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1-2

 さっきまで死人の様に静かだった町は、今や喧騒で満ちていた。しかしその喧騒は良い意味での喧騒とは程遠い。あちこちで悲鳴と怒号が飛び交い、断続的に破砕音が響き渡っている。



「な…なんだこれは……!」



 絶句して立ち尽くしていると再び破砕音が轟き、どどーんという轟音とともにいくつかの建物が倒壊して砂埃の柱を上げていた。



 もうもうと上がる砂埃と灰色の空とが組み合わさり、まるで世界の終わりでも見ているかのような錯覚に陥った。



「んだよ、何なんだよっ!!」



 俺は訳も分からずパニックになり、思わず頭を抱えた。



 は?だって王様あんた魔王の軍勢が攻めてくるのは当分先って言ってたじゃん!俺の目の前のこの光景は何だ?この有様は何だ、



「嘘つき!王様の嘘つき!」



 俺の絶叫は周囲から上がる悲鳴と怒号と混ざり合い、即席の交響曲のように町中に響き渡った。



「お、お、お?何だ何だついに俺は狂ったのか?」

「いや俺の目にも見えるぞ!」

「何だこりゃぁ…」

「見りゃ分かんだろジャンキー共!魔王共がついに攻めてきたんだよ!」



 背後から声がするから振り返ってみると、ギルドから出てきた酔っ払いども目の前の光景を見て我が目を疑っていた。



「――――――はッ!」



 幸か不幸か、パニックに陥ってた頭は酔っ払いどものおかげで何とか落ち着きを取り戻せた。



「で、でもどうすれば…!?」



 しかし落ち着いたからと言っても新藤君や岩井さんみたいな力の無い俺に、この状況で何かができるとは思えなかった。



「と、とにかく動かなきゃ!」



 頭の足りない俺の脳味噌じゃ何をすればいいかなんて思いつきもしなかったけど、とにかくいても立ってもいられなかった俺は酔っ払いを後に残し、混乱渦巻く町の中へ考え無しに突撃していった。




  *




 町の様子はまさしく混沌の体を示していた。



 360度全ての方角から悲鳴と怒号が聞こえ、町の奥へ行くごとに悲鳴の頻度はどんどん増えていく。



 時折獣の咆哮のようなものが聞こえ、それが聞こえる後には必ずと言っていいほど悲鳴か怒号が上がった。



 未だどういう状況なのか全く理解できてないけど、一つだけ確信できることと言えばついに進行が始まったっていう事だけだった。



「くそ、突っ込んだはいいけどどこに行きゃぁ良いんだ?」



 始めは悲鳴のする方向へ向かえばいいと考えていたけど、悲鳴はありとあらゆる方向から聞こえるためどれに行けばいいのか優柔不断な俺には決めかねた。二の足を踏んでる俺をあざ笑うように悲鳴はもぐら叩きの様にあちこちで湧き上がっていき、焦燥だけが募っていく。



 またもパニックになりそうな心を必死こいて自制していると、近くで悲鳴が上がった。



 悲鳴の方向を見ると、そこにはすっ転んで怪我した方の膝を抱えて泣き叫んでる子供がそこにいた。



「お、おい大丈夫か!?」



 やっと人を見つけられたことと、ようやくまともな行動ができるという身勝手極まりない安堵を覚えながら、俺は子供の方へと駆け寄った。



 子供はすすで汚れてはいるが、なかなか質のいい服を着ており、もしかしたら良いとこのお坊ちゃんなのかな? (身分の良いガキが) (こんなとこで) (一人でいるか普通?)



 その事は今は考えないようにして、今は周囲を観察するとこに集中することにした。



 子供の付近にはめぼしいものは無く、しいて言うなら()()()()()()()()()()()()()()()()()しかそこには無かった。



 俺は子供をあやしつつ、子供の背後に置いてあるものにちらりと目を向けた。



 この子はこれに躓いたのか?俺は訝りながら眉を顰める。



 そもそもこりゃなんだ?荷物か何かか?何だってこんなもんが道のど真ん中に置いてあるんだ?おいていった奴は馬鹿か?



