やり込んでいたハクスラゲーのサービス終了が決まったので、これからは現実をやり込むことにする
最近音に聞く「ハクスラゲー」というものが何なのか、ちゃんとした意味を知らない人も多いのではないだろうか。
ゲームをしなくてCMだけ見たことがあるという人も、普段からゲームを嗜んでいる人も――あるいは実際に「ハクスラゲー」をプレイしている人でさえ、意味は知らないままやっていたりするのかもしれない。
ハクスラゲーの後半二音は、言うまでもなく「ゲーム」のことだ。
なら前半の「ハクスラ」は何かと言えば、正式名称は「ハックアンドスラッシュ」となる。「ハック」は……なんて細かい説明は誰も求めていないだろう、そもそも今時はネットで調べた方が早くて正確だ。噛み砕いて言ってしまえば、ハクスラゲーとは「ストーリー性は二の次で、ひたすら敵と戦うゲーム」となる。まあ、俺なりの解釈も多分に含んでいるとは思うが。
ただ戦うだけのゲームが面白いのか? ハクスラゲーの説明を聞いて、そんな疑問を持つ人も多いだろうが……少なくとも俺は面白い。戦うだけとは言っても本当にそれだけではなく、多くの場合はダンジョン探索をして強い装備を手に入れたりして、どんどんキャラが強くなっていくという要素がある。
つまるところハクスラゲーというのは、ストーリーなどの「余分な要素」を排して、純粋に戦いやキャラを強くすることを楽しむゲームなのだ。
さて、俺がこうやってハクスラゲーについて語っているのは何故かと言えば、それは俺がそういうゲームが大好きということに他ならない。
俺は四年前――小学六年生の頃にとあるハクスラゲーに出会ってから、高校一年の現在までずっとそのゲームを遊んでいる。同級生が狩りに行ったりモンスターを捕まえるのに夢中になっている間も、脇目も振らず同じゲームを続けていた。
もちろん何も変化のないゲームを継続していたわけではなく、途中でアップデートを繰り返して様々な要素が追加されている。一年前に実施された大型アップデートのコンテンツも遊び切れていないし、きっとこのゲームが俺の青春そのものになるんだろう。
今日この日まで、俺はずっとそう信じていた――。
「バカな……サービス終了だって……!?」
自室のPCの前で、俺――宮原 陽太郎は一人呟きを漏らした。
発した声が震えているのが、自分でも良く分かる。
目の前の画面に表示されているのは、俺がよく閲覧しているニュースサイトの見出しだ。
そこには俺がこれからも青春を費やすのだと信じて疑わなかったゲームが、近々サービス終了を迎えるという情報が書かれていた。
「な、何かの間違いじゃ……!」
あまりに突然の話で現実感がない。
焦りのあまりガタガタと震えるカーソルで見出しをクリックすると、ニュースの詳細が書かれたページにジャンプする。そして中身を精読していくと……。
「ほ、本当にサービス終了するのか……? なんてこった……」
単なるデマであってほしいという俺の期待は裏切られ、そこに載せられていたのはゲームの運営会社が公式にサービス終了を発表したという内容だった。念のため運営の公式サイトや他の情報サイトも読み漁ってみるが、信じ難い現実がより強固に塗り固められただけだった。
俺が愛して止まなかった青春のゲームは、もうすぐ終わりを迎えてしまうのだ。
色々と情報を漁っていけば、実は一年前の大型アップデートが最後の大幅な拡張だという噂が出ていた。思い返してみれば俺も去年はそんな噂を目にしていたが、単なるいい加減な噂だろうと一笑に付していた記憶がある。
しかし実際はその噂が事実であり、一部のプレイヤーはすでに引退を始めていた。
