月夜に語るは酒の味
「聞いたぞ弾輝、今日もまた過激派の者に襲われたそうじゃないか」
時刻は夕暮れを過ぎ、外は真っ暗になっていた。太陽はすっかり身を引き、代わりに顔を出した月が子分の星を引き連れて我が物顔で空を占領していた。
現在俺は王様の自室にいて、ワイングラス片手に優雅に雑談に洒落こんでいた。この部屋に俺と王様のほかには誰もいない。いや、ドアの前と天井裏に護衛の人がいるから誰もいないってことは無いのかな?
光源は月明かりと俺と王様の間に置かれた蝋燭の一本だけ。その弱弱しい光が対面する王様の顔をうすぼんやりとだけ照らしだす。王様はその方が雰囲気が出るっていうけれど、俺からすれば何だか不気味な感じ。上にシャンデリアあるんだからそれで照らせばいいのに。
まあともかく、俺は王様の気まぐれだか何だか知らないけど年代物のワインがあるから一杯ど~おってな感じで招かれたのである。
多分そうすることで俺が国王と親密であることをアピールして過激派どもを牽制しようって魂胆なんだろうけど、酒の味なんてわからないよ~王様。
「襲われましたとも、王様は俺に見張りつけてくれるって言ってましたけど本当につけてくれているんですか?日に一回は襲われてる気がするんですけど?」
「まさか!当然つけているとも!むしろ見張っていたからこそその程度で済んだんだ、もしつけていなかったらお前は初めの週で行方不明になっていたかもしれないぞ」
俺は王様の物言いに声を大にして訴えたけど、王様はおっそろしい事をあっけらかんと言い放った。どうやらあれでまだマシであったらしい。えぇ…。(困惑)てか行方不明って…。
「マジすか…?」
「当然だろう、ふふん、お前、自分が今かなりきわどい状況にいることをまだ理解してないな?」
告げられた事実に俺の背筋にゾゾ~…と冷たい物が走った。マジで!?俺今そんなおっかない状況だったの!?ショック!…ってふざけんな!!!
どうして俺がそんないわれなき理由で疎まれなきゃいけないのよぉおおおおおおおお!!!ファッキン狂信者!
戦慄して顔をこわばらせている俺をよそに、王様はクククッて笑いながらテンパる俺を肴に優雅にワインをすすっていた。
「笑い事じゃないっすよ!どどどどうしましょう!?どうすればいいんです!?」
「ふん、ようやく事の重大さに気が付いたか馬鹿者め」
「いや気付けるか!俺ほんの一か月前くらいまで普通の学生だったんですよ!無茶いうなよぉ~あんまいじめるなよぉ~」
駄々をこねる俺に。
「それが馬鹿だというのだ、自分の事なのだから少しは現状の把握くらいはしてしかるべきだろう、お前は今まで何をしていたのだ?」
「うっ…」
と王様は鼻を鳴らしながら正論を叩きつけてきた。あまりの正しさに俺は何も言えず、がっくりと項垂れた。
「ぐぐぐ……グググーッ!」
「何じゃ変な声出して、まあお前には初めから期待などしておらん、だからそこまでしょげるな鬱陶しい」
「酷い!」
それに、と王様は前置きして。
「危機とはいえ全く関係の無いお主らを『神の意志によるものだとしても』(←王様はこの神の意志にというところを特に強調して言った)呼んでしまった責任がある、だからお前がどうであろうと私はお前を手助けするつもりでいる」
そこで王様はいったん言葉を切り、ワインを飲んで口を潤すと再び話し始めた。
「だからお前がいくら利用価値が低かろうと私はお前を守り抜くつもり…なのだが」
そこまで言って王様は忌々し気に顔を顰める。
「ただ使徒派というものが出来てしまったため、とくにその中の過激派のせいでどうにもうまくいかん」
「やっぱり奴らも裏で色々やっているんですかね?」
「当然だ、使徒派に感化されるものは日に日に増えていく上、寄りにもよってその中に大臣クラスが入りよってな、そいつがお主への支援を度々妨害するのだ、全く忌々しい……」
王様はそう毒づくと、グラスに酒をなみなみと注いで一息に飲み干した。おいおいおい、いくらストレスが溜まってるからって酒の一気飲みは不味いですよ!
