テンプレとは言ったけど追放系の方かよ!
その日も全くいつも通りの一日になる筈だった。
いつも通りに起き、いつも通りに飯を食らい、いつも通りに訓練所で射撃訓練をして、いつも通りに三馬鹿が襲ってきて、いつも通りあしらい、いつも通り風呂に入り、いつも通り寝る。そのはずだった。
でもその日は何かが違った。それが何なのかは説明はできないけど、その日はやけに太陽が照り付けているような気がしたんだ。まるで何もしなかった俺を責めるかのように。
*
王様と酒を飲み交わした日から何日か経った。
王様のつけてくれた監視役の人は優秀と太鼓判を押されるだけあって、俺に絡んでくる過激派共ははずいぶんと数を減らした。
尤も三馬鹿は相も変わらず訓練中に絡んでくるのだけれども。
「いやぁ~よかったね、絡まれることが少なくなって」
「全くだぜ、そのおかげで俺もようやく訓練に集中できるようになった、命中精度も少しずつだけど上がってきたよ」
「でも油断しないでください、少なくなっただけで過激派が消えたわけではありません、現に未だに絡んでくる人がいるのでしょう?」
時刻は早朝。城内はまだ起きている者の気配がほとんどなく、人影もまばらな食堂に俺たち4人は顔を突き合わせて飯をかっ食らっている最中だった。
新藤君と岩井さん、そして二人のお目付け役兼戦闘指導員兼監視役の王女様は俺と違ってめっちゃ忙しい。
朝から晩まで訓練訓練、ちょっと休んでまた訓練。それを毎日ずーっとやっているのだ。良く倒れないものだと感心するよりほかない。
なんというか顔を突き合わせるごとにどんどん二人が逞しくなっていって、それが何だかよくわからないけど変な感じがして面白かった。
そうそう王女様。彼女の指導なんだけど、新藤君曰く相当きついらしい。王女様の能力である『神なる光』は回復もできるようだから、めっちゃ容赦なく攻撃を当ててくるという。
新藤君の援護のために弓を構えようとしたらいつの間にか目の前にメイスを振りかぶった王女様がいて『そんな悠長に構えている場合かッ!』て思い切りぶん殴られたと岩井さんは青い顔で教えてくれた。えぇ~…。(ドン引き)
まあ二人にはさっさと強くなってもらわなければならないから、それだけ彼女も力が入ってるってことなんだろう。そう言ったら二人は、君は訓練中の王女様を知らないからそんな簡単に言えるんだと口をそろえて言われてしまった。(そんなもん知りたく)ないです。
まあそれだけ彼女が強いから二人についてるんだろうね。いろんな人から信頼されているし、何より万が一新藤君たちが変なことをしでかしても難なく制圧できるもんね。
まあともかく以上の理由と、さらに過激派の妨害やら何やらがあるために、俺たちが顔を突き合わせられる時間は基本的に作らない限り滅多にない。だから早朝のこの時間は俺たちが予定を合わせなくても顔を合わせられる数少ない時間なのである。
「あ~三馬鹿の事?」
「三馬鹿って…」
「良いんだよ新藤君、あんな連中は三馬鹿で十分」
俺は朝食のパンをぱくつきながら吐き捨てるように言ってやった。
「そうですその意気ですよ弾輝さん、ああいう連中に慈悲を見せてはいけません!」
俺の物言いに新藤君は何か言いたげだったけど、岩井さんは鼻息荒く支持してくれた。気持ちはありがたいんだけど、なんか怖いよ岩井さん。だってめっちゃ黒い気配がにじみ出てるんだもん。ドン引き~。
「良かったです、弾輝さんの方も訓練が順調に進んでいるようで安心しました、私は響さんと輝美さんの訓練につきっきりなのでそちらの方にまで手が回らないですからね」
王女様は俺がようやくそれらしい訓練ができるようになったことが嬉しいらしく、にこにこと笑いかけてくれた。
「まぁそうすね、王様には感謝しかありません」
「優秀な監視役をつけるのは良いのですけど、少々遅すぎです、本来ならもっと早く対策をとるべきでしたのに」
そう言って王女様は整った眉を顰め、王様への苦言を口にする。
「まあまあ、あんまり言ってやらないでください、王様だって過激派のせいでなかなか上手く動けないというので仕方のない事かと」
「全く、弾輝さんはもう少し危機感を持ってください、自分の事なんですよ?」
「あはは…」
そして俺は王女様と話をしている時にも決してある物に注意を向けることを忘れてはいなかった。だからこそ気が付けた。王女様の動作で豊かな果実さんが揺れるその瞬間を。
俺は新藤君に目配せした。新藤君はそれだけで俺の言わんとすることを理解してくれた。彼はこくりと頷き、俺たちは目だけで無言の会話を行った。
(良いよな、アレ)
(うん、良いね、アレ)
(やはりでかいのは良いな)
(大きい事は素晴らしいよね)
((おっぱい最高!))
