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 冒険者たちの奮闘で膠着状況に陥っていた戦況に変化が起き始めたのは、オークの変異種が現れてからだった。



 ブルーオークを筆頭に、犬と混じったような四足歩行の奇怪なオーク、ブル・ドックまでもが混ざるようになっていたのだ。



 ブル・ドックは小さな体で(それでも大型犬より大きな体躯だが)オークたちをすり抜けるようにして一気に懐に入り込み、それの対処に手間取っている冒険者がブルーオークに瞬く間に殺されるという事態が相次いだ。



 熟練の冒険者ならともかく、士気もレベルも経験も浅い冒険者しかいないこの戦場ではそれらにまともに対処できるのは極一部しかいなかった。



 数多くのオークを狩り、『ブル』と呼ばれる冒険者もそのごく一部に入る冒険者の一人だった。



「うおおおおおおおお死ねぇえええええ!!!」



 トレードマークの棘付きの鎧に身を包み、つい最近まで酒にやられていた思考は戦場の空気に当てられ、かつて冒険者として活動していた頃の冴えを完全に取り戻していた。



 大きなモーニングスターを軽々と扱い、翻弄するように動くブル・ドックやパワー自慢のブルーオークを蹴散らすその姿は、とても酒場で酔っ払っていた親父と同一人物とは思えない。



 飛び散る返り血をかわす素振りも見せないその姿は凶暴な猪を想起させた。



 だがいかに勇猛な猪とて、無限ともいえるような物量の前には弱音を吐かずにはいられなかった。



「畜生…!いったい何体いやがるんだ!」

「おいブル!またブルーオークの団体が来たぞ!」

「クソ…数は!?」

「10…20…とにかくたくさん!」

「答えになってねぇんだよカスが!」



 軽装の冒険者に怒鳴りつけると、疲労で今にも倒れてしまいそうな体を気力で支えながら悠然とモーニングスターを構えた。



 どれだけオークを殺したか、自分でも分からない。ただ途中で何度かレベルアップのメロディが鳴ったのは記憶してるから、少なくとも100以上は殺してると容易に判断できた。



 ブルは貴重な時間を割いて、ステータス画面を開いき手早く確認を済ませた。



 |ボブ・『ブル』・ボア

 |・♂

 |・31歳

 |・レベル36

 |・次のレベルまであと4110EXP

 |・ちから295

 |・ぼうぎょ340

 |・まりょく203

 |・すばやさ231

 |汎用能力(コモン)

 |『身体強化3』『炎魔法3』

 |称号

 |オーク殺し 堕落した者



「おいおい冗談じゃないぜ、2レベも上がってんじゃねぇか」



 レベルというものは人によって上がりやすさは違う。レベルアップ時のステータスの上昇も無論そうだ。



 当然レベルが上がるごとに次のレベルに必要な経験値も多くなり、一回の戦闘で複数回レベルが上がることはなかなか無く(冒険者はまず何より自分の命を優先という規則があり、連戦は控えるように決推奨されている)、今回の事態は異例と言えた。



「おい目ぇ逸らしてる場合か豚野郎!前向け前!」

「黙りやがれこのオーク未満の短小のチンポ野郎が!」



 罵倒の応酬も、ブルーオークの集団が近づくにつれ収まった。



 今日死ぬかもしれない。津波の様に押し迫るオークの大群を見て観念したように皮肉気な笑みを浮かべる。



「畜生、どうせ死ぬのならこいつらを率いてる大将に一泡吹かせてやりたかったぜ」



 小さく毒づき、覚悟を決め、真っ向からぶつかろうと身構える。ブルーオークの第一陣が到達し、あわやその波に飲み込まれようとするその時、遠くで火薬が破裂するような音が何度も聞こえた。



