残念ですが、バッドエンドです。
その瞬間、腕に痛みがはしった。
ルーメリア学園、大広間。只今卒業パーティーが開かれているそこの中央で、私は押さえつけられている。
ステージ上には、我が婚約者である金髪碧眼の第二王子が冷たい目つきでこちらを睨んでいる。その肩にしなだれかかるようにして怯えるピンクボブの男爵令嬢。後ろには明るい将来が約束された王子の側近たちが並んでいた。
ついに…か。
感情を押し殺す。銀の髪、紫の瞳。無駄に整った勝気そうな見た目を利用し高飛車に告げる。
「あら、殿下。一体どうされましたの?淑女をこのような場に押さえつけるなど紳士のなさることではないのでは?」
「黙れ、そのような態度も今日で終わりだ」
「キャロライナ・クラレット!私、エルヴィンは貴様との婚約を破棄し、愛しいリズベスと婚約を結ぶ!」
ーーああ、やっと。
私は知らず知らずのうちに微笑んでいた。
少し、過去の話をしよう。
私はキャロライナ・クラレット。由緒正しきクラレット侯爵家の娘で、第二王子であるエルヴィン殿下の婚約者。
そして、前世の記憶がある。
とは言っても、本当に微かしか覚えていないのだけれど。その中で私は、悪役令嬢という立場だった。
ヒロインはこの国では珍しい光魔法を使うことができた。そこを見込まれ男爵家に引き取られる。そして魔法を学ぶため学園に通うこととなり、そこでヒロインは見目麗しい様々な男性と出会い、その優しい心根で彼らの傷を癒していくのだ。
ちなみに、逆ハールートもある。国どうなったんだ的なツッコミは無視。ああ、なんてヒロインに優しい世界。
ゲームの『私』はとても不憫だ。嫌味や陰口くらいで断罪&修道院行き。一生独り身、趣味もままならない。常識的な忠告をしただけで。
本当に、なんてヒロインに優しい世界。記憶を取り戻した直後、私は世界を呪った。
そんな私に転機が訪れたのは齢5歳のとき。
王宮の茶会で私が第二王子殿下の婚約者に選ばれた。
「はじめまして。キャロライナ・クラレットと申します」
「こんにちは、キャロライナ。僕はエルヴィン・ファン・ルーメリア。僕のことは名前で呼んでよ」
太陽の光を束ねたかのようにキラキラと光る金色の髪、澄んだ青い瞳。まるで理想の王子の化身のような男の子がそこにはいた。
完璧な、完璧な、王子様。
私は素直に喜べなかった。だって、曲がりなりとも最後には自分を殺す相手だから。国の義務は守るけれど、私は王子と必要以上の接触はしなかった。
それは、相手も同じ。
「今日は騎士の訓練を見学してきたんだ」
「まあ、そうなんですの」
半月に一回ほど、茶会を開いては情報交換。パーティーのときはどちらも笑みを浮かべ『仲の良い婚約者同士』を演じた。
そうして会話を重ねることで、わかってしまったのだ。
ーー殿下が****であることに。
むしろ私にとってそれは好都合だった。彼にゲームにない差異が生じたのだ。それがあれば、ここが完全にゲームの世界だと言いきることはできない。
私は念の為他の攻略対象達も調べた。私の望んだ通りの結果だった。そのときは嬉しくて、思わずバタバタベッドの上を転げ回ったりしたけれど。執事から怒られたのは、いい思い出。
そして、ヒロインが入学してきた。
