発想その1 事件は会議室で起こらない(2)
しくじり「作者脳内会議を文中に書いてしまう現象」についての続きです。
前回を読み返してみたら、なんかあまり結論が締まってないなというのと、ちょっとした実験をしているので。
いやー、年度末のうえに異動の内示が出たので、なかなかゆっくりと執筆する時間がひねり出せず、短い時間で何かできることあるかいなと首をひねったところで思いついたのです。
前回の話を、実際試してみるか、と。
物語の内容はほぼ同一。
ただし必要のない設定説明は可能な限り削る。
出だしから設定説明は重いので、順番を少し入れ替える。
つなぎ部分は変更点を吸収するために書き換えるけれど、要素は追加しない。
こんな方針で改稿して、新たな作品として投稿してみたのです。
タイトルとあらすじは、SFっぽさよりも受けがよさそうな方向に少しシフトしました。
(タイトルやコピーを考えるセンスは乏しいです。というか、自分が好きなタイトルはキャッチ―ではない。)
まず、元は1~4話まで冒険以外の話だったのを、1~4話まで冒険話を持ってきて、その後に現実世界での設定説明回を持ってくるようにしました。
数話ストーリーが動くのを読んでからなら、多少の設定説明にも耐えられるという読みです。
順番を入れ替えたことによって、脱落者はかなり減りました。
設定も、三分の二から半分くらいに削っています。
主に、後に物語に絡まない描写や仮定の説明です。
前回の例文をもとに、どれくらい削ったかを実例で示します。
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そのウェブサイトの片隅に、テスター募集の小さなバナー広告を見かけたことが一つの始まりだった。
小規模VR環境のテスター兼データ収集の人員募集であった。
▼オンラインでの募集告知なのにオフラインでの採用試験と面接があり、それでいて時給も今一つ。短時間の不規則勤務でよい点がかろうじて一般的なメリットとも言えたが、村雨にとっては大きなアドバンテージがあった。勤務地まで徒歩で数分という圧倒的地の利である。
自宅で過ごす暇な時間帯を現金化できると思えば単価の低さは気にならなかったし、ネット小説サイトのリンクという意味では、新しい物語を試し読みするような感覚さえあった。▲
そして説明会兼採用試験当日。
▼募集は不定期かつ何度も行われている雰囲気で、会社側の案内も手慣れている。▲
今回は村雨のほかに8人が会場に集まっていた。会場はそれほど大きくないオフィスビルの会議室で、同じフロアにオフィスがある。
高校生や大学生くらいの年代を中心に、スーツを着て社会人っぽい女性もいるが、部屋着に近いレベルのカジュアルな服装が多い中で、少々浮いている。
時間になり、スタッフが会社の業務内容について簡単な説明を始める。
いわゆるVRMMOそのものではなく、その前提となる各種エンジンを構築するための、それも予備的な調査を実施している会社であること。
取引先としては、マスメディアでVR関連のニュースをふんだんに振りまいている有名企業もあり、今回のアルバイトで集められたデータも、そちらの開発事業で使われる可能性があること。
応募者たちは会議室の机で思い思いの姿勢で席に着きつつ、VRと聞いて興奮を隠せない者もいる。
「では、皆さんに従事していただく業務内容について具体的に説明していきます。」
スタッフの声に、ゴクリと誰かがつばを飲み込む音が聞こえてきた。
「大きく分けて、二つの業務があります。
一つがVR環境で様々な活動を行っていただき、そのデータを収集すること。
もう一つが、皆さんの『ゴースト』の複製を行い、提供していただくことです」
「VR環境での活動というのは、ゲームのテスターに近い内容ですが、ゲームのテスターとの違いとしては、VR環境を皆さん側がどのように認識し、解釈するかを測定して記録していくことにあります。
▼難しく考えていただく必要はありません。
様々なVR環境でいろいろな体験をしていただき、どんな環境を整えれば皆さんが満足できる疑似体験ができるか、その仕様を想定するためのデータ収集ということです」