俺も引退者が増えているのは知っていたが、そもそも俺がこのゲームを始めたの自体がサービス開始からしばらく経った後だ。古いゲームなら新規より引退者が多くなるのは当然だと思っていたので、特に違和感は覚えていなかった。
「……そうだ! 『アイツ』は、このこと知ってるのか?」
危うく現実逃避のために放心状態を続けるところだった俺だが、大事なことを思い出して件のゲームを起動した。
そしてキャラを選択し、プレイを開始する。
選択画面で愛用のキャラを見た際、「コイツとも、もうすぐおさらばなんだな……」と強い寂寥感に襲われたが、今はそれに浸っている場合ではない。
俺はいつものキャラを操作して、いつも通っている「溜まり場」へと移動した。
果たして、そこには見慣れた女性キャラの姿があった。
『あ、やっと来た! 遅かったじゃない!』
いきなり不躾なことを言ってきた――書いてきたのは、俺がよくパーティーを組んでいるプレイヤーであるクレインさんだ。
このゲームは一人でも楽しめる作りになっているが、昨今の流行に逆らわず協力プレイも出来る。あくまでハクスラなので、ギルドやらのシステムが充実しているわけじゃなく、一緒にダンジョンを攻略したりアイテムをトレードする程度しか出来ないけどな。
俺がこのゲームを始めてしばらくした頃、偶然出会った初心者がこのクレインさんだ。
その頃の俺は独り立ちしていたものの、最初の頃はベテランさんの世話になったことがあるので、彼女(と言っても現実の性別は知らないが)が一人前になれるよう、気前よく手を貸してやった。
すでに一人前と言っていいステータスと実力を身に付けたクレインさんだが、こうして今もパーティーを組んでプレイしている。
『フリン! アンタ、アレ見た!? サービス終了って』
『見たよ……信じらんねえ』
どうやらクレインさんも、あのニュースを知ってしまったようだ。
彼女も俺と同じく、仲間である俺とそのことについて話したくて、急いでログインしていたのかもしれない。
ちなみに「フリン」というのは、俺の愛用キャラの名前だ。由来は俺がプリンが好きだからというアホなものだが、名前の響きとしてはダサ過ぎず格好付け過ぎという感じなので気に入っている。
『前に噂が出てたけど、デマだとばっかり思ってた』
『俺もだよ……』
『アンタ、どうすんの? これから』
『これから?』
二人でサービス終了を嘆こうと思っていたのだが、クレインさんから現実的な質問を叩きつけられて、気勢を削がれてしまった。
とはいえテキスト越しにそんな感情が伝わるわけもなく、クレインさんのメッセージは続いていく。
『そうよ、だってこのゲーム、もうすぐ終わるんでしょ? そしたらアンタはどうすんの? 別のゲームやるわけ?』
『別のゲームか……』
クレインさんに言われて、しばし考え込む。
俺はこのゲームに青春を捧げるつもりだった。実際、中学時代の俺は外で碌に遊ぶこともせず、紛れもなく「陰キャ」と呼ばれる部類の人間だろう。陽太郎なのに陰キャとは、お笑い種で……いや、笑えねえな。
とにかく俺が陰キャなのは中学時代どころか高校生になった今でも同じで、そのことを特に嫌だと思ったこともなかった。
他の同級生――昔はよく遊んでいた幼馴染も含めたアイツらが友達同士で楽しむ中、俺は自らの意思でこのゲームを楽しんできたのだ。結果として友達も碌にいない陰キャになろうと、俺は後悔なんてしていない。
しかし、そんな青春のゲームは、間もなく終わりを迎えてしまう。
そうなったら俺は、一体何をすればいいんだろうか……?
