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1-3

 町はオークで溢れていた。地獄かな? (その通りだ)



 オークは手近の人間に次々と襲い掛かり、凄まじい数の死傷者を作り出していった。その証拠に道行く道に死体が転がっていた。


 そのおかげと言っていいのか分からないが、死体を見てもあまり動じなくなってきた。あまり嬉しい事ではないが。



 その地獄の只中を、俺は子供を引き連れながら疾走していた。



 目的地はギルドだ。



 本来ならギルドへ直行の一本道を使う予定だったけど、オークの大群に襲われた俺はあまりの物量に逃走を余儀なくされ、遠回りを強いられていた。



 道をふさぐオークを殺すのを最小限にとどめ、とにかくギルドに行くことを最優先にし、安全を第一に考えながら俺たちは移動してゆく。



 今のところ生存者の姿はない。遠くで悲鳴が聞こえるのだけど、やはり姿は見えない。悲鳴を聞く度、物凄くやるせない気持ちに襲われるけど、その度に子供の存在を自覚し、自分の役割を思い出していた。もっとも今出会ったところで、手助けできることはかなり限られるけど。



「あぁもうきりがない!」



 曲がり角を曲がると数匹のオークが行く手をふさいでいた。そいつらを撃ち殺しながら俺はつい毒づいた。



「兄ちゃん、後ろからも来たよ!」



 前方のオークを殺し終えたと思ったら背後にいる子供から警告が飛んできた。俺はバッと背後を振り返ると、子供の言う通り、かなりの数のオークが性懲りも無くやってくるのが見えた。



「えぇいあんな数相手にしてられるか!走るぞ!」

「うん!」



 ドカッ!



 俺は先頭を走るオークを撃ち殺した。頭を撃ち抜かれたオークはばったりと倒れ、進むことしか能の無い間抜け共は思惑通り見事にその死体に躓いた。オークはかなり密集して移動していたため、先頭が転ぶとそれに巻き込まれる形で全員がすっ転んだ。オークの将棋倒しだ。



「並んで歩くときは転倒に注意しろよ!」



 俺は立ち上がろうと藻掻くオークの団体に捨て台詞を言い残し、子供の手を掴んで再び走り出した。



 現在スコアは何と22410(おさらいだけど弱点は100、それ以外は10、ボムは一律30だ)!最小限だけ殺しているにもかかわらずもうこれだけスコアが溜まっているってことは、つまりそれだけオークの数が尋常じゃないってことだ。



(おっかねぇ…、一体どれだけの数のオークが攻め込んできたんだ?)



 疑問は尽きぬが今はそれは後回しだ。とにかく今はこの子を生きてギルドに届けることだけを考えろ。 (目的地に着くまでに) (俺が生きていれば) (良いがな)



 倒壊した家の残骸を乗り越え、反対側の通りに出るとまたも大量のオークが俺たちを出迎えた。



「いい加減にしてくれ、あともうちょいなんだ…!」



 ドカッ!ドカッ!ドカッ!



 焦燥と怒りを滲ませながら何とか突破できるだけオークを殺す。



 ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!



 十分に抜けられるだけの穴が開くと俺は子供の手を取って先を進もうとした。



「待って、何か来るよ!」

「あぁ?」



 子供が指さす方向から突然、青い肌をしたオークが姿を現した。



 大きい。普通のオークより一回りほど大きいそのオークは素早さも通常のオークとは比較にならず、その巨体とパワーをいかんなく発揮し、同族であるオークを跳ね飛ばしながらこっちに向かって突っ込んできた。



「おぉう変異種か!?」

「ブルーオークだよ!とっても早くて、とっても力持ちってお父さんが言ってた!」

「説明ご苦労!」



 ドカッ!ドカッ!ドカッ!



 通常のオークの素早さに慣れてしまったせいか、ブルーオークとやらの動きを追うのになかなか苦労した。3発撃ってもすべて奴がいた場所を空しく素通りするばかり。



「図体の割にすばしっこい…!」



 ジグザグに動いて少しずつ距離を詰めてくるブルーオークに、次第に俺の心は焦燥してくる。その間にも残っているオークは当然距離を詰めてくる。



「お前だけに構ってなんかいられないってんだよ!」



 ドカンッ!



 一瞬の隙をつき、俺はブルーオークの肩を撃ち抜いた。



「ブオッ!?」



 肩を撃ち抜かれた痛みで足の止まったブルーオークに、再び動く隙を与えず間髪入れずに顔面を撃ち抜いてやった。



 ブルーオークは地面に脳漿をぶちまけながらばったりと倒れ伏した。



「ケツの青いブタめ!思い知ったか!」



 もはや動かなくなったブルーオークの死骸に吐き捨てると、空いた穴を塞ぐように立ちはだかるオークの顔面を次々吹き飛ばしていく。



 ブルーオークが結構な数を減らしてくれたおかげで俺だけでも殲滅することが可能な数になっていた。



「これで!」



 ドカッ!



