二
今日は冒険者ギルドにやってきた。
金を稼ぐにはやはりここが一番なんだよね。
なおギルドに登録は誰でもできる。ギルドと売買するには登録する必要があるので、幼児か貴族でも無い限り、殆どの市民は登録しているだろう。
もちろんギルドを通さず売買も可能だが、この街の店じゃ買い取ってくれないようなものもあるので、取りあえず入っとけ、という感じである。
依頼のボードを確認していく。
これはレイ草の収集、これはキッシュカリタ草の収集、これはザインクーラの肉、これは……トレントの枝か。
……良いの無いな。
依頼ボードのものは、誰かがギルドに対し依頼をしたものだ。通常価格より高値で買い取ってくれるものが多数である。
もちろんボードにない素材なども常時買い取ってくれるので、まずは依頼ボードを見てからどうするか考えるのだ。
良さそうなのはないし、普段通り適当に森林を回ってみるか。
それにしてもこの前のあの赤いオーク、あれの討伐報酬とかが貰えれば良かったんだけどな。
でも、さすがにボスを子供がたった一人で討伐なんて普通はあり得ない。あんなものを出したら確実に、どうしたんだ、とか問い詰められる。
だから渋々あの死体は放棄した。インベントリに置いとくのも良いけど、どうせ使い道ないし邪魔になる。
だから適当に穴掘って埋めておいたのだ。
月日が経てば見つかるかもしれないけど、ボス同士の争いで負けたとか判断されるだろう。
じゃ、森林行くか。
「おいガキ、邪魔だ!」
ギルドを出ようとしたとき、ちょうどかち合ったガラの悪い冒険者に怒鳴られた。
思わずナイフが出そうになったけど、さすがにここでやるのはまずいし俺は大人なので、すっと身体を捻ってぶつからないよう通り過ぎた。
だがその冒険者はぶつかるかと思ってたのだろう、虚を突かれたように躓く。
はっはっは、さらばだ。
ダッシュでその場を離れる。背後から何か怒鳴り声が聞こえてくるが、いかんね、カルシウム足りないよ?
さてギルドを出て門まではおおよそ十五分だ。門は完全にオープンなので出入り自由、一応夜中は閉まっているけどね。
そして門から森林まで俺の足で普通に歩いて一時間。ちょっと急げば五十分とか四十五分くらいで着くだろう。
俺の他にも冒険者ご一行が何組も歩いている。
都市と森林の間は草原になっていて整備された道はないものの、大勢の人が歩いてきたのか、あちこちに踏み固められた土がある。
大体四ルートくらい。その中で一番外側にあるルートを使っている。
森林についた。他の冒険者たちが入っていっている場所からちょっと離れたところへ潜り込んでいく。
さすがに入ってすぐだと何も無い。都市には冒険者が何千といて、そんな彼らがほぼ毎日森林へと入り込んでいるのだ。
都市側に面している外縁は本当に何もない、よく生態系壊れないよな。
この何もない部分が年々広がっているなら、きっとそのうちこの大森林も人間の版図に加えられるだろう。
もしくは百年くらい前だと、この平原部分はもっと狭く森林が都市に迫っていたかもね。
ちなみに暗殺者時代の頃はまだこんな都市も無くて、帝国自体が狭い領土だったから全く知らない。
外縁に居てもめぼしいものは無いので、奥へと入り込んでいく。
徐々に高まる神経と、逆に薄まっていく気配。最も姿は消えていないので、視界に入るとばれるけどね。
あちこちから戦っている音が聞こえるが、それらは全部迂回してどんどんと奥へ行く。
気がついた時にはかなり奥まで入っていた。けれど何もいない。
森林の中では方向感覚が狂う。
そのため目印代わりに木の一部を剣で傷つけたり、目立つものを置いたりするのが普通なんだけど、外縁付近だとそれがあちこちにあって、もう何が何だか分からない状態だ。
だから俺はそんな事はせず、迷ったら木のてっぺんに登って確認を取るようにしている。
本気で迷えばマーキングしている場所へ空間移動すればいいからね。
っと、何かの足音が複数聞こえてきた。がさごそと落ち葉を踏んでいる。
自分の背後に空間の亀裂を作りそこへ入り込んで、覗き穴だけ空けて閉じる。
達人や気配に敏感な奴だと、これでも気がつかれる。