「そうならそうと言ってくださいよ、何だって人を責めるような言い方するんですか」
「だってそう言わねばお主絶対に調子に乗るだろう?」
げっバレてら。
「ソソソソンナコトナイデスヨ~」
「ふん、どうだか…、というかお主さっきから全然飲んで無いではないか」
目を逸らして否定する俺を鼻で笑いながら、王様は俺のグラスに目を向けた。俺は酒を注がれてからまだ一度も口をつけていない。それを示すようにグラスにはまだ並々と酒が残っていた。
「お前のために質の良いのを開けてやったんだ、ぐいっといかんかぐいっと」
「む、無茶言わんでくださいよ、俺酒なんて飲んだことないんすよ、味なんてわかんないです」
「なら猶の事飲み干さんか、これを機にお前も酒を飲め、酒はいいぞ」
王様は酒の入ったグラスを俺の前で掲げながら酒の良さを説く。
「酒はな、嫌な記憶を忘れさせてくれる、こいつがあれば束の間我々は自由になれるのだ」
「それって記憶が無くなるまでやけ酒しているだけじゃぁ…」
「やかましい!年上からのご教示だぞ!だまっいぇ受け取らんか!」
俺の突っ込みに王様はグラスを高々と掲げながら俺に酒を飲むよう強要した。ってか顔赤!つうか酒クサ!
「あ、酔ってる!王様貴方絶対酔ってますよね!」
「やかあしい!私は酔ってなどおらん!」
「呂律が回ってねぇじゃねえか!ちょ、ちょっと王様、もう飲むのは止めにしましょうよ!」
そう言って俺は王様からグラスを奪いにかかるが王様はさっと身をかわし、いつの間にかテーブルのボトルも片手に持って絶対に酒を離さないという構えだ。
しかし酔った身では軽やかな身のこなしはできず、千鳥足でおっとっとと躓いて完全に酔っ払いの体だった。
「えぇいこの酔っ払いめ!それでも国王か!自己管理くらいきちんとしろ!」
「やかましい!この無知なガキが!わしの酒が飲めんのか~!!」
「うるせぇこちとらまだ未成年じゃ!年上がなんぼのものか!」
「なにを~!」
「うおー!」
「ギャー!」
その場のテンションに任せ俺も酒をグイっと煽った。瞬間、体がカァッと熱くなり、思考に靄がかかった奇妙な感覚に襲われた。
そこからの記憶は曖昧だった。薄っすらと思い出せる記憶は王様と一緒に意味の分からない言葉を叫びながら部屋中を駆け回りのどったんばったんの大騒ぎ。
途中部屋の異変に気付いた護衛の人が入ってきたところまでは意識があったけど、気が付くと俺は自室のベットの上に横たわっていた。
訳が分からぬまま目を白黒させていると、ベット脇に置手紙がある事に気が付いた。
二日酔いでガンガン痛む頭を押さえながら、俺はその手紙に目を通す。
『昨夜はすまなかったな、しかし最近は頭を悩ますことが多く、つい酒を飲みすぎてしまうのだ、お詫びというのもあれだがお前には新しい見張り役をつけておいた、そいつは私の忠臣の一人で、兄ほどではないが優秀な奴だ、これくらいしかやってやれなくてすまない、私の方も過激派を抑えられるよう努力するからお前も何とか頑張ってほしい、最も監視役が付いたかと言って油断することが無いよう気を付けるように。
追記 二日酔い用の薬をこの手紙と一緒に置いておくように言っておいた、飲んでおけ』
「…そういうのは面と向かって言って欲しかったっす」
俺は手紙の横に置いてあった小瓶を飲み干しながら、ぼそりと呟いた。
「でも新しい監視役の人か…」
そう一人呟いて、ちらりと(ばれないように)窓の方へ目を向ける。
さっきから窓の外に怪しげな雰囲気を感じてたからもしかしたらと思ってたけど、新しい監視役の人だったのね。
(でもそれにしちゃ随分と変な気配だな…はてこの気配、どっかで感じた事ある気がするけど…どこだっけなぁ~?)
頭を捻れど二日酔いと寝起きのダブルパンチの頭は思うように働かず、結局まあいいかと5分ほどで考えを放棄してしまった。
「まあ王様が選んでくれた人材だし大丈夫でしょ?」
そう結論を出し、俺はすたこらと部屋を出て行った。
…現状の把握くらいしとけと言われたばかりでこの体たらく。全く、どうして俺はいつもいつも自身の直感を信じてやらなかったのだろうか。
少し考えればどこでその気配を感じたかなんて簡単に出てくるはずだった。何せほぼ毎日顔を合わせているんだから。
尤も言い訳せずに答えを出していたところで、それが起きる時間を引き延ばすだけだったのだろうけど。
始まりの物語も、そろそろ終わりが近づいてきていた。