19 冬の地(往)
冬の国は、極寒の地である。
どこまでも白い視界。横殴りの風。地面と水平に飛んでくる雪の刃。
「さーーーー」
かつて極東には試される大地と称された地域があった。それと同じかそれ以上の試される大地がここ、冬の地だ。
冬の地は国や地域により、死の国、巨人の家、雪の地、閉ざされた平野、白の平野などと呼び名がある。私の母語であるガルヴィニア語圏だと冬の地と呼ぶことが多い。
「むーーーーーー」
まあ何はともあれ、とてつもなく寒い場所だ。
「いーーーーーーー!!」
緩急をつけて殴りかかるような雪。雪。さらに雪。
国境を越えてすぐに豪雪。道はないので地表を掠るくらいにちょっと浮いて移動する。寒い。
これでも遮温の魔術で雪の冷えを遮っているはずなのだ。冬服だってもこもこに着ている。しかし周囲の気温は氷点下、鼻水もどんどん凍っていく。
ズーと鼻をすすると鼻の奥がひえていく。あー、このまま凍ってしまうのかしら。
……そういえば、アルマちゃん特製・寒さ除けのおまじない使ってないな。
「ええと、えい」
かじかむ手でマジックバッグから真っ赤な石のブローチを取り出し、涙1滴よりも少ない魔力を流し込む。ブローチを中心に熱の波が広がっていき、私ひとりをすっぽりと包み込むような熱の膜ができた。
ブローチはコートの襟もとに着けて、私は荷物から地図と方位磁針を取り出して目的地を探す。
「えー…………」
右見る。白い。左見る。白い。上見る。白い。下見る。白い。結論、目標物がない。そして方位磁針は針がトルネード。
天地の方角は見失っていないけれど、現在地は見失ってしまった。
「いっそいったん国境まで戻ろうかな、まあ国境わからないんだけど」
ちょっと浮いているから遭難しないだけで、魔力が減って浮いていられなくなったら遭難そして死なのはわかりきっている。これならおじいちゃんたちの忠告通り、春を待ってから出発してもよかったかもしれない。私はいつもそうして後悔しているな、今度通り名を変更するときは「後悔の魔女アルヴィ」とかにしようかしら。
ぶつぶつ言いながら地図と方位磁針を仕舞い、荷物に入っていた板を浮かせて素人なりに占い、このまま進んだ方がいいと出たのでどんどん進む。熱の膜は私をどれくらい守ってくれるかわからないけれど、アルマちゃん特製だししばらくは平気だろう。
占い道具を仕舞い、代わりに時計を取り出す。時間を見ながら移動すれば多少は移動距離が分かるだろう、という判断だ。
「ん?」
10分ほど移動したところで、白い柱が立っているのが見えてきた。白い柱はいくらか傾いているが、だからと言って倒れるような気配はない。よくよく見れば雲の上まで続いていそうなその柱は、鱗とも縞模様とも言い難い模様があって、触った感じはひんやりしている。
つまりこれは、見てすぐに柱と形容したが柱ではない。何かというと、
「ん~?」
巨人の腕だ。
「あれ、さっきの子らからはぐれてた子かね」
周囲の雪が崩れるほどの大きな音が上から降ってくる。地響きのような音もして、比較的ゆっくりと巨人はこちらを見た。
おそらく身長は20メートルほどだろう。雪に紛れるために選んだのだろう白い服を着ているようだ。顔のつくりまでは遠すぎて全然わからないけれど、間違いなく巨人のはずだ。
「出国したて聞いてた数と合わないから心配してたよ。名前は?」
「アルヴィよ」
「アルヴィ、懐かしい名だよ。私のことは知ってるね?」
掌を差し出され、ちょっと気合を入れて乗り込む。ゆっくりと持ち上げられて、顔の近くまですぐにやってきた。
アッシュグレーと言うには薄い灰色の髪と瞳。瞳の大きさは私の頭より大きいものだから、まるで鏡みたいに私が映っている。
――冬の地には巨人が1人過ごしている。彼女はいつも腹を減らしているから、もしも遭遇することがあれば食料を差し出して命乞いをしろ。
「冬の地の女傑、現代最後の巨人、単独最強の乙女、青の魔王直系にして特性のひとつを色濃く受け継いだ神秘。ライカ・ロット嬢で間違いないかしら」
「ええ、ええ。あなたは私を知っているのね。歓迎するわ」
知っているロット嬢と同じかそれ以上に彼女が理知的でよかった。
