第8話
フローラは、反魂の術を受けてから一週間は体調がすぐれず、自室に引き籠ることになってしまった。その間に、アーロンこと結城はこの異世界を満喫しすっかり馴染んでしまったようだった。
「いやっーー、異世界ってのも案外悪くないな。俺、なんかスゲー強くなってるしさ。みんな尊敬の眼差しで見てくるんだぜ。勇者ってこんな気持ちになるのかねぇ?と、そんな事より体調はどうだ高橋?」
「お陰様で、医者から出歩いていいって許可をもらったよ。私が部屋に籠っている間に、アーロンは異世界を満喫していたみたいだね。」
「ああ、悪いが今も満喫中だ。そっか、医者の許可が出たのか。じゃあ、俺が城の中を案内してやるよ。もう、まんまRPGの世界観でさあ・・綺麗な花が咲いている庭園もあるし、一緒に行こうぜ・・えーっと、フローラ姫?」
「私で良ければ喜んでご一緒しますわ、結城アーロンさん。」
元々中二病患者の彼のこの世界への適応力は凄まじいものがあった。自室に籠った私を毎日見舞ってくれていた彼だが、それ以外の時間は『オリエント国』の城を隅々まで探索したり、城下町をぶらついて娘さんにちょっかいを出している男たちに出くわし、ごろつき達十人を相手に一瞬にして倒してしまう騒動を起こしていた。
また、城内ではこの国一の騎士として剣技の指南を請われては容赦なく相手を打ち負かしているという。だが、今までのアーロンにはなかった気さくさで相手の弱点を指摘し夜遅くまで剣の練習に付き合ったりと、今までのとっつき難さが和らぎ新たなアーロン信奉者を生み出しているとのこと。
これらの話は、フローラの側付のイルマから聞いたものだが、彼女が少し頬を赤めながらアーロンの男らしさを語る姿を見た時は少し嫉妬じみたモノを感じた。
こちらは、フローラ脳により体どころか精神まで女よりになりつつあるのに、結城はアーロン脳を使って男っぷりをあげているらしい。やっぱり、神様って不公平。
そんな事を考えていると、アーロンが不意に真顔になって、こちらを見つめていることに気が付いた。
「・・・なに?」
「ん。いや・・・お前、『私』って言うようになったなって思って。一週間前まで『僕』って言ってたくせにさ。なんか、女みてーお前。」
「私は、フローラ。れっきとした女だよ・・アーロン。」
私が微笑むと、アーロンを視線を逸らして何故か拗ねたように口を開いた。
「高橋・・・、お前なぁ、適応しすぎなんだよこの世界に。」
「結城、君に言われたくないんだけど。でも、感じない?私は、フローラ姫じゃないけど・・でも、やっぱりどこかフローラなんだよ。影響を受けずにはいられない。きっと、結城だって感じてるでしょ?」
「確かに。俺はアーロンじゃないけど、やっぱアーロンでもあるんだよな。」
「でしょ?」
私は頭を指で指しながら言葉をつづけた。
「フローラ脳と、アーロン脳。彼らの影響を受けながらも生きていくしかないんだよ、この異世界で。」
私の言葉に、アーロンは眉をひそめた。そして、口を開く。それは真剣な声色だった。
「お前、この異世界でずっと生きていくつもりなのか?元の世界に帰りたいとは思わないのか?」
私は即座には答えられなかった。少し考えてから口を開く。
「帰れるなら、帰りたいよ・・私だって。でも、方法が分からない。」
「まあな。」
「それに・・・」
「それに?」
フローラとアーロンの視線が絡み合う。
「それに、一人じゃないから。あなたはずっと一緒にいてくれるでしょ、アーロン。」
「んぁ?」
アーロンはぽかんとした顔でこちらを見ていたが、私が微笑むとまたそっぽを向いてしまった。その頬が、赤く染まっているのに気が付いて思わず吹き出してしまった。
「いやいやいや、愛の告白とかじゃないから勘違いしないでね。」
「誰がするか!!つうか、女の・・しかもそんな美女が妙な事を言うな。絶対、男は勘違いするからな。男は単純なんだから。いきなり、オオカミになって襲うやつもいるかもしれないだろ。もっと警戒しろ、このバカ。」
「あのねぇ、私だって男なんだから、男の性くらい分かってるって。」
「うわぁー、たちわりーなお前。なんか、悪女になりそう。」
私はくすくす笑いながら答えていた。
「悪女じゃないよ。『薄倖のお姫様』だってば。」