす。食器は定位置があるので、食器棚に向けて飛ばすと自動で戻るのだ。
というか、新聞を読んでいた時は気づかなかったけど、国王陛下と言えばおしどり夫婦で有名な方だったような。
このまま家にいてもこき使われるだろうし、今の情勢を知るためにも外に行くか。
明るくなった外に出る。早起きな時間だが、我が実家は国境に近い辺境にあるので近くの集落までは歩いて1時間くらいかかる。
が、それは面倒なので空間転移の魔術で集落の近くへ行く。もし規模が大きくなっていた時のために、目標点の上空に飛ぶ用調整して、だ。
「おおー、おっきくなったねえ」
空間転移すると、予想通り集落は村と言っていいほど規模が大きくなっていた。この国では村……村長の役職を置いている20人以上の集まりは、2階以上の高さのある時計台を建ててよいことになるので、時計台があるっていうことはそういうことなのだ。
改めて村の外に空間転移し、徒歩でお邪魔する。入口の横、見張り小屋にはイケメンが佇んでいるが、おそらくは型落ち輸入品のゴーレムだろう。学院にいたのと顔が似ているし。
「すみません、買い物をしたいんですが、どのあたりに行けばいいですか?」
イケメンには話しかけておく。目の保養になるからだ。
「それでしたら、時計台の方にいくつか店があります。買いたいものは食料品ですか? それとも服や装備ですか?」
「食料品と薬草、できれば建築素材になるものです」
「食料品は時計台の方に向かえば問題ないでしょう。薬草はここから1時間ほど歩いたところに薬屋がありますので、この村よりそちらの方がよいかと。建築素材は時期的に少ないと思いますので、店に行っても難しいと思いますよ」
薬草は出発地点の方が物がそろっている、それはそうだ。
「そう……。その薬屋以外で薬草の取り扱いがある場所はありますか?」
「そうですね……この近辺では第2城の中に薬草があると聞いています。ただ、実在しているかどうか確認はしていませんし、購入できるかも存じておりません。第2城はご存知ですか?」
「もちろん」
壊したことのある城なので。
「ではご案内は不要ですね」
「ありがとうございます」
イケメンは業務用らしい表情でほほ笑むと、引き続き見張りとしての仕事をする。
私は食料品店に向かい、数日分の食料を買ってマジックバッグに入れる。その時にマジックバッグの購入元を聞かれたので、自作だと答えた。