俺たちは頷きあい、固い握手を交わした。友情の印だ。
同志と友情を感じられる瞬間というのはいつの世も素晴らしい。全く知らない者しかいない別の世界で同じ故郷の者同士の友情というのは何と美しい事であろうか。同じ志を分かち合えることは何と嬉しい事であろうか。
今、俺は感じた事の無い感動で満たされていた。新藤君も同じ気持ちなのだろう。口の端を吊り上げてにやりと笑いかけてきた。
俺も同じようににやりと返してやった。そしてまた二人で笑いあった。素晴らしい。友情の儀式だ。
しかしこの素晴らしい友情を確かめ合う儀式は岩井さんと王女様の凍えるような殺気で一瞬にしてかき消されてしまった。
俺と新藤君はギギギと油の刺してない機械みたいにぎこちなく殺意の出どころの方に顔を向けた。
岩井さんと王女様はニコニコ微笑んでおり、傍目から見たらとっても素晴らしい光景なんだけど、その発する気は恐ろしく冷たく、まるで永久凍土の如き冷たさだった。
「響…どうやら私たちはもう少し話し合うべきなのかもしれませんね」
「わぁあああああああま、待ってよ!待った!は、話せばわかる…っ!」
「問答無用、乙女の胸を注視するとは何事かッ!」
「うわああああああ!?」
新藤君が岩井さんにアイアンクローを食らっている最中にも、俺は動けないでいた。
「ご、ごめんなさい…」
「どうかしましたか弾輝さん?突然謝ったりなんかして」
「いえ、ですからですね、その…」
「歯切れ悪いですね、言いたいことがあるならばはっきりと仰ってください」
しどろもどろになってる俺を王女様はニコニコ顔で見つめているけど、その実目は全然笑っておらず、あまりの怖さに俺は冷や汗を垂れ流して子犬の様にプルプル震えるばかりだ。
(みょああああああコワイ!!!)
思わず目を逸らした俺を誰が攻められる?
「おい目をそらすな」
「ヒェッ!?」
目を離した一瞬の隙に王女様は俺の眼前に立っており、まるで壊れ物を扱うような手つきで俺の顔を両手で包み込んで顔を固定すると、ずずいっと顔を近づけてきた。
俺は反射的に悲鳴を上げて顔を逸らそうとするけど、王女様のホールドは強くて全く顔を動かせない!
ナンデ!?だってこれちょっと顔挟んでるだけでしょ?うわああああああコワイ!!
「~~~~~~~ッ!!?」
「おやどうかいたしましたか?先ほどから顔が青いようですが」
優しい口調が俺の恐怖をさらに煽る。俺は体をバタバタと動かしてもがくけど、次第に体すら動かなくなってきた。どうして!?って思って体を見ると、俺の体にうっすらとした光が纏わりついてるではありませんか。
(ちょ!?これ『神なる光』じゃん!神の力をこんなしょうもない事に使うなってばぁ~!)
かろうじて目だけは動かせたから目の前の恐怖から逃れるために新藤君を見てみるが、いつの間にか巫女服になってる岩井さんの握るお祓い棒にガンガン頭をはたかれていた。
(ああ!新藤君がやられた!)
