日常生活にお別れを
その日、学校が休みってこともあって俺はゲーセン巡りをすることにしたんだ。なぁ~んもやる事無かったからね。実際。家でダラダラしてるよか少しでも外に出た方が良いってテレビでやってたし、それがゲーセン巡りでもいいはずだよね?
季節は初夏。天気は一日中曇り。家を出て鍵を閉めて天を仰ぎ見ると、黒い雲が空一面を覆ってた。いやな空模様だった。雨が降りそうっていうだけの話じゃなくて、何というか不安を覚えるような、そんな感じ。もしかしたら第六感っていうやつが働いたのかも。これから先何か起こるよ!って。
まあ無視していつも通りに過ごしたんだけどね。
初夏ってだけあってもう気温が高くなり始めたから、服装は地味なジーンズにこれまた地味なシャツ一枚だけ。背丈は160にようやく届いたくらいで中肉中背の黒髪黒目。見た目完全にクソナード。中身も完全にクソナード。おまけに性格は後ろ向き。何だこれ?没個性の鏡か?
自分の個性の無さに軽くため息。はぁ…。
しばらくの間曇天の空を見上げながら黄昏れ、それからもう一度溜息を吐いてチャリの鍵穴に鍵をガチャリ。ギアを3にして低速でレッツゴー!安全運転はしっかりね。交差点では一時停止。二人乗りはしない。信号は車が来てないか確認したら隙を見てダッシュ!機を見るに敏!人にぶつからなければいいのさ!フハハハハ!
きゅこきゅこ自転車をこぐ事10分くらい。目的のゲーセン第一号発見。自転車を警察に見られないところに駐輪していざ入店。
自動ドアが開かれた瞬間店内に流れる音楽や様々なゲームが発する音が全身を包み込む。うるさいよねほんと。友達と来るとき彼らが何言ってんのか全然聞き取れないもん。
そこのゲーセンはつい最近改装したばかりだから最新のゲームもいくらか置いてあった。いいよねゲーセン。暇つぶしにはもってこいの場所だ。ただお金がね…。月の小遣いだけでやりくりするのは至難の業。友達付き合いもあるからそれだけじゃ全然足りない。バイトだるい。うふっ。
ともかくそこではクレーンゲーム(これ全然取れないよね、We Tubeの動画とかテレビではガンガンと取ってるけど、どんだけ練習したんだろうか?そのお金どっから出てきたの?まさかバイトで稼いだお金全部使ってたりしない?)を主にやったよ。
あ、新しいゲームには手を出してないよ。ぶっちゃけ俺プレイするより見る方が好きだし。ぽえ~ん。
まあそれから3軒くらいゲーセンによって、まあだ~らだ~だ過ごしたよ。時間が過ぎるのは早いもので、いつの間にか陽も暮れ始めていた。そろそろ帰らないとなって思いながら最後の一軒を物色していると、俺は一つのガンシューを見つけた。
家・オブ・ザ・死4。あの有名な家・オブ・ザ・死シリーズの第四弾。主観視点のホラーガンシューティングゲームで、銃型のコントローラーを持って向かい来るゾンビを撃ち殺す、オーソドックスなガンシューだ。
巷じゃ第5弾が出始めたらしいけど、一部の所にしか置いてなくてまだまだ普及には至ってないのが現状だ。
これをやったら帰ろう、て軽い気持ちでワンコインを入れてゲームスタート。バンバンバン。バンバンバン。バンバンバンバンバンバンバン。
俺はガンシューは好きよ。下手だけど。ただ、疲れるのよこれ。コントローラーちょっと重いし。3何て特に酷い。誰だコントローラーをショットガンにしようなんて考えた奴。馬鹿か!
ノーコンテニュークリアを目指してたけど、今回やった時も結局5回もコンテしちゃった。とほほ。だって周囲の目とかすごい気にならない?そういうの意識すると上手くいかないんだよねこれが。家庭用ゲーム機ならそうはならないんだけどね。
糞ゲーだね!って心の中で捨て台詞を言いながらゲーセンを出ようとした。そう出ようとした、だ。自動ドアの一歩手前で俺は急に立ち眩みに襲われた。
そして気が付くと目の前はゲーセンの自動ドアじゃなくて、何だか白い霧みたいな靄が立ち上る変な場所に立ってた。
「お゛あ゛あ゛!?何だぁ!?」
おいらびっくり仰天。変な声も出ちゃった。落ち着きのない鳥みたいにきょろきょろ辺りを見回すけど、右を見ても左を見ても何も変わらない。白い靄が立ち込める大地が地平線の彼方まで広がっているだけだった。
夢かと思ってほっぺたを抓っても、ただ痛いだけ。網膜が映し出す光景は何も変化が無い。ひりひり痛む頬っぺたをさすりながら俺はこれが現実の事であると否応なしに自覚させられた。何とはなしに上を向くと、これまたびっくり。
神様がいた。その人を見るなり俺はそう思った。なんか後光できらきら光ってるからとか、おっぱい大きいからとかいう理由じゃなくて、もう反射的に、脳の奥の奥の部分がこの人を神様だと認めたのだ。理屈じゃない。生物としての本能が悟ったんだ。美しい金髪は腰まで届くほど長く、愁いを帯びた碧眼はどこまでも慈愛に満ちていた。
神様は俺の方を向くと「良く召喚に応じて下さいました、あなた達は神の使途として選ばれました」って言った。
俺応じた覚えなんてないよ神様、て言いかけて、ん?あなたたち?
