17 砂糖菓子も嫌いじゃない
ローグの人格設定をするために実家に帰ろうと思って、出国整理券をまだ持っていないことに気が付いた。
それだったら、ポーラ王国連邦外との国境近くに住んでいることだし、出国整理券もらうついでにおじいちゃんの顔を見に行くことにした。
この「おじいちゃん」は、お父さんの方のおじいちゃんだ。私の実家がある国・ガルヴィニアの北側にある「北ガルヴィニア」のさらに北の方でお菓子を作って楽しく暮らしている。
というか、いつ会いに行ってもお菓子を作っている。お菓子職人が仕事なんだろう。
「ええと、おじいちゃんちの辺りの座標は、と」
住所的には(ポーラ王国連邦)北ガルヴィニア王国シュックローファ領街大通り小春地区15番だ。ポーラ王国連邦に所属している国及び街では、国名と方角表記を覗いて「東西南北」という方角を地名にしてはならないという決まりがあるので、住所を聞いてもぱっと場所が想像できないのが困ったところだ。
住所をもとにだいたいの距離を考えて、地上300メートルの高さに空間転移。
ぱっと視界が変わり、ちらちらと雪が舞う街中に。私はおじいちゃんちの軒先めがけて少しずつ空中制止を発動しながら降りていく。
「おじーちゃーん! 遊びに来たよー!!」
「アルヴィ。来るときは前もって連絡するようにって言ったろう?」
「来るよ、そんで来た!」
「まったく、それじゃあ意味を成していないだろう?」
おじいちゃんちのドアをばーんと開け、店の奥でボウルを抱えているおじいちゃんへ挨拶。いつものお叱りはへへへと笑ってごまかした。
お父さんの方のおじいちゃん――レリルおじいちゃんはボウルを置いて、笑いジワの目立つ顔でニコニコと「試作品だよ」とケーキを出してくれた。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「ちょっと冬の地に行く用事ができたから、出国整理券をもらうついでに元気にしてるか見に来たの。あと、寒い場所に行くための服も欲しいし、できたらお店の様子見学させてほしいなって」
「冬の地って。アルヴィ、せめてあと半年後にすることはできないのかい?」
「アトリエの建築予算を稼ぎに行くの、半年も待てないって」
おじいちゃんが心配するのも仕方ない。しかし行く予定のダンジョンはポーラ王国連邦の北、冬の地とか北の地とか呼ばれる地域にあるダンジョンなのだ。
冬の地はその名の通り常に冬で、住んでいるヒトもほぼいない。そんな中にあるダンジョンは当然手つかずで、ひと山当てに向かって吹雪に飲まれ、そのまま帰れなくなるなんてこともあるとか。
……あれ、おじいちゃんの心配、割とまっとうだな。
「どうしよう、もう出国する気満々で準備しちゃった」
「まったくアルヴィは。その調子なら何日か泊っていくんだろう? アルマさんに寒さ除けのおまじないでもしてもらいなさい」
「わーい! ついでにローグの人格設定もしたい!」
おじいちゃんなら部屋も貸してくれるだろうと、喜び勇んでこぼす。おじいちゃんは変わらずにニコニコと笑いながら、
「では、宿代替わりに働いていくんだよ。アルマさんには連絡しておくから」
と了承してくれた。
「わーい……」
しまった、強制労働が発生してしまった。
しょんぼりしつつ、本日の分の仕事をするべくお店の奥に向かう。厨房にはお菓子作りのための魔力で動く道具――魔道具がところせましと並んでいて、オーブンだけは昔ながらの火を入れる煉瓦製の大窯だ。昔からこっそりピザやパンを焼いたりして、おじいちゃんから怒られているのは内緒だ。
「で、また領主様から臨時の注文が入ってるの?」
「そうなんだよ。アルヴィには悪いんだけど、領主様のところで仕事をされているヒトたち全員に配りたい、という話でねえ」
おじいちゃんがちょっと困ったようにため息をつく。
殿下と知り合ってすぐぐらいから、おじいちゃんに会いに来るたびにこうして仕事の手伝いをしている。領主様は計画性がないのか、クッキーやらケーキやらをおじいちゃんとアルマさんだけの小さい店に大量注文することがあるのだ。
普段は何回かに分けて納品して許してもらうそうだけど、私がいればいっぺんに魔道具を複数動かせるし、ということでおじいちゃんの手伝いは欠かせない。いや、領主様をとっちめてくる方がいいかもしれない。