「弾輝さん…」
王女様の方からそう聞こえたかと思ったら、何か両手の握力が増してきてるんですけど!?もしかして目をそらしたことに怒ってる?あ、ちょっと待って貰って。
「少し、話をしましょうか」
「アババババーッ!」
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「うぅ…くそ」
「痛ぇ…痛てぇよ…」
「俺の足がぁ…」
「――――――ぁ」
呻き声が耳に入り、意識が強制的に回想から引き戻される。俺は目だけを動かし、その声の出所へと目を向ける。
そこには足から血を流し、撃たれた個所を抑えてのたうち回る三馬鹿が横たわっていた。
(あぁ…どうしてこうなったんだっけ…?)
さっきまでの楽しい時間と今の状況の落差について行けない頭で、俺はぼんやりと考えてみる。
あの後俺と新藤君は怒れる二人に平身低頭の果てにようやくお許しがもらえた。
いやぁ~人生初の土下座でしたよ、マジで。顔を上げた際の王女様の凍えるような視線は思い出しただけでも体に寒気が走る。
隣で土下座してた新藤君は岩井さんに思い切り頭を踏まれてた。
新藤君を踏む岩井さんの動作に迷いは無くどこか慣れたものを感じ、あぁきっと向こうにいた時もこういうやり取りがあったんだろうなと思わずにはいられなかった。くっ付いてすらいないのにもう尻に敷かれてるのか…。
(やっぱ露骨すぎたのが悪かったなぁ…次はバレない様にしないと)
なんてことを現実逃避気味に考えながら、俺は足元に倒れ伏す三馬鹿を見下ろす。
王女様にせいっさい!されてから約2時間ほどが経過していた。食堂を出て俺たちは駄弁りながら訓練所まで向かい、途中で彼らと別れいつも通り的に向かって撃ちまくっていた。
でも今日の三馬鹿の襲撃はやけに早かった。いつもなら昼過ぎなはずなのに、今日は開始2時間程度でもう襲ってきた。しかも射撃訓練中に背後からの不意打ちだ。
咄嗟だった。
そのためか俺の脳内が異常加速して世界がやけにゆっくりに見えた。俺は射撃姿勢のまま反射的に振り返り、そのまま引き金を引いた。
撃鉄が雷管を叩き、炸薬が破裂し、弾丸が螺旋を描きながらゆっくりと飛んで行く。弾丸はゆっくりと、しかし確実に突き進み、未だ殴りかかろうとした姿勢から動きもしない三馬鹿の一人の利き足を撃ち抜いた。
さらに俺は後ろから続く三馬鹿の一人の脇腹を三馬鹿のリーダーの肩を同様に撃ち抜いた。
三発目の空薬莢が地面に落ちるのと同時に、時間の流れが元に戻る。
「「ぎゃぁあ!?」」
その瞬間三馬鹿は同時に地面にどっと倒れ伏し、撃たれた個所を抑えてのたうち回った。
「はぁ…ッはぁ…ッ!」
俺は銃を構えながら、震える体をどうにかして抑えようと必死だった。
人を撃ったのは初めてだった。
魔物を撃ったことはある。でもそれでさえ初めて撃った時は人目も憚らず俺は吐いてしまった。
ではそれが人間だった場合はどうであろうか?答えは言うまでもない。
体中から嫌な汗が吹き出し、心臓は早鐘を打つ。視界は涙でぼやけ、罪悪感で心が締め付けられる。
口は譫言のようにごめんなさいと呟き続け、足元でのたうつ三馬鹿につい駆け寄ってしまいそうになる。
しかしそれはダメだ。俺は震える体が駈け出さないようぐっとこらえ、気持ちが落ち着くまで深呼吸を続けた。
何分も時間をかけて深呼吸していると次第に鼓動も収まってきて、呼吸も定まり、体の震えも収まった。
目の端に溜まった涙をごしごしと払うと、自分は落ち着いてると言い聞かせながら改めて足元の三馬鹿を見下ろす。
十分時間をかけたにもかかわらず、三人は先ほどと変わらずのたうち回って転がっていた。
俺はそれを冷めた目で眺めていた。
喉元過ぎれば熱さ忘れるというけれど、今の俺はまさしくそれで、さっきまでの罪悪感は深呼吸とともに過ぎ去って行き、今の俺の心は仄暗い感情に支配されていた。
(…自業自得だバカめ)
俺は心の中でそう吐き捨てると、足元に唾を吐いてやった。まるで体内に溜まった罪悪感を排出しようとするみたいに。
(そうとも、俺は間違っちゃいない、だってそうだろ?こっちは訓練してるのに向こうはいきなりだぜ?しかもこれが初めての事じゃないってんだから、こうなったのは連中の自業自得さ!こうなって当然さ!……だから俺は悪くないよな?)