ふわふわピンクボブに翡翠色の大きな目。庇護欲そそる小動物系の美少女。つり目に縦ロールのキツめ美人のキャロライナとは大違いだ。
人の気持ちまでは操作できないと思っていたのだけど、納得。さすがはヒロイン。あっという間にみんなを虜にした。彼女の優しい言葉に救われ、崇拝する生徒も少なくない。特にーー
次期宰相である宰相の息子。
強力な魔法の使い手の魔術師団長の息子。
才気溢れる騎士団長の息子。
養子ながらも優秀な公爵家子息。
そしてーー婚約者の、第二王子殿下。
彼女は彼らの傷を癒したらしい。酷く心酔した様子で彼女を取り囲んでいる。挙げ句高い贈り物やら秘密の漏洩…正直ここまでは予想していなかった。
何度か苦言は呈させてもらった。ヒロインさんだけでなく、ちゃんと彼らにも。
でもここからが問題だった。
「あの、リズベス様…」
「ひどい!どうしてそんなこと言うの!!」
「リズベス!大丈夫か!?」
ヒロインは私が軽く常識を説くだけで泣き出す。そして駆けつけた攻略対象に泣きたくのだ。何、私が悪いの?ただ偉い方々はファーストネームで呼ぶなとか言っただけなのに?まじか。
攻略対象達はもっとひどい。忠告したら騎士団長子息には首元に剣を突きつけられた。他の人たちも似たり寄ったり。
生きた心地がしなかった。本当に。
それでも、頑張ってきた。国の義務と責任を背負って、第二王子の婚約者として動いた。
出来る限り婚約者として、努力してきた、つもりだ。
ああ、でも。
その努力は実を結ばなかったのねーー
学園の大広間。さんさんとシャンデリアから虹色の光が降り注ぐ。目の前には義務も責任も置いてきた愚かな愚かな王子様。
私は私を押さえつけていた腕を払い、
「そうですか。承りました」
ニッコリと笑った。
リズベスが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。いや、実際勝ったと思っているのだろう。
「ざまぁ、悪役令嬢!!」
そう、口を動かしているのが見える。
ーー彼女は、気づいていない。
取り囲む彼らの瞳が、どろりと濁っていることを。
彼らが、必要以上に刃物を持つ訳を。
彼らが、欲望の為なら手段を選ばないことを。
私がこの世界で見つけた差異。
ーー彼らが、度を超えて狂ったヤンデレであること。
「お二人の婚約、心から祝福致しますわ。それでは、失礼させていただきます」
ヒロインさん、私あなたのことずっと嫌いだったの。みんなに愛される、明るくて優しい少女。前世の記憶を取り戻してから、この学園で初めて会ってからも、ずうっとね。
だからと言って、問答無用であなたを彼らに押し付けるのは悪いでしょう?人の気持ちはわからないし、あなたがどう動くか静観することにしたの。
まぁ、あなたの言葉、聞いちゃったんだけど。
『きゃ〜っ!せっかくリズベスに転生したんだから逆ハールート一択よね!エルヴィンもウィクリフもジークルートもみーんなカッコいいし!!あ〜ん、誰を最初に攻略しようか迷っちゃうなぁ♪でも、悪役令嬢は潰すけど。可愛い子はあたし一人で十分よね!!』
彼女が思ったよりはるかに電波脳で助かった。良心もいたまなかったし。
あなたは彼らを手に入れられる。
私は王子から解放される。
素敵でしょう?