しかしこの状態、外から見たらたぶん目だけぎょろりと浮いている感じなんだよね、軽くホラーだ。
目だけぎょろり状態で空間を上に移動させ、静かに待つ。
さて、何がくるのか。
あー、コボルトが3匹か。
狩ったところで美味しくないんだよな、報酬的に。
こいつらの素材なんて使える部分はないし、討伐したという証明になる爪を持って行けば、一応一匹当たり銅貨一枚にはなる。
でも銅貨一枚なんてせいぜいパン一個買えるか買えないか、だ。
孤児の子供にとっては命綱の値段だけど、孤児院全体としての収入を考えれば、部位を取る時間が勿体ない。
ここはスルーだな。
ふよふよと漂いながら、更に奥へと移動する。
そうして二時間ばかりした頃だ。
今日は碌なモノに遭遇しない。
コボルト、コボルト、コボルトだ。
この辺ってコボルトの縄張りなのかな。そういやちょっと前に倒したボスもこの辺だったっけ? 大抵いつも同じところから入るからな。
となるとあのボスの縄張りをコボルトが奪い取ったのか。
コボルトはこの森林では弱者に位置する、狩られる側だ。よく奪えたね。
それか強力な個体でもいるのかな。
ちょっと気になるし、覗いてみるか。
ちょうど遭遇したコボルトの後をちょっと上からふよふよと着いて行く。
適当に何かの草とか木の芽、根っことかを採りながら、何かの円に沿うように移動している。縄張りって事か。
しかしこいつらって雑食なのか。そりゃそうか、肉食だと他の動物やら魔物を狩らなきゃいけないし、弱者にとってそれは厳しいからな。
後を着いていって三十分ほど、ようやく集落っぽい場所に到着した。
集落とは言っても木が生えていない場所に集まっているだけなんだけどさ。
ここからぱっと見る限り、集落にいる数は二十匹程度。狩りへ出かけているものも含めれば倍の四十匹くらいか。
でも強力な個体はいなさそう、ならば放置でいいかな。
と、その場を離れようとしたときだ。
「や、やめて、あなたたち離しなさいっ!!」
コボルト四匹に捕まって、引きずられている人間を見つけてしまった。
あ、これめんどくさい奴だ。
どうしようかな。
うーん、と捕まっている人間を見る。
成人したてくらいの女性で、紺色の髪と青い目、かなり整っている顔立ち、身長はコボルトたちよりかなり大きく見えるが、多分百五十センチくらいかな?
で、問題は彼女の格好がどこぞの貴族に仕えているメイドっぽい服だったのだ。
冒険者なら見捨てていた、だって自己責任だし。
しかし一般人なら見捨てるのも、後ろ髪を引かれる。
でもさ、なんで一般人がこんな森林に来ているんだ? 何かしらの事情はあると思うけど、成人したてくらいの女の子が一人で、コボルト達に捕まるような場所まで来られるのもおかしい。
護衛か何かがいて、そいつらがやられて、彼女だけが捕まったとかかな?
さて、どうしよう。
物語のヒーローなら問答無用で助けていただろうけど、コボルトたちの数は今四匹増えて二十五匹くらいだ。
正面からまともに戦えば押し切られる。いやまぁ重力魔法使えば勝てると思うけど。
でもその場合、彼女に見られるということだ。
異空間へ隠せばいいんだけど、生憎これは本人か、もしくは無機質や有機質でも死体などしか入れられないのだ。転移も同じ。
悩んでいると、やがて彼女はロープでぐるぐる巻きにされ、集落の中央に置かれた。周りには武器を携えたコボルトたち。
あ、これ(物理的に)おいしく頂かれるパターンだな。
オークならともかくゴブリンやコボルトは他種族の女性を犯す事はしないからね。
こいつらも久々の肉なのか、きゃいきゃい騒いでいる。
ま、見てしまった物は仕方無い。
隠れて姿を見せないようにすれば良いか。
♪ ♪ ♪
絶望した。
周囲には今にも自分を刺そうと、武器を構えているコボルトたち。
更に祭り気分なのか、武器を持っていないコボルトたちは騒いでいる。
――どうしてこんな目に……。
彼女、アイラリューン=ベルケックは第三皇女に仕える貴族だ。
十才を超えた頃から見習いとして皇女のお付きとなり、成人後改めて正式に側近の一人となった。