それに今プレイしているゲームだって、数日の間に終わるわけではない。
公式が発表したサービス終了の日程は、今日から数か月後だった。
しかし……俺はどうしても、今までのようなモチベーションが湧いてこない。
遠からず終了してしまうゲームに時間を費やすのは、果たして正解なのだろうかという疑問が、俺の中に生まれていた。
最後まで見届けるのが今まで世話になった礼というのも分かるが、このゲームはハクスラゲーなのだ。突き詰めていくと、感情を殺して同じ行動を繰り返すようなゲームである。
そんなゲームを終わりが決まっている状態で心から楽しむのは、流石の俺でも不可能に思えた。
『多分このゲームはもうすぐ引退するよ』
俺は自分の中に浮かんだ「引退」という思いを、テキストボックスに打ち込む。
すると意外なほどに「心残り」というものは感じなかった。
やはり好きなゲームとはいえ、サービス終了までハクスラを続けるのは心が持たないと、頭の中の冷静な部分で理解していたのだろう。
『まあそうよね……その後は? 新しいゲーム始めるの?』
『新しいゲームね……まだ決まんねえな。大して時間が経たずにまた終了するようだと、時間が勿体なく感じそうだし』
俺は他の有名タイトルを思い浮かべながら、そんな風に書き込んだ。
今の時代、ハクスラを名乗るゲームは多い――というか、多過ぎる。
その中から今のゲームと同じようにハマれるゲームを探すのは大変だろうし、何よりまたサービスが終了する危険性も考慮する必要がある。
だったら据え置きのゲームをやればいいんだが、それだってアップデートが終了してしまえば変化がなくなって、いつかは飽きていくのだろう。
四年間というのは、本当の廃人プレイヤーからしたら大した時間じゃないかもしれないが、俺にとっては結構な時間を費やしたつもりだ。
今回のように、費やしてきた時間がムダになってしまうような思いは、もう嫌だ。
だから――絶対に終わることのないゲームが、どこかにないだろうか?
『そっか……次のゲームが決まったら、また教えなさいよ』
『OK、そうするよ』
クレインさんのメッセージに、短く答えを返した。
きっと彼女は、引退する俺を送り出そうとしてくれているのだろう。
ゲームの中で培ってきた彼女との友情も遠からず終わってしまうのだと思うと、どうしようもなく寂しさが湧いてくるが、俺にはサービス終了を撤回させるような力なんてない。
そんな無力さの中で、やはりダンジョンに挑戦する気にはなれず、クレインさんに別れを告げて今日のプレイは終了した。
翌朝、俺は憂鬱な気持ちのまま家を出た。
ずっとやり込んでいたゲームが終了するからといって、日常が終わるわけではない。鍛えられ過ぎた廃人はロスに陥って会社を休んだりするとも聞くが、流石に俺はそこまでの領域には達していないようだ。
学校へ向かう道を気乗りしないまま、トボトボと歩く。……よく考えたら、サービス終了が発表される前から、登校中はこんな感じだったな。「この時間があったら、もっとやり込めるのに」なんて、いつも考えながら歩いていたような気がする。
でも、そんなことを考えながら歩く日々も、もうすぐ終わってしまうのだ。
「陽太郎」
俺が再びメランコリーに陥りかけていると、不意に名前を呼ばれた。
誰だろう……なんて考えるまでもなく、陰キャの俺を下の名前で呼ぶ人間なんて家族かコイツしかいない。
振り向いてみれば思った通り、派手だが整った顔立ちの女子高生がいた。
「夜鶴か……」
「おはよ。相変わらず、しょぼくれた顔してるわね」
この憎まれ口を叩いてきた女子こそ、俺の同い年の幼馴染・霧島 夜鶴だ。
昔から見た目は整っているヤツではあったが、中学あたりからどんどん垢抜けて、今ではちょっとギャルっぽい感じになっていた。
髪は明るい茶色に染められていて、背中の真ん中あたりまで伸ばされている。癖がついているのはパーマではなく天然だと知っているのは、昔からよく知る幼馴染ならではといったところか。
身長も大体俺と同じペースで伸びているので、女子にしては割と高めだ。俺が男子の平均とほぼ同じ身長なので、そこまで大きいわけでもないが。……そろそろ向こうが打ち止めになって、俺の方が大きくなると信じたいところだ。
スタイルも良く、スマートだが出るところは出ている。性格も明るく社交的なので、俺とは真逆の陽キャと言っていいだろう。夜鶴なのにな。