そうやって俺は自分自身を納得させようとした。そうしないと、過ぎ去った罪悪感に追いつかれてしまいそうで怖かったから。
三人の呻き声はやかましく、訓練所に誰もいないためか、えらく響いて聞こえるような気さえした。
(ん?誰もいない…?)
俺は自分で思ったことに疑問を覚え、今考えたことを反芻してみる。
(早朝ならまだしも、陽も明けて太陽の光がさんさんと降り注ぐこんな時間に訓練場に人っ子一人もいないのはどういうことだ?)
そこまで考えて、俺はぞっとするような寒気に襲われた。
三馬鹿から目を離し、俺は訓練所の方へ目を移す。
「誰も…いない…!?」
いつもは訓練する人で溢れかえっているはずの訓練所は誰一人おらず、掛け声や勇ましい声が飛び交っているはずの空間に、痛みを訴える呻き声しか響かない訓練所が酷く寒々としたものに見えた。
(訓練に集中していたことと、この三馬鹿の襲撃で周囲に気を配っている余裕が無かったから気が付けなかったのか?いやだとしても訓練所だけじゃなくてその周囲に人の気配がしないのはおかしいだろ!?)
「おいおいおいどういうことだ?」
思わず口から出てきた俺の疑問に答える者はいない。
「は?は?おかしいだろ絶対、おい…おい!この糞、一体何をした、答えろ!」
さっきまで感じていた罪悪感も暗い感情も頭から吹っ飛んでいた。俺はパニックに陥りかける心を何とか自制しながら、三馬鹿のリーダーの胸ぐらをつかみ上げて問いただした。
「ひぃっ!?」
「答えろ!いったい何企んでる?人払いをしたのはお前らか!」
悲鳴を漏らす三馬鹿のリーダーに俺はダメ押しとばかりに銃を頭に突きつけた。
「知っていることをすべて話せ!出ないと今度は肩だけでは済まさないぞ!」
「わ、わかった!話す!話すから!う、撃たないでくれぇ~!」
糞を脅して分かったことは3つ。
一つ、準備ができるまで待機している事。
二つ、この三馬鹿はいつも通り俺に突っかかり計画に感づかれないよう周囲の目を引き付ける事。
三つ、準備が整ったら俺が一人になるまで待ち、一人になったら最速で行動を終わらせること。
「こ、これで全部話したぞ、な、なぁ、もうこれで」
「あぁ…そうだな」
俺は胸倉を掴んでいた手を離し、肩を抑えながら許されたと思い込んで安堵の表情を浮かべる糞の膝を撃ち抜いた。
「ぎゃあああああ!?」
「くそ…!くそ…!」
のたうつ糞を仲間の方へ蹴り飛ばしながら、俺は上手くまとまらない頭で何とか現状の把握に努めた。
(つまり、今の状況は偶然でもなんでもなく意図的な物で、俺は孤立無援で、じゃあその計画を立てたものは?実行に移した者は?)
そう考えてるとき、不意に王様と話した時の事を思い出した。
『使徒派に感化されるものは日に日に増えていく上、寄りにもよってその中に大臣クラスが入りよってな、そいつがお主への支援を度々妨害するのだ』
『見張り役をつけておいた、そいつは私の忠臣の一人で』
(そんなまさか…まさか…!)
さらに次の日に感じたあの嫌な気配の事を思い出し、その二つの要素が繋ぎ合わさり、そして今聞いた話が組み合わさって俺に一つの答えを導き出させた。
「な、何が忠臣だ…!何が優秀な奴だ!!」
気配を感じ勢いよく振り返りかえると、あの日以来いつも感じていた嫌な気配の主が今まさに俺に拳を叩きつけようと振りかぶっていた。
「畜生…」
そう呟くのと同時に顔面にガツンとした衝撃が走り、視界がちかちかと瞬き、俺の意識は吹っ飛んだ。