 最後の一体を殺し終えると息つく暇もなく俺たちは走り出した。



 息も絶え絶えに走り続けると、前方にようやくギルドが見えてきた。



「やった、ギルドが見えてきたぞ!」

「うん!」



 しかし喜びもつかの間。俺はギルドの周りを見て思わず足を止めた。子供も一緒になって止まり、怪訝そうな顔で俺を見るが、ギルドの方を向いてその理由も納得できたらしい。目を見開いていた。



 ギルドの周りはすっかりオークの大群が包囲しており、ギルドは籠城戦の体を示していた。数少ない戦闘員である冒険者(その中にあのおっさんも見て取れた)たちが魔法や武器やらで押し返そうと躍起になっているが、それも突破されつつある。



「おぁあああ!?大惨事じゃないか!」



 オークの量はすさまじく多く、襲撃を仕掛けてきたすべてのオークがここに集結してるんじゃないかと錯覚するほどだ。



 なりふり構っている場合じゃないことをすぐに察した俺はとにかくやたら滅多らに撃ちまくった。乱れ撃ちにも拘らず、すべての弾丸はオークに命中した。



 今の射撃で何匹かのオークの注意を引いたようだった。ギルドへの進行を止め、代わりにとこちら側へ進路を変更してふらふらと向かってきた。



 さらに不幸なことにその周囲にいる者もつられてこちら側へやってきて、始めは数匹だったのに、今では向かってくるオークの数は何十匹にも膨れ上がっていた。



「うおおおおおお少年!俺があれ引き受けるから君は隙を見てギルドへ走れ」

「え、む、無理だよ!無理!絶対無理!」



 俺の提案に子供は駄々をこねるが、そんなこと言ってる暇は無いんだよ!



「うるさい、さっさと行け!でないとこのまま共倒れだぞ!」

「うぅ…」



 切羽詰まった俺の物言いに子供はしばし葛藤した後、諦めた様に頷いた。



「ならさっさと行け!君がギルドに行けるのは今俺に注意が向いている今しかない!行け!!」

「兄ちゃん……死なないでね!」



 返答代わりに俺は銃声で応じた。子供が走りだすのを見届けると、俺はさらに注意を引くように大声を出しながら駆け出した。



「うおおおおおおこっちを見ろおおおおおお!!!」



 ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!



 オークを撃ち殺しながら俺はギルドからその集団を引き離すため移動を開始した。その傍ら、子供がどうにか無事にたどり着けますように、と心の中で祈を捧げた。




 *




「包帯もってこい!早くしろ!」

「血が止まらない…、おい止血剤は何処だ!?」

「痛てぇええええ!!」



 ギルドは大混乱に陥っていた。怒号と悲鳴が行き交い、職員は尻に火が付いたように動き回っていた。



 時間が経つごとに外から運び込まれる怪我人がどんどん増えてゆき、手の空いている者は誰もが働かされていた。



 回復魔法が使える魔法使いや医者、教会のシスターや神父も全員が怪我人の治療にあたっていたが、外も中も圧倒的に人手が足りていなかった。



 この場にいる大多数の人は非戦闘員であり、戦える者は皆外でオークの包囲網を突破しようと死に物狂いで戦っていた。



 突如襲撃してきた大量のオークとその親玉によってもたらされる破壊活動に町中がパニックに陥った。



 住人たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。



 その中でも一部の理性ある者が避難所として指定されているギルドの存在を思い出し、そういった者達に引き連れられてギルドは非戦闘員で溢れていた。しかし受け入れられる量も限界があり、そういった者たちはあるかどうかも分からない安全な場所を探すために町を彷徨った。



 当然襲撃者たちはそれを見逃さず、殆どの者が襲われて命を落としていった。この町から急激に人の数が減りつつある。そしてその数を補充するように()()()()()()()()()()()()()()()()



 避難してくる者が来ると必ずといっていいほどオークが追いかけてくるため、いつの間にかギルドの周りは完全包囲されていた。



 それが1時間前の話だ。



 迎撃するために冒険者たちが外で戦っているが、撃退するには冒険者の数があまりにも少なすぎた。皆死に物狂いでオークを殺しまくるが一向に数が減らず、()()()()()()()()()()()()()()()()



 この町に戦える者の数は少ない。



 何せ少しでもまともな感性をしていればこの町にいることはリスクしかないと悟り、とっとと離れてしまっているからだ。



 冒険者なら命の危機に敏感であるべきだし、リスク回避は当然の事だった。高位の医者も聖職者もまたしかり。



 この場にいる者は基本的にもう駄目だと諦めの境地に至った者たちしかいない。ごく一部の者は名声を求めてここにやって来たのだが、多少力のあるうぬぼれた愚か者でしかなく、当然レベルも低く、士気も低い。