俺は神様の言葉の意味を脳内で何度か反芻し、そしてようやく気が付いた。神様は俺を見て話していると思っていたけど、正しくは俺の後ろにいる人を見て話していたんだってことに。
振り返ると。俺以外にも2人、居た。そしてその人たちの顔を見て俺は悟った。
あ、俺じゃない。えぇそう思いましたね。はい。その二人。二人とも俺と同い年くらいの男女で、男の人の方は八頭身のイケメンさん。すらっとした手足にシャツ越しにも分かる引き締まった体。女の人の方は俺よりやや小さい背丈に長い黒髪で、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでるどえらい美少女。
神様は俺たちの事を神の使途って言ってたけど、正しくは後ろの二人+α。うん、確かにこの二人なら神の使途って言われても信じられるわ。ていうか神様って言われても信じられるのではなかろうか?
神の使途ガチャ2連召喚で2連ともSSRの神引きですよこれは。え、俺?ガチャのおまけかなんかでしょ?
「あなたは一体…、僕らに何をしたんですか?ここはどこです?」
「神の使途…?申し訳ないですけど私たちそういう宗教の類には興味ないんです、他をあたってください」
二人の男女は神様相手にそう抗議した。神様相手にそんなこと言えるなんてすごい胆が据わってる。クソナードな俺じゃ絶対無理だ。出来る事と言えば心の中で悪口を言うくらいだ。
二人の言い分はもっともだし、人間の常識から考えてみてもこれは犯罪だ。でも、神様は平然としている。
神様の態度にますます態度を固くする二人だけど、俺はというとそりゃそうだ、と一人納得していた。
だって相手は神様だぜ?神は超常の存在だ。人間とは格が違う。それこそ虫と神様くらいの開きがある。そんなちっぽけな人間の考え何て、神様はきっと鼻くそほどの重みも感じていないに違いない。
「あなたたちの言い分、怒り、困惑、全て理解できます」
嘘をつけ化物め、喉奥まで出かかった余計な言葉を口を手で塞いで押さえつける。危なかった。いくら口が軽いからってそれを言うのはマズい!相手はチンピラとかじゃなくてマジもんの神様だ。機嫌を損ねて呪われましたなんてシャレにならない。
後ろの二人の何やってんだこいつというような視線を背中に感じつつ、俺は恐る恐る神様を見る。当の神様は俺の奇行に目もくれず、相変わらず微笑みながら話を続ける。二人に向かって。
「ですが私の世界の危機なのです、それゆえ別の世界からあなた方を召喚する必要があったのです」
「あなたが何とかすればいいじゃないですか」
女の子の鋭い指摘。しかし神様は。
「私は手を出すことが出来ないのです、神々の取り決めで、下位世界に手を出すことは禁止されています、だから、あなたたちを召喚する必要があったんですね」
とくる。
何て自分勝手な言い分!わたくし戦慄!でもこれにも納得。神話や伝説に出てくるの神様ってのはいつだって、自分勝手な言い分で虫けらに等しい人間に好き勝手してくるもんなんだ。お約束だね。例を挙げるとするならギリシャの神様とかかな?
男女ペアも絶句。そりゃそうだよね。俺は二人に同情の目を向けた。俺自身もその身勝手な言い分に怒ってない訳じゃない。でもそれを言って何になる?神が虫けらの話など聞くか?そんなこと言う度胸も無い。とどのつまりもう諦めてたわけだ。無理無理のカタツムリ。流れに身を任せるのだぁ~。
神様は何も言わない二人の事を納得のための沈黙とでも解釈としたのか、話を続ける。
「私は直接手出しすることはできませんが、間接的に手出しすることが出来るのです、私は力を使ってあなた達が持っている力を目覚めさせました」
ッ!!!聞き捨てならないキーワード発見!
「力を目覚めさせた?」
「はい、これは貴方方がもとより持っているものを力として具現化させました、その能力は下界に行けば自ずと知ることが出来るでしょう」
「胡散臭いですね」
女の子の皮肉にやはり神様は無反応だ。三人のやり取りをぼんやりと眺めながら、俺は目覚めたという能力について思いをはせる。
そうだ、まだだ。俺はまだ希望を捨ててはいなかった。まだ能力ガチャが残ってる。一発逆転の神引きをすれば理想の異世界生活を送ることが出来るはずだ。そう信じて。
これから先ある能力発覚イベントで俺はきっと神引きを見せて、それからの異世界生活を夢想して皮算用してたんだ。うふふ~ん。だから神様の話なんて全然聞いてなかった。ごめん神様。
馬鹿な話さ。この時点で勝負はついてた。俺の負け。一回戦、どころか予選敗退。どころか採用の時点で失格。 Lady Go! You Lose.
神様が注目してたのは後ろの二人。俺は最初の一瞥以外で一切視線を向けられることは殆ど無かった。もし能力が良かったのなら絶対に俺の事も気に掛けるはずだから、それが無いってことはそういう事なのだろう。
そうこうしているうちに会話は終わりに差し掛かっていた。空間がやにわに揺れ始めたんだ。びっくりする俺たち。慌てる俺たちを微笑ましそうに眺めながら、神様は説明した。
「そろそろこの空間も維持できなくなってきました、この空間が消えれば自動的にあなたたちを召喚するように指示した者たちの元へ送られることでしょう」
神様は男の人、女の人、俺の順で視線を合わせた。二人は不服そうに眉間にしわを寄せてるけど、最早何も語らなかった。納得したというより、俺と同じように諦めたのだろう。
空間の揺れはどんどん強まる。波打つ空間はビキビキと音を立てて割れて砕け、その奥から光が漏れていた。あの奥の光の先が、これから送られる異世界なのだろうか?
空間が完全に破壊されると同時に視界が光に包まれ、奇妙な浮遊感に襲われる。その直後に、頭の中に神様の声が響いた。
「あなたたちが無事に戦いを生き残れるように祈っています、どうか世界を蝕む悪を打倒してください」
その声を最後に、俺たちの世界は爆発した。