陽キャで可愛い夜鶴は当然、クラスでも人気者だ。
なので陰キャの俺とは接点などない……はずなのだが、幼馴染のよしみなのか、こうして挨拶くらいはしてくれる。流石に登下校も一緒というわけではなく、家が同じ方向なので今のように偶然タイミングが合った時に声をかけるくらいだが。
「ああ、おはよう……。顔のことは放っておいてくれ。こっちはお前みたいに、元が良いわけじゃないんだ」
「んっ……!? な、何言ってんのよ、アンタ……」
「あん? 俺の細工が大して良くないのは事実だろ?」
自分で言っていて悲しくなるが、現実から目を逸らすのはゲームだけで十分だ。
まあ良くないとは言っても美人な幼馴染と比較しての話で、別にそこまでアレなわけでもないとは思うんだが……うん、そのはずだ。ゲームに没頭しているせいで目付きが良くないので、陰気な眼鏡くんに見える可能性は否定しないが。
俺が自分の容姿を客観的に評価して少し悲しい気持ちになっていると、夜鶴はこれ見よがしに大きな溜め息を吐いた。
「アンタね……元が良かろうが悪かろうが、努力しないとダメに決まってるでしょ」
「努力?」
「そ、肌のケアとかね。私だって、色々やってるわよ。ゲームばっかやってて、現実を疎かにしてるアンタと違ってね」
夜鶴は俺がゲームにハマっていることを知っている。
というか俺と夜鶴が疎遠になったこと自体、そもそも俺がゲームにのめり込んで付き合いが悪くなったのが原因だ。昔は登下校も一緒だったし、放課後や休日も良く遊ぶような仲だった。
それにしても、これだけ美人の夜鶴でも色々と手入れはしてるんだな。
むしろ手入れを欠かさないからこそ、この容姿を保っていられるということか。
幼馴染なのに差が付いたなんて思っていたが、俺がゲームに費やしていた時間を自分磨きに充てていたのなら、それも当然の結果なのかもしれない。俺がゲームキャラのステータスを上げていたように、夜鶴も自分の容姿というステータスを上げていたんだろう。
「ま、まあ……私は別に、アンタの顔はそこまで悪いとは思わないけど……」
「ハイハイ、フォローどうも」
優しい幼馴染の言葉に感動して、つい素っ気ない返事をしてしまった。
人並み以上に可愛いコイツに、そんなこと言われてもな……。悪くないって言っても、平均よりちょい下とかだろ? 素直に喜べねえよ。
気のない返事が気に入らなかったらしく、夜鶴は不機嫌な顔で俺を睨み付けてきた。美人だけど目付きは鋭いから、結構怖いんだよな……。
「ハァ……そういえば、アンタのやってるゲーム、もうすぐ終わるんですって?」
夜鶴は再び溜め息を吐いた後、仕切り直すように別の話題を持ち出してきた。
話題を変えるのは俺も助かるんだが、出てきたのが俺のやっているゲームのことだったので、少し驚いてしまう。
俺が昨日知った情報を、プレイヤーでもない夜鶴がもう知ってるのか……?
「あん? なんでお前がそんなの知ってんだ?」
「た、たまたま見たのよ。スマホ弄ってたら、見覚えのある名前が載ってたから……!」
「ああ、そういうことね」
俺がゲームにハマりたての頃、夜鶴に対して興奮気味に語った覚えがある。
その時に言ったタイトルを覚えていたのだろう。物覚えの良いヤツだ。
「アンタ、小六の時からずっとやってたでしょ。アレが終わったら、どうすんの?」
「ああ、そうだなあ……」
昨夜、クレインさんから尋ねられたのと同じことを、夜鶴にも聞かれた。
しかし一晩くらいで身の振り方が決まるわけもなく、俺は今も悩み続けている。
ゲームは好きだ。好きなんだが、一つの作品を集中してやり込んで来たせいで、どうにも「じゃあ他のゲームを」という気分になれない。
今までやっていたゲームへの愛着だけでなく、昨日も考えた通りゲームが終わってしまう可能性を考えると億劫になるというのも、理由の一つだ。
それこそ、ずっと終わらない……青春どころか人生を捧げられるゲームでもあれば、話は別なんだが……。
――んん?
なんか今、めちゃくちゃ核心に迫るヒントがあったような……。
終わらないゲーム……人生を捧げられる……。
パズルのピースが繋がるような感覚を覚える中、最後にさっき夜鶴が言った言葉が脳裏に浮かび上がった。
『ゲームばっかやってて、現実を疎かにしてるアンタと違ってね』
――これだ!