 …俺は薄々それの正体がわかっていたんだと思う。だからこんなバカげた考えが浮かんだんだろう。現実から目を逸らす為に。



 何とか泣き止んでくれた子供に俺は満足げに頷きかけながら、改めて子供の背後にあるものを注視した。



 それは長さが大体180センチくらいの長いもので、大の字に広げられている手足はあり得ない方向へと曲がっている。それから流れる液体が周囲を真っ赤に染め上げており、裂けた腹からピンク色の肉を覗かせていて、その周囲にはどこから嗅ぎ付けてきたのか夥しい蠅と蛆がびっしりと纏わりついており……。



「う゛っお゛ぇえ゛え゛」



 俺はすぐそばに子供がいるにもかかわらず、四つん這いになってゲロをぶちまけた。ゲロは延々と続くかのように口から吐き出され、ついには胃液しか出なくなるまで吐き続けた。



 分かってた。いや、あえて考えないようにしてた。これだけ悲鳴が聞こえれば、遅かれ早かれ出会うことになる事には。



 でもいくら身構えていたとて、実際に見るには俺の心は脆すぎた。人間の死体を見るには。



 それに加えて今まで蓄積されていた自分への落胆、過激派共への怒り、この町で過ごした1週間のストレス、そして初めて見る人間の死体が決め手となり、麻痺していた俺の心に、今まで心の奥底にせき止めていた感情が、まるで決壊したダムのように激流となって俺の心にのしかかってきた。



 感情の本流は俺の心をたやすく押し流し、視界は急速に闇に侵食されてゆく。



 あと一歩で完全に意識を失いそうになったところで、微かに鼻をすする音が聞こえた。



 その音で少しだけ正気に戻った俺はえらく難儀して顔を上げてみると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった小さな瞳がじっと俺を見つめていた。



 不安でいっぱいなんだろう。ぐずつきたいのだろう。でもこの子はそれをぐっと堪えて俺を見つめていた。



「―――――――ッ」



 子供の不安そうな顔を間近で見た俺ははっとさせられた。



 そうだよ、俺なんかよりずっと不安感じてるガキが目も前にいるのに、年上の俺が無様にゲボ吐いて蹲っている場合か?地獄のような状況で、力のない子供が助けてと縋ってきてるのに俺は何もしない気か?



「違うだろ…!」



 言葉は自然と口をついて出た。そうだ違う。今俺がやるべきことはここでゲボ吐いてることじゃなく、俺よりも力のないこの子供を守ることだ。



 感情の濁流は未だ俺の中に渦を巻き、少しでも気を許せばたやすく意識を持っていこうとするだろう。



「ごめん、心配かけたね、もう大丈夫」



 気分は最悪。腹の中の気持ち悪さは依然として引いてはいないが、それでも動けるくらいには気力が戻っていた。



 俺は恐怖や不安の感情を極力排除し、こわばった顔を無理やり笑顔にして子供を少しでも安心させようと試みた。



「大丈夫って…で、でもお兄ちゃん苦しそうだよ…?」



 俺がやせ我慢をしてることにこの子はすぐに気が付いた。言われなくともそれは自分でもわかってる。きっと今の俺の顔は見るに堪えないものなのだろう。でも、気づかれたところで俺のやるべきことは変わらない。それにこれはこの子だけのためじゃなくて、自分の心を安定させるためでもあるんだ。



「俺の事は良い、今は君を助ける事の方がはるかに重要だ、お父さんやお母さんは?」



 俺は自分の事を棚上げし、まず初めに親御さんの安否をこの子供に聞くことにした。子供は俺の問いに首を横に振ることによって答えてくれた。



「分からないのかい?」

「うん、逃げている途中ではぐれちゃったんだ」



 むぅ…居場所が分からないか。居場所さえわかってればそこへ行ってこの子を預けることが出来るし、渡した後は別の人を助けられる機会が出来るかもしれなかったのだが…。 (この状況じゃ無) (事ではないかも) (しれないな)



(えぇい馬鹿たれ、そんなこと考えるな、この子の親は生きてる!……生きているはずだ)



 俺の中の冷静な部分から湧き上がる冷たい憶測を頭を振って追い出し、口元を拭いながら子供に手を貸して立ち上がらるのを手伝ってやった。



「まずは…行くべき場所はギルドかな…?確かあそこは緊急の避難場所になってたはずだな?」



 知ってるかどうかはわからないけど、一応念のために子供に聞いてみた。子供はおずおずといった感じだけどしっかりと頷いてくれた。



「(しっかりした子だなぁ…)よし、じゃあまずはそこに行ってみよう、道中は俺が君を守るから、君は安心して…ん?どうした?」



 俺はそう言って子供に振り返って見せるけど、子供は明後日の方向を向いており、俺の事を見ちゃいなかった。



「何だ?何か見つけたの?」



 俺は子供が向いてる方へ同じ様に視線を向けた。視線の先に、何かがこちらに向かって来ているのが見て取れた。



 そこの死体の匂いか、はたまた俺のゲボの匂いにつられてきたのかはわからないけど、とにかくこの混乱の原因の一角が俺の前に姿を現した。



 それは緩慢な動きで、一歩踏み出すごとにしきりに鼻を引くつかせながらゆっくりとこちらに近寄ってきた。



 それは簡単に言うならば、二足歩行の豚だった。身長は150センチほどで、薄汚れたピンクの皮膚の胴体は丸々と肥えており、一歩歩くごとに体の脂肪がぶるんと揺れ、酷く不快な気分にさせられた。



