第7話
(軍事国家『アメリア国』)
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情事が終わった後、リリーは兄をベッドに引き止めて抱き付いて眠ることを好む。アーサーはそれに文句を挟まないが、彼女が眠りにつくとあっさりとベッドを抜け出す。そんな時には、アーサーは思うのだ。
妹が俺を想っているほどには、俺は妹を想っていないと。
そうにもかかわらず、アーサーはリリーを手放さない。アーサーは支配したいのだ、すべてを。
禁忌の関係だからこそ、アーサーはこの関係にのめり込んだのかもしれない。拒まれ、それを支配し従属させていく過程が、アーサーの心を酔わせたのだ。
それはおそらく国を攻め滅ぼし支配したいという欲望と通じるものがあるのかもしれない。
アーサーは軍事国家に生まれたことを心から喜んでいた。力こそがすべてだと、国民だれもが思っている。服従しない国も人間も、徹底的に蹂躙し支配する。それが、この国の精神なのだから。
「アーサーお兄様。」
「ん?なんだ、リリー。」
いつもは、セックスの後にはすぐに疲れて眠ってしまう妹が今日はまだ眠らずアーサーに話しかけてくる。それが、彼には少しうっとおしく思えた。
「『オリエント国』から妻をお迎えになると聞きましたが本当ですか?」
「・・ああ、本当だ。正妻ではないがな。なんだ、そんな事を気にしているのか、リリー。俺が、妻を迎えるのは彼女で五人目だ。今更だろ。」
「べ、別に嫉妬しているわけではないですからね。お兄様が、本当に愛してくださっているのは私だと信じていますから。」
「まあ、そうだな。だが、父トロイ王が五月蠅くてな。先の四人の妻との間に設けたのは、どれも女の子供だ。王位を継げるものがいない。父は早く後継ぎが欲しいのさ。『オリエント国』は男系の家系だと聞く。男の世継ぎが生まれるのを期待しているのだろうよ。その内、父のように百人も妻を娶らないといけない羽目になるかもな。」
リリーは不意に、表情を曇らせる。アーサーは黙ってそれを見つめていた。
「でも、その『オリエント国』の姫君は体が弱いと聞きましたわ。子供ができるかどうかも怪しいものよ。もし、私たちが異母兄妹だったなら結婚もできる。私が堂々とあなたの子を産んで差し上げることもできたのに。なのに、どうして・・・私たちは同腹の兄妹に生まれてしまったのかしら。今、お腹にいる私たちの子供は一生日陰の身として生きていかなければいけないのかしら。辛いは・・・そんな事は。」
アーサーは涙ぐむリリーの銀の髪を撫でた。そして、反対の手で彼女の腹を撫でた。今この腹の中で、生命が宿っている。それは、アーサーとリリーの子供だった。先日発覚したばかりのその生命の発芽は、二人だけの秘密になっていた。
アーサーはリリーのお腹を優しく撫でながらその眼に暗い色を宿しながら口を開いた。
「安心しろ、リリー。その為に『オリエント国』の病弱な姫を妻に迎えるのだから。」
「えっ?」
アーサーの口元は笑っていたが、その眼は深い闇色に染まり笑ってはいなかった。
「『オリエント国』のフローラ姫は病弱で子は持てぬと聞いている。子を産むためにやってきた彼女にはこの国はとても肩身の狭いものだろうね。その世間知らずの姫に、こう囁けばいい。自国の安泰のために子を孕んだふりをして欲しいと。赤ん坊はこちらで用意するからと言ってやれば、話に乗るだろう・・おそらくね。」
リリーははっとしたように目を見開く。
「・・・その用意する赤ん坊とは、私が産む子のことですか、お兄様?」
「ああ、そうだ。」
「そんな事は、嫌!!ほかの女に子供を奪われるなんて、そんな事、私は耐えられない。耐えられないわ!!」
リリーの言葉にアーサーはにやりと笑った。そして、言うのだ。
「その為の『オリエント国』の病弱な姫君なんだよ。病弱な姫君が産後のひだちが悪く死んだとしても誰も不思議には思うまい。健康な人間でさえ、産後に死ぬことはあるのだから。まして、病弱な姫なら、その死を誰も不信には思うまいよ。自国の者でもね。」
「・・・・それは、自然な『死』ではないのですか?」
リリーは震える声で、兄を見つめた。時々、彼女は、兄のアーサーが恐ろしくて堪らなくなることがある。何時か、妹の自分でさえも害されてしまう日が来るのではないかと、考える時もある。
「いや、自然な死だよ。与えられる『死』だ・・・人間によってね。」
アーサーは微笑む。あまりにも甘く鮮やかな兄の微笑みに、リリーは眩暈を覚えた。