実は、この断罪パーティー前に、婚約はなくなっている。いや、白紙撤回というべきか。
『すまないな』
いつもの事務的な王子の言葉に私も同じように返す。
『いいえ。両陛下にも許可は取られているようですし』
時は断罪パーティーの前日。放課後の生徒会室にて、上等な紅茶をすすりながらの会話は、少し前まで婚約者同士だったとは思えないほど冷え切っている。
簡単な話だが、婚約は国同士の契約なのだから陛下の許可を取らなければ反逆罪である。そこはこの王子といえどもわかっていたようだ。
『可愛い僕のリズベスが、断罪パーティーをしたいそうでね。君にも一芝居打ってもらいたいんだ』
『あらあら、茶番ですこと。それでわたくしになんのメリットが?』
『そうだな…君の望む人との結婚を認めるというのはどうだい?』
『…まあ、バレてましたの』
つまらないわ、とこぼせば相手は感情の読み取れない笑顔を返す。この人は昔からこうだ。
『彼女を随分と愛しておりますのね』
『当然だよ、僕の唯一だからね』
『でも彼女を正妃にすることはないのでしょう?ひどい人ね』
『心外だな。大切だから隠しておくんだよ。幸い、協力者もたくさんいる。僕だけのリズベスにならないのは辛いけど、いなくなるよりマシだしね』
彼はこういう人だ。残酷なほどに現実を見ている。両陛下も彼のそういう部分を理解して婚約の撤回を認めたのだろう。きっと将来近くの王女でも娶って正妃に据え置くはずだ。大切な彼女は側妃として、一生日の目を見ることはない。
『それでは、殿下』
『さよなら、クラレット嬢』
そして、今日。
ーー茶番は終わった。
「それでは皆さん、また」
微笑みを保って歩き出す。つい先ほどの寸劇など無かったかのように。堂々と、胸を張って。
そうして広間を出て中庭に向かいーー目的の人物を見つけて、飛びつく。
「クラウス!」
真っ黒い髪と瞳、すらりと細身の身体。黒い服で身を包み、目を離したら闇に溶けてしまいそうないでたちの彼は、困ったように微笑んだ。
「お嬢様」
「まだそんな他人行儀な呼び方をしてるの?」
「ハァ、わかりました…キャロ。これでいいだろ?」
「ええ」
クラウス。私が5歳のときに出会った転機と呼ぶ人物。
それは珍しくもないスラムの一角。たまたま私が視察にやってきた通りに彼は倒れていた。
まさしく、一目惚れだった。
綺麗な黒い髪、黒い瞳。服は所々汚れていたけれど、ビリビリっと身体に電気が走ったみたいな衝撃だった。
それから私は破滅より王子との婚約をどうするかで頭を悩ませた。そして、王子がヤンデレだということを突き止めた。
きっと彼らは彼女を手放さない。その後始末が私に回ってこなければ、あとはどうでもいい話だ。
彼を公爵家の執事として雇い入れた。こういう行動をしている時点で私もかなりあの王子に毒されていたのかもしれない。まあ、別にいいか。
「クラウス、許可を貰ってきたわ。契約書にもサインしてある。あなたの条件、しっかりクリアしたわよ」
「…はい。確かに確認しました。っていっても、よく他国の貴族と結婚しようと思ったな」
「だって、好きになっちゃったんだもの」
「はいはい」
手を繋ぐ。いつものお嬢様と執事の距離ではなく、恋人の距離で。
「ほら、帰るぞ」
「ええ!」
ヒロインさん。私はずっと結ばれたかった人と結婚することになったのよ。あなたの望みの逆ハー生活はどう?
彼らはすぐに手を出すヤンデレだから簡単に手足はなくなっちゃうんじゃないかしら?昨日、王子から聞いたわ。叫んでも声が届かない牢屋が地下室にあるんですって。今夜は卒業パーティーで大盛り上がりだから一人くらい消えても誰も気づかないわよね。
どっちにしろ、あなたにとってバッドエンドなことは変わりないでしょうけど。
《登場人物》
キャロライナ
…悪役令嬢。愛称はキャロ。クラウスに恋に落ち、なんとかして婚約破棄できないか奮闘していた。ちなみに、もし婚約破棄できなくても、お飾りの妻として役目は果たしていただろう。
クラウス
…実は他国の貴族だった人。スラムにて襲われたところをキャロに助けられる。その頃からキャロのことが好きだった。今はぶっきらぼうだがそのうち溺愛系になると思う。
リズベス
…ヒロイン。ヤンデレに気づかず逆ハーしちゃったある意味かわいそうな人物。たぶん今頃腕の一本二本は飛んでいる。
攻略対象たち
…ヤンデレ。ただ『相手を傷つけない』タイプではなく『逃がさないためならどんなことでもする』みたいなタイプなのでヒロインの精神崩壊の日は近い。