「お、オークだ!」

「へ、オーク?」



 子供が突如現れた二足歩行の豚を指さし、大声でその名を呼ばわった。



 名前を呼ばれたからか、オークはじろりとこちらの方に首を向けた。俺らの姿を確認するやオークは手足を振り回しながら突っ込んできた。



 その瞬間、俺の視界に変化が起きる。まず視界の左下にライフと所持しているボムの個数が表示され、次いで上にスコアが表示される。




 score:0





 残弾×20

 ボム×3

 ライフ:■■■■■




 そして締めくくりに頭の中で戦闘開始を告げる無機質な声が響いた。



 shoot!(撃ち殺せ!)



 これが俺の力。ガン・シューティング・アクション・リアルの力だ。世界をガンシューの範疇に押し込める力。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 この視界が切り替わる感覚はに慣れたのはつい最近だ。始めの頃は視界の違和感からダメージ貰いまくりだったもんなぁ。でも繰り返してゆけば人って慣れるもんなのね。



 頭の中に声がしたと同時に、俺は殆ど反射的にホルスターから銃を引き抜き、オークに向かって引き金を引いていた。訓練の賜物である。



 ドカッ!



 撃鉄が眠っていた弾丸のケツをぶっ叩き、衝撃で目を覚ました銃弾は怒りの炎を噴出しながら螺旋の軌跡を虚空に残しながら音速ですっ飛んでいき、眠りを妨げた元凶の顔面を景気よく吹っ飛ばした。



 間抜けなオークの野郎は自分が死んだことにも気が付いていないに違いない。



 頭の無くなったオークは2、3歩よろよろと前へ進み、びくりと身を震わせたかと思うと仰向けにばったりと倒れて動かなくなった。



 普段なら生物を殺したことへの罪悪感に囚われるけれど、状況が状況なだけにそんなことを気にしていられる余裕は無かった。



「やった…!」

「あぁ…俺もそう思いたかったけど、どうもそうもいかないみたいだ」



 安堵した子供に、俺は残酷な真実を告げた。



 何処に隠れていたのか、オークがやってきた方向からその同胞がわらわらとやってくるのが見えた。



「わぁ!?」

「ギルドがあるのは連中の向こう側だ、突破するから、しっかりついてきてくれよ!」



 俺は一方的に言うだけ言うと、返答も聞かずオークの集団に向けて狙いを定め、銃をぶっ放した。



 ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!



 オークの動きは見た目通りすっとろいから、弱点である頭を狙いやすく一発で仕留めることが出来た。



 しかし数が多いのなんの。とてもじゃないが1マガジンで仕留められる量じゃない。俺は空になったマガジンを乱暴に投げ捨て、新たなマガジンを叩きつけるように装填し、再び狙いを定めて撃ち始めた。



 俺はオークを撃ち殺しながら、一瞬だけオークから目を離し、視界の左上に表示されているスコアへ目を向けた。



 score:3140



 もし順調に弱点を撃ち抜いて仕留めていると仮定するなら、俺はもう30体近く仕留めていることになる。それなのに一向に数が減らないという事は、付近一帯にいるオークがここに集結しつつあることを意味する。



「君、走れる?」



 俺は狂ったように押し寄せるオークを撃ち抜きながら、足にしがみつく子供に振り向きもせずに言った。



「え?う、うん…」

「良し、じゃあ逃げるぞ!」



 俺は虎の子の手榴弾(ボム)のピンを引き抜きぬいて放り投げ、結果を見届けることなく子供の手を掴んで一目散に走りだした。



 その直後に背後で爆発が起きた。



 俺は一瞬だけ背後を振り返り、その結果に思わずにんまりと笑みを浮かべた。



「どうだ糞たれ!ちったぁ思い知ったか!」



 俺は高笑いしながら子供の手を取り、町中を駆け抜けていった。



 目指すは(ゴー・)ギルドだ(ギルド)。急がねば。




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