「実際の勤務としては、お好きな時間にこちらに出社していただき、専用端末でログインして、用意されたワールドで簡単なミッションを順番にこなしていく形になります。
時給で給料が支給されるほか、レポート等の提出でわずかですが追加の手当もあります。」▲
「同時に、皆さんの『ゴースト』の複製の準備をします。
こちらは、脳神経の構造の撮影が数回、あとはテスターとしての活動中に脳波のモニタリングを行い、のちにそれらを一体化して、『ゴーストイメージ』と呼んでいますが、一種のプログラムとして固定するものです。
▼撮影は、高精細MRIを利用しますが、感度の高いものを用意していますので健康への影響はほとんどありません。撮影以外の作業は、特に皆さんに意識していただくことはありません。」
「ダビングしたゴーストには、皆さんの部分的な記憶や思考パターンなどが反映されます。
記憶は、ごく最近のものについてはある程度鮮明に、それ以外は日常生活に強く結びついた安定的なものだけが転写されると考えられています」
「ゴーストは、各種テストやシミュレーションを高速かつ長時間連続で稼働させるために使用します。
ゴーストは、クローズド環境で構成される当社のサーバ内のみで稼働させ、記憶に含まれる個人情報等の機密は保持されます。
プログラムそのものに対する皆さんの権利は放棄していただくことになりますが、記憶の内容の著作権等は皆さんに帰属します」▲
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元の文に対して、▼ ▲で囲んだ部分は、カットしました。分量で言うと、三割くらいでしょうか。
つなぎがおかしくなった場所だけ、合わせて改稿しています。
さっぱりしすぎた場面もあるかな、と思いましたが、前回は完結まで一件もつかなかった評価が、十数話目に三件ついてます。
前回で書いてますが、この作品を最初に投稿していったときは、二十数話で完結させた時点で、5ブクマの10ポイントのみでした。
ほぼ同じ内容で、「情報量を減らすことで評価を上げる」ことができれば、実験は成功と思ってます。
今がちょうど半分くらいなので、このまま順調にいけば100ポイントくらいにはなるでしょう。
冗長な描写は評価を遠ざけるという現実を見るべきなのかもしれません。
筆者は文章を読んだり書いたりするときに、かなり具体的に頭の中で映像化するタイプです。
小説の執筆においても、浮かんだ映像をひたすら文章化するだけなら、相当な文字数を結構な勢いで書くことができます。
しかし、精細な映像の描写というのは諸刃の武器で、書きこめば書き込むほど、読み手に具体的な想像を強いることになり、拘束感を与えるのでしょう。
このエッセイでは紹介しませんが、別の作品でも、風景や細部を伝えてみたいと思い、時間を掛けて描写を書き込んでいった作品は、まったく読み進めてもらえませんでした。
逆に、極端に描写の少ない人気作があるのも、「そこは読者の好きなイメージでよろしく」ということなのでしょう。
というわけで、考えた設定をダラダラと語らせたり、想像した光景を微に入り細を穿つように伝えようとする努力は、自己中心的になりがちで、むしろ「しくじり」への歩みだと心に刻む必要があります。
最後に、まとめ。
「作者脳内会議の内容を垂れ流すな!」
必要もないのに設定の暴露をするんじゃない!
世界やキャラの「設定」は、建物で言えば空調や換気装置のようなもの。上手に作動すればその場に応じた雰囲気づくりや新鮮さ、快適さをもたらすものの、装置がむき出しにされると大抵は見苦しくなる。
あと、適温のはずの温風でも冷風でも、長時間直撃してると案外つらいものだ!
それから、事前に書いておかなければ設定が適用できないわけじゃない。
「鬼と女とは、人に姿を見せないから価値が上がるのだ」と昔の人は言っております。
どういうことだ? という、語らないことによって生まれるミステリー感や情報への飢えが、続きを読みたいという気持ちにつながるのかもしれないぞ!
いや、自分に向けて戒めているわけですよ、ほんと……