13 趣味:許婚
グリューネ教会の公文書部門は、文字が読めないヒトを対象に法的に問題ない内容の文書を作ってくれるので、仕事として受けてくれはするけど文字が読めるヒトは割高になる。ただまあ、法的に問題ない文書って素人が作るには面倒だから私はよく利用しているわけ。
そんな経緯で作られた借用書にはさっくりと、どれくらいの広さの土地を借りるか、借りていない範囲の土地については侵入防止のバリケードを借りている者が設置する、借用に当たり借りている者は貸している者に月8万トーカを支払う、ということがまとまっている。8万トーカだと、大都市の繁華街に水回りお風呂完備の1部屋が借りられるくらいの額だ。
私が借りた土地は第2城の近くなので、平たく言えば田舎だ。城下町なんてない、歩いて5分圏内は森と草原と湖くらいしか近くにない城の、すぐ隣の土地だ。逆に言えば、ちょっと爆発を起こしても第2城以外巻き込まない最高の環境ともいえる。
「オーナーさん、契約自体はあと10日くらいあるんだけど、今日で私ここを出ますね」
貸しアトリエの中を掃除しながら、オーナーさんに声をかける。私はほとんど立ち入らない方――台所から陶器が割れるような音がして、たたたと足音がこちらにやってくる。
「生活費として置いてるお金は返していただかなくていいので、こっちに出張してきたときにまたここを利用させてください」
足音は私のいる部屋の手前で止まり、たたんとわざとらしい音からダンスのように2音で構成されることばに変わる。
『またいつでもきてね』
「ふはっ、もちろんです」
ポーラ王国連邦で数少ないフタハシ語が生きているアトリエだ、会都に来ることがあればたっぷり借りるとしよう。
ついでなので魔方陣を先日の小型タイプに入れ替えて、魔力を多めに残していく。荷物も片付いたことだし、実家に帰るとしよう。
アトリエの鍵を返却し、空間転移でぽんと実家のそばまで。さて、土地を借りたはいいもののまだ懸念事項はある。
建築資材がない、そして建築資材を調達するような手持ちのお金がない。1枚残らず使ってしまったからだ。
いっそ土地と同じように殿下に頼みに行くか悩んだけれど、我が実家兼アトリエは私のアトリエが落成・承認されるまで(お店として開いているかどうかはさておき)稼働しているわけだから、お母さんたちの引っ越し準備を環境音代わりにアトリエの奥側にある部屋――調合やらをする作業部屋を使わせてもらうことにした。物を作って売ってお金にすればいいというやつだ。
マジックバッグから取り出したるは糸車。紡ぐ糸は私の魔力、ちょっとばかし左手の指先を傷つけて、自己再生のためにあふれる魔力を右手でちょいと撚って、先を輪にしたらフックにひっかけてボビンに絡める。弾み車をゆるく手で動かして、しばらく巻いてからは弾み車をペダルで動かしながら糸を取り出していく。上手いヒトだとえいってやれば魔力の糸が出せるらしいけれど、私そういう精密なのあんまり好きじゃないんだよね。
「ふんふ~ん」
からからともかたかたとも違う音で糸が巻かれていく。あまり大急ぎで取り出すと糸の質が下がるので、調子に乗って速度を出さないようにペダルを踏む。BPMは30から60を動く点のような感じだ。
楽しくなってしばらく糸車を動かしていると、店の扉が力強く叩かれる音がした。2階に意識を向けると静かになっているから、お母さんたちが外にいるのだろうか。
お母さんたちであれば鍵を持っているから、そのまま放置する。お客さんだとすれば近所のヒトだろうから、扉が開かないなら欲しいもののメモ書きを置いていってくれるはずだ。