 その音は祝福の号砲。女神の鳴らす鐘の音にブルには思えてならなかった。



 諦めずに動き続ける者にだけ運命の女神が微笑むというのなら、今がまさしくその瞬間だとは、この場の誰もが疑わなかった。



 奇跡が起きた。



 突如としてオークたちの大半が注意を引かれた様に一斉に音のした方へと顔を向けた。ブルの目の前のブルーオークも同様の反応を示した。



 奇跡はそれだけに止まらない。半分のオークはそのまま冒険者たちと戦闘を再開したが、なんともう半分のオークが音の方向へ移動し始めたではないか。



「どうなってやがる?」



 ブルは困惑の声を発した。



 もう死ぬものだと身構えていたら、寸前でその覚悟を無碍にするようなことが起こったのだからそうもなる。



 ただ死なないとわかるとほっとつきたくなるのが人というもの。その隙を見逃してくれるほどオークは優しくは無かった。



「ブギャアア!!」

「ッしま!」



 ブルーオークの突進をよけきれず、ブルは地面に押し倒された。



 馬乗りになったブルーオークを振り払おうともがくが、体勢が悪い事と疲労からなかなかうまくいかない。



 ブルーオークが顔面に拳を落とそうと仰け反った瞬間、まるで鋭利な刃で切り付けられたようにブルーオークの背中がバッサリと裂けた。



「ギャアアアッ!!?」



 ブルーオークは断末魔の悲鳴を上げると、ぐったりとブルの上に力なく枝垂れかかるように倒れた。



「これは…ウィンドカッターか!」

「…そういう事だ豚野郎」



 声のした方へ顔を向けると、死んだ目の職員が仏頂面で歩み寄ってくるのが見えた。



「あぁ?何だイタチかよ」

「…あぁ俺で悪かったな」



 イタチに助け起こされながらブルはにやりと笑いかけた。



「へ、てめぇのウィンドカッターをまたこの目で見れるなんて思いもしなかったぜ」



 そう言って呵々と笑うブルを見て、イタチ本人も何でこんなことしてるのだか、と柄にもない事をした自分に対し自問自答していた。そしてうっそりとこんなことを言った。



「だったらあのふにゃふにゃにでも感謝しておけ」

「あ?なんで今あいつが出てくんだよ?」



 自分でもどうしてそんなことを言ったのか不思議でならなかった。



 あるいは、もしかしたら俺はこの糞たれな運命にあのふにゃふにゃしたガキが風穴を開けてくれるのではないかと期待してるのかもしれないな、とイタチは薄ぼんやりと考えた。



 頭を振って余計な考えを振り払い、頭をがりがりと掻きながらイタチはブルに今の奇跡の原因を話した。



「ここに来る途中で冒険者に聞いたからおおよその状況は分かってる、てめぇらが見た奇跡はあのバカの起こしたもんだ」

「…真偽は?」

「今しがた領主のガキがギルドに転がり込んできた」

「ちっ、あのガキ性懲りも無くまた家から抜け出してたのか」

「で、そのクソガキ曰くあのバカがここまで護衛してくれたんだそうだ」

「くそ…あのバカ、弱いくせに無茶しやがる」



 会話をしながらも二人は攻撃の手を緩めない。ブルが集団に突貫し、彼を攻撃しようとするオークをイタチが的確に切り刻む。熟練の冒険者が見せる即席のコンビネーションの威力はすさまじく、それを見た冒険者の士気も上がり、戦況は優勢に傾きつつあった。



「だいたいあいつは今どこにいるんだ?探すとしてもあまりここを離れるわけにはいかんぞ」

「…あいつはここにいた半分を持っていった、そんな量引き連れて碌に移動なんて出来ない事くらい分かり切ってるだろうがこのデブ」

「あ゛ぁ゛?これ筋肉だっつーの!大体そんな量引き連れて生きてるわけがないだろうが!」

「…可能性の話だ」



 イタチの言葉にブルは鼻で笑った。



「ふん、万が一生きていたところで俺らに何ができるってんだ?援護しろって?え?まだこいつらを引き連れてきたボスすら見えないってのに、生きてるかどうかも分からないやつのために温存すべき力を使えと?冗談じゃない」

「ついこの間まで飲んだくれだった奴の発言とは思えないな、今までさんざん馬鹿にしてたガキに手柄を取られるぞ?」

「ふん」



 イタチの挑発を、ボアは微塵も相手にしない。



「知るか、俺は元々手柄狙いでこの町にいたんだ、倒すのは凡百のオークやその変異種じゃなく、こいつらを率いてる何某かだ、それ以外なんて知らないね」

「はん」



 今度はイタチが鼻で笑う番だった。



「もし死んでたらあいつの方に行ってたのがここに戻ってくるはずだろ?てめぇはそんなことも分かんねぇのか」

「ちっ…」



 イタチにそう指摘され、ブルはうんざりと舌打ちをした。



「ともかく、戦況が有利に傾いただけで戦闘自体はまだ終わってねぇ、あいつを探すのはここの戦闘が落ち着いてからだ」



 跳びかかってくるブル・ドックの顔面をモーニングスターで叩き潰しながら、ブルはそう結論付けた。



「異議なしだ」

「だったらさっさとこいつらを片付けるぞ!」



 そう意気み二人同時に切り込もうと一歩踏み出した瞬間、何かが大砲で発射されたかのような勢いで家屋を突き破って吹っ飛んできた。



 二人は弾かれたようにそちらに目を向け、飛んできたものを確認しようとした。



 それはたった今話していたふにゃふにゃしたそいつだった。二人は駆け寄ろうとするが、弾輝が飛んできた方向から現れたものを見て、体を硬直させた。



 新たに表れたものは2階建ての家ほどの大きさの巨大な肉塊のようなオークだった。全身が気味の悪い体液で常に濡れており、腕は無く、代わりに腕のある場所から伸び縮みする触手を()()()()()()()()()()、その先端にはオークの頭がついていた。



 まるで肉塊のような体を大木の様に太い()()()()()()()()()、放たれる威圧感はこの場の誰も圧倒する迫力を持っていた。



「……良かったな、念願のボスのお出ましだぞ」

「……ついでに探し物も見つかったな」



 イタチの皮肉にボアも同様に返すが、二人の顔に余裕は無く、諦念にも似た感情がありありと浮かんでいた。ボアの中で再燃焼していた野心の炎も、現れた怪物を前に一瞬でかき消されてしまっていた。イタチもまた同様に、諦めのに文字が頭をよぎっていた。



(あぁ…遺書書いとけばよかったな)



 もう読む人もいないのに、イタチはふとそんなことを思った。









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