14 落ち着く膝の上で
第2城にて。警報の対象にならないよう登録をしてもらってから、殿下と共に食事をとることになった。
私が逃げないよう、殿下の膝に座らされて。
「口を開けろ」
というのも、私が前回比で大変痩せていることについて殿下は大変ご立腹のようで、前回はトマトスープと柔らかいパンが提供された食卓に、今回はグズグズになるまで煮込まれた麦粥がある。食感ゼロかつ消化の良さ100の病人向き食事じゃないか。
「いやだ。どうせならフォアグラとか食べたい」
「今のままそんな脂の塊を食べるとしばらく寝込むだろう。まずは粥か重湯からだ」
ずい、と近づけられたスプーンの先に舌を乗せる。無味だ。おいしくない。
私がそうして食事を拒否し続けると、殿下は重たそうなため息をつく。吐息が当たってなまぬるい。
「……あまり痩せてくれるな、心配になる」
「じゃあとことん太ろうか?」
「そういうことではないのだが」
何がしたいんだ殿下。
仕方なしに、自分でスプーンを使っていいならと麦粥を口に入れる。なんだか口の中が甘いので、先ほど口を付けたときよりもおいしい。というか口の中がおいしいので、口を閉じて思い切り唾液を吸い込んだ。殿下に顎をつかまれてしまい、あまりできなかったけど。
「まったく、お前のことだからまたはちみつだけで過ごしていたのだろう。御母堂よりあまり商品を食い散らかさないようにと私が言われてしまった」
「あ、これその味か」
幸い私は何も食べなくてもしばらく持つけれど、手近に食べられるものがあると無意識に手を付けてしまうらしい。今回はお母さんのアトリエに置いていたはちみつか。クマにでもなった気分だ。
「それに、ルヴィトも心配していたぞ。先ほどこちらに来るように連絡したから、そろそろ来るのではないか」
「お姉ちゃんが? いつぶりだろ」
「私の知っている限り、学院に行く前の話……今なんと?」
「お姉ちゃん」
「お前の兄弟は兄ひとりのはずだが!?」
殿下が驚いているところに、食堂の観音開きの扉がばばーんと開けられる。それはもう、昔見た結婚式場に待ったをかける間男のような勢いで。その時は失敗してたな(間男の思い上がりだったらしい)。
しわひとつないかちっとした服、腰には服と同じデザインのサッシュを巻いて、殿下の前に立っても失礼にならない程度にかかとの高いピンヒールブーツ。そんでもって私とよく似た――ということはお母さんとよく似た――顔の、お姉ちゃんがやってきた。
「アルヴィ、元気してた?」
「超元気。お姉ちゃんはいつからこっちに?」
「修業が終わってしばらく旅をしてたんだけど、会都でそこの石像が出してる求人をみかけたから……最近?」
殿下が混乱して石みたいになっている。これは抜けだすチャンス!
と思ったけれどお姉ちゃんが許してくれませんでした。残念。
私たちのすぐ横まで来たお姉ちゃんは、私の顔を加減なくつまみ上げて、さすって、髪をひと房手に取って検分する。
「お父さんからの手紙で聞いてはいたけど、髪はぱさぱさでまだらだし腕は棒切れ以下だし唇はいやにてらてらしてるし。やっぱり医局送りの方がよくないかしら?」
「それもそうか」
「えっ」
殿下がお姉ちゃんに同意する。ちょっと待って、医局の人たち怖いからそれはやだ!
「数値が危ういようだったら趣味も止めさせないとだし」
「えっ」
今度は殿下が驚いている。お姉ちゃんは私が殿下の許嫁をしているのは趣味だと知っているし、殿下もそうなのだろう。
さらに言うと、私はお姉ちゃんが殿下と私が結婚するのは――値段がどうかとか言っていて――止めさせたいと言っていたのも覚えている。
さすがに医局送りも許嫁関係の終了もしたくはないので、ここは頑張って麦粥を食べ進める。
「おいしくない」
「次までに練習をしておこう」
「殿下が作ったのこれ」
「ああ」
それは大変だ、正直水の方がおいしいけど頑張って食べよう。
仕方なく、殿下の膝に座ったまま麦粥を食べる。殿下の安心したような声が聞こえて、右手が私を抱きしめるように回される。
お姉ちゃんは殿下に仕事の話をしているのか、遮音の魔術があってよく聞こえない。殿下は頷いたり差し出された書類に左手でサインをしようとして怒られたり、後でサインするように振り分けてもらったのかほかの話を聞いたりしている。
何とか麦粥のお皿が空になる。殿下がこちらの手元を見た気配がして、すぐに遮音の魔術が解かれた。
「ルヴィト。頼みたいことがあるのだが」
「アルヴィに聞かせてまで?」
「アルヴィの方が詳しいからな。ヴォルスの所属していたパーティは知っているか?」
殿下の問いかけに、お姉ちゃんは「当然」と答える。それはもう、父親の所属しているパーティのことぐらい知らないと困るよね。主に生存確認のために。
「ルヴィトにはしばしの間そのパーティに派遣されてもらおうと思う。書類は……バルトロメオ」
「こちらに」
「っ、いたんですか」
「ええ」
お姉ちゃんはバルトロメオさんが苦手なのか、ちょっと飛び上がった気がする。
殿下はテーブルの上にあった麦粥のお皿を遠くによけて、バルトロメオさんの差し出した書類をお姉ちゃんの近くに広げる。
何々、パーティ派遣契約で、派遣されるのはお姉ちゃん、もともとの雇用主は
「ぶぇ」
「勝手に読むな」
「読めるところに置いた殿下が悪いんですー」
書類が読めないように手で目隠しをされてしまった。
じたじたと暴れてみるも、殿下の手から抜け出せる見込みはないので体力の無駄だしそのまま殿下に寄りかかっておく。
「私が抜けたら当然殿下の護衛が減りますが、そこは大丈夫なのかしら」
「もとより形式上のものとして付けているにすぎないからな。しばらくは変化の上手いものにお前のふりをさせておく」
「というか護衛の雇用数を増やしてほしいわ。私もプライベートというものがあるのよ」
殿下の手は暖かいので、いい感じに目の疲れが取れそうだ。というか、眠くなってきた。
「ふあ」
「では、頼まれてくれるか」
「仕方ないもの。でも、アルヴィが心配だから明後日からパーティに合流するわ。今日明日でピッカピカにしてあげないと」
それは、できればご遠慮願いたいのだけど。