元々彼女の家であるベルケック伯爵家は宮廷貴族(土地を持っていない貴族)であり、宰相を勤めるバウリンド侯爵家の側近として働いていた。
ところが第三皇女にもそろそろ自分の側近を用意しよう、という話が出て、ちょうど皇女と似た年齢だった自分に的があたった。
それから五年、正式に側近となった時に一つの話が出た。それがバッカーニ辺境伯家の領都カルファへの御幸だ。
ここは年中大森林から得られる魔物などの素材を扱っていて、帝国でも重要な都市の一つである。
御幸の目的は成人間近の皇女に対し、大森林の視察という実績を作るためである。当然皇女自ら大森林へ行くわけではなく、代理として側近の誰かを連れて行く事となっていた。
もちろん皇女の側近もほぼ貴族であり、危険性を考慮し大森林でも危険度の低い外縁部分を視察する事となった。
護衛の皇族直属の騎士三名と、腕利きの冒険者七名、そして視察メンバー二名を加えた大所帯だ。
その視察メンバーの一人となってしまったアイラリューン。
入り込んだ最初は怖かったものの、数分もすれば何の変哲もないただの森の中であり、噂に聞く大森林とやらもこの程度なのか、と思った時だ。
騎士の一人がそろそろ入って十分近く経つし、戻ろうという話が出てきた。
十分、とはいえ森の中をおそるおそる警戒しながらなので、実際に入り込んだ距離はたかが知れている。
正直、護衛に付いた冒険者たちにすれば入ったとは言えないようなレベルだが、取りあえず一歩でも森林に入ればこの仕事は達成となる。たったこれだけでかなりの額が貰えるのだ。
非常においしい仕事と言えよう。
さっさと帰って貰った金で一杯やるか、そう冒険者の一人が思った時だった。
見張り役の冒険者の一人が声を出した。
「バイグラルード一匹! 来るぞ!」
バイグラルードはイノシシの魔物である。
突進力は凄まじく正面から止めることは難しいが、避けつつじわじわとダメージを与えていけば、腕利きの冒険者なら差ほど倒すのは難しくない相手だ。
慣れれば、馬鹿みたいに体力があるので時間はかかるが、怪我一つ負わずに倒せる。
しかし今回、その突進力が問題だった。
護衛対象へ突進されれば、まるでボーリングのピンのように吹き飛ばされるだろう。だがバイグラルードを止める事は難しく、誘導する必要がある。
騎士はあくまで対人がメインであり、森林の魔物相手では盾になることくらいしか出来ない。しかもバイグラルード相手では盾も護衛対象もまるごと吹き飛ばされる。
こうして冒険者の一人が騎士と護衛対象を遠くへ連れて行き、残りでバイグラルードを倒す事になった。
そして更に不幸は重なる。
バイグラルード相手なら怪我することは滅多にないので、神官の彼を案内役としたのだ。
ここから森の外までは急げば徒歩五分とかからないので、後衛職の神官でも大丈夫だろうと判断したのだが、不意にヘイルパーサントという蛇の魔物に奇襲され、神官が毒を受け倒れてしまったのだ。
騎士の一人が蛇を倒そうと躍起になっている間、更にもう一匹のヘイルパーサントが姿を現した。そちらへもう一人の騎士が向かい、残った騎士一名と護衛対象者は敵を押さえて居る間に進むことにした。
だが騎士と護衛対象、どちらも森には詳しくない。入り込んで数分の場所だが、周りは木々だらけで視界が悪く、あっという間に迷子となったのだ。
そこから、来る時には一度も見かけなかった動物やら魔物たちと遭遇し、徐々にばらけていき、最終的にアイラリューンはコボルトたちに捕まってしまったのだ。
騎士たちももう一人の護衛対象もどうなったのか分からない。
そして自分もコボルトたちに食べられるだろう。
目を塞ぎ、神に祈りをしようとしたときだ。
ぐぎゃ!!
コボルトたちの悲鳴が次々とあがっていった。
何事かと目を開くと、何もないところから剣が突然飛び出し、コボルトたちを殺しまくっていたからだ。
真っ赤に染まっていく大地。そして血の臭いが辺りを充満していく。
生まれてから一度も戦いを見たことのないアイラリューンは、飛び散る血とコボルトたちの死体に耐えられず、とうとう気絶してしまった。