「おねむりぼうや、あの木はいばら、ゆりかごの外はおっかない」
柔らかい魔力が糸になっていくのはいつ見ても楽しい。扉から騒音がする以外は超楽しくてこのまま半日くらい作業をしていたい。でも扉どうしようすごいうるさくなってきた。
ボビンに許容量ぎりぎりくらいの糸が溜まっていることに気付いて、ペダルから足を放して弾み車が止まるのを待つ。後で続きから紡ぐためとはいえだらしなく垂れた糸は不格好だけど、不要な来客を追い返すためだと思えば何でもない。
アトリエのお店としての扉。曇りガラスの向こうに茫洋とした影がある。
「どちらさま?」
もごもご、とお父さんの名前らしきものを叫ぶ声がする。なんだ、お父さんへの来客か。鍵を開けてちょっとだけ扉をひらき、私は店にいないことを伝えることにした。
「すみません、そのヴォルスなんですけど」
「失礼するぞ」
ちょっとの隙間に鉄の靴が差し込まれ、あれよあれよという間に上背のある鎧の男性が店に入ってくる。年のころは中年というにはちょっとだけ若い感じで、パッと見てすぐに冒険者だろうことが察せられた。
鎧の男性と、その後ろで見えなかったヒトはお店をざっと見まわしながら叫ぶ。ぱっと聞いた感じ、お父さんを探しているようだ。
「あなたがヴォルスの奥さん?」
鎧の男性の後ろにいた、お姉さんともおばさんとも言い難い洞人まじりの剣士が私に声をかける。こいつ、お父さんのこと何歳だと思ってるんだ。洞人は他の人種の年齢に疎いと聞いたけど、このヒトの場合は頭蓋骨の中に腐葉土が詰まってるのかもしれない。
「私が、なんですって?」
「ヴォルスが突然パーティを抜けて迷惑している。あなたからも説得してくれないか」
「奥に入らせてもらうぞ」
鎧の男性が歩くだけで、床下が空洞なのもあって商品棚が揺れてものが落ちる。そもそもアトリエのお店側は狭いので、飾ってあった花瓶が鎧に小突かれてひびが入った。
「ちょっと、荒らさないで!」
「黙れ」
あちょっと頭にきた。アトリエを踏み荒らすなんて何を考えているの。
「ヴォルスに何か用ですか。用なら事前連絡とかしたらどうですか。それとも冒険者っていうのは礼儀知らずの集まりなんですか」
「その礼儀知らずのひとりだろう、あんたの夫は」
「誰が、誰の夫だと?」
どう言い返そうか悩んでいたところに、開けっ放しになっていた扉から追加の来客がやってきた。お洒落で元気な壁もとい略式礼装の殿下だ。私は空気を読んで跪いて頭を下げる。洞人の剣士は私に合わせて同じ姿勢を取った、あとは鎧の男性だけが立っている。
「そこの、答えよ。誰が誰の夫だと?」
「……」
真冬の金属のように冷えた、殿下の声がアトリエに響く。鎧の男性は答えない。
「だれか、捕らえよ。不敬である」
「はっ」
「詳細な罪状は別途通達する。そこの、これと同じパーティの者か」
「はい」
殿下がそう命じると、外から兵士が複数やってきて鎧の男性を手早くアトリエから持ち出した。
それから殿下は洞人の剣士の方に向いて、彼女の持つだろう疑問に答えた。
「ガルヴィニアの子、レリルとアルマの子ヴォルスの妻はヒルダであり、ガルヴィニアの子、ヒルダとヴォルスの育てたアルヴィではない」
雨だれのような湿度の高い声。殿下器用だね。
「そこの剣士、顔を上げよ。ガルヴィニアの子、ヒルダとヴォルスの育てたアルヴィは楽にせよ」
「わーいお茶用意してくる」
殿下の許しを得たので、私は木の椅子とテーブルを即興で作って殿下に勧める。どちらもいいデザインだ、悪の親玉っぽくていい。