「この地に来たということは、ダンジョンに向かうでいいのかしら。希望のダンジョンがあればそこまで運ぶよ」
「あ、じゃあ魔石とかポーラ王国連邦で売ったら高そうなものが獲得できるダンジョンがいいです」
「それならイユー……“南の石切り場”が近い。そこに運ぼう」
お、今口元と音声がずれた。翻訳機材が冷えて処理落ちしているのか、もしくは翻訳に時間がかかるのか。どちらにせよ新しい改良点として温度差耐性の増強を脳裏に書き留めておこう。
ロット嬢の手に包まれて、歩く揺れを感じながら冬の地を移動する。
ライカ・ロット嬢の登場する童話は、なぜポーラ王国連邦最大域の四季が緩やかなのかという内容だ。覚えているあらすじとしては、ロット嬢ら巨人は体温調整がほとんどできなかったから、巨人の母である神が当時のポーラ王国連邦から冬を買い取った、だからポーラ王国連邦は冷えても冬の地ほどにならない、という感じ。
もうひとつ有名な逸話があるのだけど、歩いている間に聞けるだろうか。
「ねえアルヴィ、少しの間その暖房をやめてもらってもいい?」
「もちろん。下ろす前に一声かけてくださいね」
ロット嬢の指摘を受けて、襟もとにつけたブローチに再度魔力を流し温かい膜を解除する。ロット嬢の手のひらは雪で冷えているが、だんだんと温まって眠たくなるほどだ。
「ロット嬢、余りしっかり手を閉じられていると酸欠で死んでしまいます」
「それもそうか」
私の足側の指がいっぽん、空気穴を作るためにずれる。深呼吸をして、思いのほか酸欠気味だったのかなと冴える目に考えた。
「南の石切り場にはどういう魔物が出ますか?」
「雑魚と、雑魚と、あと雑魚だな。私がそのまま入ることはほとんどないから、手を差し込んで適当に叩いている」
「ええと、“魔術的同位体”を使って探索したりは」
「昔はしたが、あまり食べられるものがない。手持ちの魔石がなくなったときに行くくらいだ。それにしても、魔術的同位体なんてよく知っていたね」
「ヘオース学院には別の“ロット嬢”がいましたので。呪文もやり方も聞いたのですが、真似できませんでした」
ライカ・ロット嬢が有名な理由のもうひとつ、彼女は同じ存在が複数名存在するというのがある。私が見聞き遭遇範囲だと、シレーネシアに1人、ヘオース学院に1人、極東に1人いるという。
個人の能力の大半が血統と努力で決まるこの世で、ロット嬢は神の血が入っていることによる長い永い寿命と性格、そして“魔術的同位体”による無数の鍛錬で単独最強の乙女となっているわけだ。その分記憶が劣化しやすいから、最終的にはそれぞれの肉体が反射的に動くまで練習するそうだけど。
「あなたはちょっとバランスよく素養が高すぎるみたいだからね。空間魔術がなくても生きていけるわけだ」
「あのロット嬢も同じことを言っていたわ」
「そのロット嬢も私だから、同じことを言いもするよ。さて、そろそろ南の石切り場に着くから、暖房をつけなおして」
ロット嬢は丁寧に地面に近づけてくれたので、ブローチにまた魔力を流して暖房を入れる。
地面に降りて周囲を見渡すと、そこはかろうじて埋まっていない氷の洞窟近く。洞窟から(比較的)暖かい風が流れてきているようで、洞窟までは雪が緩やかな斜面を描いている。
ロット嬢の手の中よりも冷えた空気に大きく身震いをして、吐息を手で捕まえて顔を温める。
そうそう、送ってもらったのだからとまだ近くにあるロット嬢の手を摑まえて、私は荷物の中でいっとう大きい布の塊、大人数用のテントくらいの大きさをした――ロット嬢からすると手のひらよりちょっと小さいポーチくらいの大きさになる――マジックバッグを押し込んだ。
「これ、とりあえず先払いです。出国の際に改めてお礼をお渡ししますね」
「いいのか? ……この大きさ、高かったでしょう」
「うーん、正直な話元手がほぼタダなので。ここから国境までってどれくらいですか?」
「あとで小さい魔術的同位体を置いておく。声をかけてくれれば迎えに来るよ」
「ありがとうございます」
送迎の対価を渡し、改めて氷の洞窟へ向かう。
石切り場と言うくらいだから、たくさんの魔石が獲得できるといいのだけど。