俺は天啓を得たような気分になった。
行く手に掛かっていた霧が晴れたような感覚に、思わずガッツポーズを決めてしまう。
そんな俺を見て、夜鶴は目を丸くして驚いていた。
「な、何よ……いきなり変なポーズして」
「変なポーズって何だよ。普通にガッツポーズだろうが」
いつもの憎まれ口に反論する俺だが、実際のところ大して気を悪くしていない。
やるべきことが定まったので、やたらとすっきりした気分だ。
俺のそんな心境を読み取ったのか、夜鶴は訝しげな顔をする。疎遠気味とはいえ、流石は幼馴染といったところだな。
「なんか、すっきりした顔してるけど……もしかして、次にやるゲームでも決まったわけ?」
「ああ、まあな」
「へえー? じゃあ、ちょっと教えなさいよ。私が知ってるヤツかもしれないし」
「んんー……悪い、教えられねえわ」
興味本位なのか、俺が次にやるゲームを知りたがる夜鶴だが、残念ながら教えられない。
言ったらバカにされるかもしれないからな……。
しかし夜鶴は、俺が意地悪か何かで教えないのだと思ったらしく、あからさまに機嫌を悪くしている。
「ハァ? なんでよ、ちょっと教えてくれたっていいじゃない」
「いや、そういうわけじゃねえけど……あ、もう学校着くぞ! 一緒に教室行ったら目立つから、こっから別行動な!」
「あっ! ちょっと陽太郎!?」
しつこく追及を受けそうな雰囲気だったが、気付けば学校が目前にあったので、これ幸いとばかりに小走りで夜鶴と距離を取った。
対極的な陰キャと陽キャである俺たちが一緒にいると、俺はともかく夜鶴の方があまり面白いことにならないだろう。クラスの中では、俺と夜鶴が幼馴染だって知られてないしな。
夜鶴の方もそれは理解しているので、一度名前を呼んだ後は俺を追いかけようとはしなかった。
そして、その日の学校生活は特に何事もなく、いつも通り帰宅したのだった。
「これだよ……俺が次にやり込むべきゲーム……」
自宅に帰って夕飯や風呂などの諸々を済ませた俺は、自室のベッドに寝転がって考えをまとめていた。
俺がやり込むべきゲーム。人生を捧げるに値するゲーム。
それは――現実そのものだ。
俺は今までずっと一つのゲームに集中してきたつもりだったが、考えてみれば一日二十四時間のうちの大半は日常生活に費やしてきた。
これは、あまりに非効率というものではないだろうか?
複数のゲームを同時進行しようとすれば、時間が有限である以上はどちらかが――あるいはどちらも中途半端になるのは自明の理である。
だからこそ俺は、一つのゲームに絞ってやり込んできたのだが……実際は現実との二足の草鞋になっていたのではないだろうか?
まあ俺も自分がアホなことを言っている自覚はある。
いくら非効率だからといっても、趣味の一つでもなければ息が詰まるだろう。
しかし俺が好きなのは「やり込み」である。
やり込み……そしてハクスラとは、すなわち効率が物を言うのだ。
俺がハクスラゲーで鍛えてきたマゾ精神を活用すれば、現実をそれなりにやり込むことが出来るのではないだろうか?
