12 他人相手は契約重視で
お母さんからシレーネシア転勤に関する書類を預かって、いつぞやぶりの第2城にやってきた。我が家から森の中をまーっすぐ歩いて15分、空間転移なら30秒かからないくらいのご近所さんだけど、丘を登らないといけないので休み休み。
登っている途中で、お母さんが飛ばしたのだろう鳥が城に向かっていく。魔術は警報が鳴るけど、普通に生きている生き物なら、警報が鳴ることはないはずだから、あっだめだ息切れしてきた。
「うぇー」
バルトロメオさんに保護された時よりも下の方、丘の大体半分でわき道にそれる。マジックバッグから折り畳みの椅子を取り出して、はーどっこらしょ。
「体力付けないとだめかー」
運動不足も運動不足、ついこの前まで惰眠をもりもりむさぼっていた身としては身体が重くて仕方ない。よし、このままここでしばらく休もう。
「おや、アルヴィ様。ごきげんよう」
「お疲れ様です」
足がだるくなってしまったので、魔術でちょちょいもできない以上座って休んでいたらバルトロメオさんに見つかってしまった。
「バルトロメオさんはどうしてここに? いや、敷地内だからいるのは分かるんだけど」
山羊頭と言えど相手は男性なので、足を揉むのはやめてスカートをざっと整える。
「先ほどヒルダ様からアルヴィ様が向かっているとの旨手紙が届きましたので、今頃どこぞで目を回しておられるのではないかと坊ちゃまが気をもんでおりまして」
「あれ、殿下なら昨日会都で会ったけど、もうこっちに?」
「いいえ、坊ちゃまより定期的に連絡をいただいていますので、アルヴィ様が近く城にいらっしゃるのではないかと教えていただいておりました」
つまり、そろそろ来るだろうからその辺に落ちていたら保護しろ、と手紙をもらっていたわけか。
「そうしたら、おかあ……そのヒルダさんから預かってきた書類は預けちゃってもいい?」
「かまいませんが、どうせでしたら城内で休んでいかれてはどうでしょうか?」
「皆さん仕事中でしょうし、遠慮しておきます」
「では、ふもとまでお送りしましょう」
「魔物も出ませんし、そこまでしていただかなくても」
この間来た時に殿下がいたということは、それなりの数の文官や城の管理人が居るということで、アポイントメントもなしに私がお邪魔すると私の対応の為だけに対応する人の仕事が止まってしまう。バルトロメオさんだって暇ではないはずだし。
「先日はゆっくりお話しすることもできませんでしたから。私にお時間を割いていただけると嬉しいです」
にっこりそう言われてしまったので、半分仕方なく半分面倒くさくなって了承する。
私はだるい脚を引きずるように、バルトロメオさんは私に合わせてのんびりと丘を降りる。途中でバルトロメオさんから出た話で、実は城の警報って登録されている人なら鳴らないということで、次に第2城へお邪魔することがあれば登録してもらえることになった。
「本来であれば、もっと以前に登録しておくべきだったのですが、アルヴィ様が空間転移を使いこなされるというお話は坊ちゃまからお伺いしておりませんでしたので……」
「長距離で使えるようになったのは、学院で理論を勉強してからなので」
正直、短距離で視界の範囲でなら昔からぽんぽん空間移動ができた。しかし理論は知らなかった。アトリエ建築学を勉強するために学院に通った時、ついでに履修をと勧められた授業で空間転移の理論が出たものだから、それを憶えた結果長距離もできるようになっただけだ。
無事麓まで歩いてきたので、バルトロメオさんに書類を預けて実家までぽんと移動する。殿下へアトリエにいい場所探しをお願いしているし、私は今のうちにアトリエの設計をしよう。
*
設計はいくらか難航した。
それもそうだ。『アトリエを設置するときは、アトリエを中心として通訳魔術を5種類以上かけなければならない』なんていう面倒な決まりのおかげで通訳魔術の魔方陣を書くところからやらないといけないのだ。
魔女や魔術師の作る魔方陣は、よほど普及している魔術でもない限り親兄弟や配偶者にも見せないものだ。魔方陣の大きさや内容で力量がわかってしまうし、その辺は専門職あるあるだと思う。
それにこの魔方陣、基本的には地中に設置するのだ。200年くらい前に『通訳の方陣は深く埋めてある方が効果範囲が広くなる』という研究結果が出ているそうで、面倒だが適当に穴を掘らないといけない。
よし、魔方陣そのものに効果範囲を大きくする効果を組み込もう。それと通訳可能な言語はいろいろ増やそう。あとは大きすぎると書くのが大変だから出来る限り小さくして……。
「というわけで出来上がったのがこれなんだけど」
「!? ? !?」
第2城にお邪魔してから半月ほど。会都の貸しアトリエに突撃してきた殿下の前に、私は通訳の魔方陣を広げる。
優雅におスコーンを咥えていた殿下は噴き出しそうになったのを耐えて、なんとか口を閉じる。すかさずティーカップを差し出すと、つっかえていたスコーンがうまく飲み込めたようで2杯目を要求された。
「そういったものを! 他人に! 見せるな!」
「えっ殿下だしいいじゃん」
「よくないだろう! そもそも、私が真似や悪用をするのは考えないのか?!」
「逆に考えよう、これぱっと見て真似出来るならしてほしい」
うっかりできてしまった魔方陣は、私の手のひら大の大きさに15言語の通訳魔術と範囲拡大の魔術を組み込んだものだ。ポーラ王国連邦の言語はヨツクサ語みたいな独特の進化をした物もあるけれど、古くをたどればいくつかの言語に収束する。なので、その古い言語を1つ覚えてしまえば15言語を圧縮して詰め込むくらいはできなくは……できなくはないはずだ。
「……見てもわからないな、何でできているんだこれは」
「方陣用の上級羊皮紙と都度調合してる自家製インク」
「そういうことではない、そういうことではないのだが」
殿下は何度か頭を振って――そのたびに装飾のあれこれがシャラシャラと音を立てて――否定をする。じゃあどういうことなんだってばよ。
「それより。アトリエにいい土地ってのはあった?」
「当然。第2城の近くに私の名義の土地があるのだが、そこを使ってもらいたい」
「結構いい立地ね。借用書書かないと」
「なぜだ?」
「殿下他人だし?」
なぜか、当然のように無償で差し出す気だったらしい殿下。私は借りるないし買い取る気でいたので、殿下名義の土地なら借りるでいいだろうと思ったのだけど。
「土地の買取だと、国有地から買った土地までの道を引かないといけないし。それなら借りる契約にアトリエまでの通行を許可する内容を組み込んだ方がおたがい悩まなくてよくない?」
「その前に、私はアルヴィが見える範囲にいてくれるのなら、」
「借用書の作成はグリューネ教会の公文書部門に投げるから、詳しい地域とか年間の代金とかの情報はまたあとで聞くね」
「……はい」
また殿下がへこんでしまった。よしよし、と言いながらちょっと撫でると撫でられたいところに手が当たるよう角度がちょっとずつ変わる。
殿下は昔から甘えるのが下手なところがあるので、こういう人目のない場所で、しかも親しい相手から優しく出てもらわないと甘えることが出来ないようなのだ。私はその親しい相手に入れてもらえていることがちょっと嬉しかったりする。