 オークの数は雪だるま式に増えて行き、減るどころかどんどん数が増えていいく。



 そんな絶望感漂うギルドに、小さな来訪者があった。



「ん?」

「あぁ?どうした?」



 死んだ目をしたギルドの職員の男が不意に立ち止って耳を澄ませた。突如止まった彼に同僚が訝しむようにじろりと睨みつけた。



「いや裏口から何か音がしたような気がして」

「は?おいおいおいまさかオークが裏口から入って来たってことないよな?」

「…見に行った方が良いよな?」



 死んだ目の職員は同僚に意見を求め、そんな暇はないと同僚の職員が口を開きかけたところで今度は彼にも聞こえるくらいはっきりとドアを叩く音が聞こえた。



 2人は目を見合わせた。



 彼らは目を見合わせたまま行くか否か意見を交わしあったが、状況が急を要しているためそんなことで葛藤してる時間すら惜しい。



 死んだ目の職員が意を決して裏口のドアの鍵を開けた。



「うひゃあ!?」



 その途端ドアが向こう側から引き開けられ、小さな影が転がり込んできた。



 2人は咄嗟に魔法を発動させようと身構えたが、入ってきたのはオークではなく、幼い子供だった。



「………なんだガキかよ、脅かしやがって」



 緊張が抜けたのか、同僚の職員はへなへなと床にへたり込んだ。



「…ただのガキじゃないぞ、こいつは領主のガキだ」

「え!?マジェ!」



 死んだ目の職員にそう訂正され、同僚の職員はぎょっとして子供の方へ目を向け、慌てて非礼を取り繕う様に謝りだした。



「こここ、これはご子息様とは気づかず失礼をいたしました!申し訳ありません!ですのでどうか首だけは!」

「お父様とお母様は!?」



 子供は職員の事を無視し、単刀直入に聞いた。



「へ、へい?え、あ、あ~はい、領主様とご婦人はギルドの奥の方の最も厳重な部屋でございます!」

「生きているんだね?」



 少年が念を押すように聞くと同僚の職員がそうですと言いかけたところで、死んだ目の職員が陰気な口調で遮った。



「…えぇ生きております、お二人とも貴方様のことをお持ちしております、ご案内いたしますのでついてきてください…いつまで座り込んでんだ、行くぞ」

「お、おう…って何てめぇが仕切ってんだ!俺の方が先輩だぞ!」

「知るか、評価を下げたくなかったら早くしろ」



 死んだ目の職員は言い捨てると、子供を引き連れてさっさと移動しようと踵を返した。



「あ、待って!」

「?何か?」



 しかし寸前で子供に呼び止められ、くるりと向きなおる。



「僕、ここに来る途中でふにゃふにゃした兄ちゃんに助けられたんだ」

「何…?」



 ふにゃふにゃという単語を聞いた死んだ目の職員はピクリと眉を動かした。



「おいふにゃふにゃって言ったら」



 同僚も同じことを思ったようだ。二人の脳裏には共通の人物が浮かび上がっていた。



 1週間前にこの町にふらりと現れたふにゃふにゃしたそいつ。こんな見捨てられ、誰もが生きる気力をなくし、仕事すら放棄しているような状況の中で毎日毎日休むことなく仕事を引き受けていたそいつ。



 どれだけヤジを飛ばされようともいつもへらへら笑っていたそいつ。



 そいつだけが、糞みたいな現実に抗っていた。だからこそ『ブル』の奴はあいつを目の敵にしていたのだ。致命的なほど詰んでる現実に抗うその姿が、諦めた俺たちには眩しすぎたのだ。



 なるほど。確かにあいつなら、こんな状況下で生存者を見つけたら手助けするだろうな、と二人は自然と納得できた。



「あいつが外に?」



 同僚の男はさっと死んだ目の職員の方に目を向ける。死んだ目の職員はしばし考え込むように首を捻り、何か諦めた様に大きくため息をつき、言った。



「…俺はこれから外へ出る」

「はぁ!?」



 死んだ目の職員の予想外の言葉に同僚の職員は仰天した。



「お、おま、お前馬鹿か?いくらお前が元冒険者だからって今加勢に向かったって焼け石に水だぞ!」

「うるさい、時は金なり、さっさとそのガキ連れて引きこもってやがれ」



 言い捨てると、



「あのバカは何処へ?」



 と仏頂面で子供へ目を向ける。



「え、えぇっと…ギルドが見えるところまでは一緒だったけど、途中で僕を逃がすために兄ちゃんは囮になったんだ」

「どれくらい前だ?」

「まだ10分も経っていないと思う…」

(ならまだそこまでは離れちゃいないだろうな、あいつ足遅いし)



 死んだ目の職員はそこまで聞いて一方的に話を打ち切った。外へ出る際に一度だけ彼は振り返り、同僚を睨みつけて早くするように促した。



「えぇい急かすな!やるべきことくらい分かってる!坊ちゃん、行きやしょう」

「う、うん」



 職員に手を引かれながら、子供は死んだ目の職員の背中が見えなくなるまで見つめていた。そしてこう思った。願わくば、彼があの兄ちゃんの助けになりますようにと。








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