「おじいちゃん、領主様のおうちってどこだっけ」
「駄目だよ」
ではとっちめるのはひとまず止めておこう。
「注文を受けているのって何?」
「ええと、季節のフルーツタルトで、甘さ控えめ10ホール、ジャムを使ったもの5ホール、通常のレシピで作ったものが15ホールだよ。大きさは10号サイズ、できればまとめて納品してほしいんだって」
「……いつまで?」
「できるだけ早く、だって」
やっぱりとっちめに行った方がいいかもしれない。
人格設定のための情報収集を開始させたローグを椅子に座らせて、さっそくタルトを作り始める。タルト生地はひと晩寝かせるつもりだから、オーブンで焼ける量を考慮して6ホール分ずつ作っていかないといけない。足かけ6日は最低見ておかないと終わらない。
とはいえ、材料は倉庫にあるのを見せてもらったし、季節のフルーツは毎日市場に買いに行くことになる。今日は明日焼く分の生地を仕込んだら、出国整理券を受け取りに行こう。
「きっせつのタルト、おいしいタルト」
ふんふんと歌いながら、材料を魔術で計量器へ運び、定量を図るごとに魔道具へ移動させ、くるくる踊るようにうごく。ついでだから私の分のパウンドケーキも焼くし、手元では別途小麦を計量中。
おじいちゃんは領主様のところに納品のめどが立ったと連絡に行ったので、手早く今日の分の作業をしてしまおう。
そうこうしているうちに、明日焼く分のタルト生地が仕込み終わった。ので、ローグを連れて市場にフルーツを見に来ている。服も見るつもりだけど、生地を作っている間に夕市の時間になってしまったからお店が開いている保証がない。
ローグは人格設定中だけど、手を引いてあげれば多少動くし、フェイルノート君6号を携帯するときの練習も兼ねてちょっと浮いてもらっている。ローグからはちょっと困惑した雰囲気を感じるが、慣れてもらうしかない。
「きっせつのタルト、おいしいタルト」
引き続き歌いながら市場を歩く。旬のフルーツと言われても、シュックローファ領は温室で果樹を栽培しているから旬ってほどメリハリの利いた食べ物はあまりない。オレンジもリンゴも梨も(ほかの国で買うときより何倍か高いが)売っているし。
「いらっしゃいませー」
うっかり果物中心のあたりを通り過ぎて、野菜も入り混じる店のあたりに来てしまった。引き返そうかなーと思ったとき、きれいな橙色のかぼちゃと目が合ってしまった。
「……」
「お客さん、お目が高い。こちら領内で栽培している越冬かぼちゃです」
「……」
ということは相応に甘いだろう。
軒先に出ている、私の頭くらいの大きさのかぼちゃをぽくぽくと叩く。返事はいい音だ。
「おじさん、かぼちゃ頂戴」
「おじ、おじさん?!」
そうして手に入れたかぼちゃ2玉。注文どおりの大きさなら大体……10ホール作れるので、甘さ控えめ(甘い)タルトは君に決めた。
「あ」
かぼちゃの下準備を始めてすぐ、フルーツではないことに気が付いたが、フルーツは明日出国整理券をもらいに行くときにでも買いに行こう。
そのころ。北ガルヴィニア王国シュックローファ領街大通り小春地区1番、つまりはアルヴィの居る菓子店の裏にある、領主邸にて。
「明日から5日ほど、全員の食事にタルトを付けます」
「それは……お孫さんがいらっしゃっているということでしょうか」
「そういうことです」
領主の執務室にて、そのような会話が交わされた。
領主は戸籍上100を超える年齢のわりに、普通の老人のようななりの優男だ。しかし、50年以上前にあった旧隣領との紛争にて盛大な戦果をあげた人材を市中からヘッドハントしてきた辣腕で、現在は次期領主の孫を育成しつつ領内の安定を優先して運営している。
「……ところで、アルマさんは?」
「魔術部隊の新兵訓練中です」
「最終日には店に戻るよう連絡をしてください。アルヴィがタルトを作って待っている、と」
「わかりました。それでは、こちらが今年の農作物生産量です」
ポーラ王国連邦西側の砂糖を人口1万と少しで賄う街・シュックローファ領の領主、菓子侯爵・レリル・シュックローファ・ヨウンソンは、渡された資料を手に今年も安泰だとほほ笑んだ。
参考にしたかぼちゃのタルトのレシピ:https://www.kikkoman.co.jp/homecook/search/recipe/00005470/index.html