楽にと言われても殿下と私がテーブルを同じにするのは(知らないヒトの前だと特に)不敬だろう、アトリエの奥にある簡易の台所で手持ちの一番いいお茶を入れる。なんとポーラ王国連邦議長兼レムリウス王国の国王御用達・南ガルヴィニアはマウロ産の茶葉だ。
フルーティで華やかな香りの茶葉をお湯と共にティーポットに注いで、茶器と共に殿下の元へ。殿下はいつも通り、私に対して文句があるような顔をしている。椅子には座ってくれているけど、デザインが気に入らなかったのだろうか。
紅茶を手に、殿下は洞人の剣士に質問をする。
「このアトリエに来た用向きはなんだ」
「はい。私はガルヴィニアの子、レリルとアルマの子ヴォルスと共にパーティを組んでいた冒険者なのですが、先日突然パーティを抜けると宣言されたのです。次に向かうダンジョンはクロスランドでも大型で、彼の使う火の魔術がなければ突破が困難であるため、せめてそのダンジョン突破まではパーティに残っていただけないかと」
まあ、言いたいことは分かる。お父さんは炎系の魔術をいろいろ使えるのだけど、戦闘で役に立つくらいにと使えるヒトはかなり希少らしい。どれくらい希少か聞かれると、浜辺の砂に紛れたひとつぶの金くらいと言われている。
ただ、お父さんのきょうだいは炎系の魔術が得意なヒトばっかりだし、私もお父さんほどではないといえ炎系の魔術が使える。なので炎系の適性が、っていうのは分布の問題だと思うのだけど。
「では、ヴォルスと同等の戦力を一時的に貸し与えるというのは?」
「それは……できるのですか?」
「いくつか心当たりがある。先の男を返すときに合わせて連絡しよう」
殿下はそれから私に視線を向ける。私は発言を許可されたのだろうと判断して口を開いた。
「この間会都で会ったばっかりなのに、よくこっちに戻ってこれたね。馬車じゃないの?」
「今日は八神暦4519年1月24日だ」
「え?」
えーと、この間殿下と会ったのが1月8日で、こっちに戻ったのがその2日後で、今日が24日。わお14日過ぎてる。
「ちょっと集中しすぎた、かも?」
「わかった、もういい。このまま私に同行するように」
「えー」
不満だ。ご飯ぐらいひとりで食べられるのに。
その後、洞人の剣士からお店を荒らしたお詫びにと重たい袋を渡され、持ちたくなかったので殿下にそのまま渡して、袋を渡そうとした腕ごと掴まれてアトリエの施錠をすることになった。
「どうしても閉めないとだめ?」
「閉めたくないのか。なら、これを下げておくか」
アトリエの入り口に『本日火急の用件につき不在 緊急時は第2城まで』と書かれた布が下げられる。確かにこれなら閉めてなくても文句は言われないだろうけど。そうじゃないでしょ。
「アルヴィ、きみはいったい?」
殿下がいったん兵士へ指示しに行った隙に、洞人の剣士はそう聞いてくる。
「本業はアトリエ付志望の魔女です。一応アレの許嫁を趣味で」
「趣味で」
「ええ」
なんというか、趣味としか表現できない。婚約者や伴侶のようにどこかに届けていたりするわけではなく、小さいころから私をと言う殿下を適当に放置していたら国王陛下に『じゃあアルヴィさんはうちのちびすけの許嫁ってことかな』と言われたからだ。それ以降否定はしないし肯定もしないけれど、私たちの間にあるのは親友ないし許婚くらいしかいい言葉がない。それなら、親友よりも許婚の方がわかりやすいだろう。
……あのころの殿下は、私より背が低くて泣き虫で、もちもちで可愛かったなあ。
「馬車の準備ができた、アルヴィ」
「はいはい今行くわよ。申し訳ないけど、さっきのは秘密ね」
「あ、ああ」
殿下に手を取られて、森の中にはそぐわないきらびやかな馬車に乗り込む。向かう先は第2城だ。