アホなことを言っている自覚はあるが……試してみたい。俺はそう思った。
「差し当っては、まず手近な目標が必要だな……」
人生を懸けてやり込むとは言っても、あまり漠然とした目標は良くないだろう。
勉強していい大学に行き、素敵な嫁さんと結婚して、幸せな生活を送る――。
それは確かに理想ではあるし、最終的にはそういう人生を目指したいところだが、流石に先が長過ぎてモチベーションが尽きてしまいそうだ。
なので手近なところで、頑張れば達成できそうな目標が欲しい。
「勉強を頑張って成績上位か? それとも難関大学に合格か……?」
適当に目標っぽいものを挙げてみるが、どうにもピンと来ない。
というか、いくらマゾ精神旺盛とは言っても、そんなクソ真面目な目標では遠からず潰れるのが目に見えている。
やはりやる気を維持するには、少しばかり邪な目標の方がいいだろう。
そこまで考えた時、一つの答えが浮かび上がった。
「彼女……そう、彼女だよ!」
今まで自分には縁遠かったので思い当たらなかったが、高校生といえば彼女の一人くらいいても不思議ではない。自分には関係ないと思っていただけで、可愛い彼女との学校生活というものへの憧れは、俺にだってある。
しかし、やり込みを自称するのなら、ただ彼女を作るだけではダメだろう。
自惚れるわけではないが、それくらいなら少し努力をすれば――あるいは手段を択ばなければ、どうにか実現できてしまう気がする。あまり簡単に実現できるようだと、目標として適しているとは言い難い。
「そうなると……素敵な彼女。いや……『レジェンダリー彼女』だな!」
俺はゲーム中で手に入るアイテムの、最高レアリティの名を口にした。
ただ彼女を作るだけなら、そこまで無理をしなくても出来る。
やり込みを志すなら、最高の彼女――レジェンダリー彼女を目指すべきだろう。
上手く行けば、そのまま素敵なお嫁さんになってくれるかもしれないしな。
当面の目標が決まったところで、具体的なプレイ方針を決めていく。
まず俺自身のステータス上げは必須だろう。レジェンダリー彼女に相応しい女子がいたとして、俺のステータスが不足していては彼女枠に装備できない。
そのためには容姿をステータスを上げて……将来を考えて学力も必要だな。体力だってあった方がいいだろう。運動が出来た方が、出来ないよりモテる可能性が高いからな。
「おいおい、忙しくなりそうだな……」
やるべきことの多さに辟易する……どころか、俺は笑みを零してしまった。
どうやら俺のマゾ精神は、本物だったようだ。
取り急ぎ、しばらくはステータス上げに注力するべきだろう。
今のステータスでは女子にモテるなど夢のまた夢だし、それがレジェンダリー彼女なら尚更だ。
多少は女子との会話に慣れる練習もするべきだろうが、本格的に彼女を作るのはしばらく先でいいだろう。
その後も俺は効率的に現実をやり込むべく、計画を巡らせた。
新たなゲームの攻略に、胸を躍らせながら。
あまりに夢中で、久々にゲームを起動しなかったことにも気付かないまま――。
「ああ、もう! アイツ、何のゲーム始める気なのよ!?」
私は自室のPCで人気ゲームの一覧を眺めながら、一人で声を上げていた。
理由は言わずもがな、幼馴染の陽太郎が次にプレイするつもりのゲームを、最後まで私に教えてくれなかったからだ。
あの後、さり気なく声をかけてみたりしたんだけど、陽太郎はヒントすら教えてくれなかった。
今の時代、スマホゲーまで含めるとゲームのタイトルが多過ぎるので、ヒントなしでは流石に何も分からない。アイツの好きなゲームの傾向は、なんとなく分かるんだけど……それにしたって候補が多過ぎるのよね。
「しかも昨日の今日で、いきなりログインしないし! クレインとの友情は、その程度だったっていうわけ!?」
私が何より腹を立てているのは、陽太郎がいつのもゲームにログインしなかったことだ。
確かに昨日のフリンはモチベーションが低そうだったけど、それでも話くらいはしに来ると思ってたのに……。
ゲームの中では昔みたいに仲良く――相棒のような関係だと思っていたのは、私だけだったんだろうか。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく……!」
フリンの現れないゲーム画面と、ゲームのタイトルがずらりと並んだ画面を眺めながら、私は呪詛のように呟いた。
「アイツが何のゲームを始めるのか……絶対に聞き出してやるんだから!」
決意の言葉を叫んだ後、私はPCのウィンドウをまとめて閉じた。
この時の私は――この先、アイツの変化に戸惑うことになるなんて、少しも予想していなかった。
本作は次の連載作品として考えていたものです。
気分転換のため、短編という形で投稿してみることにしました。
ゲームをするのは最初だけで、後は現実の「やり込み」がメインです。