第5話
『オリエント国』の第三王子ライナードが稀代の魔術師であり、反魂の術を施したと聞き彼に会いたいと思ったのだが、その前に第一王子に会うことになった。
第一王子のカランは、現王が病床についているため現在この国の全てを取り仕切っているらしい。その彼が忙しい身ながら、妹思いらしくわざわざフローラの部屋まで会いに来てくれたのだ。
因みに、カラン王子もまた神に愛された風貌をしていた。
つまり、カッコイイわけだ・・・神様はやっぱ、不公平だ。
「フローラ・・お前が、再び目覚めてくれて私は心から嬉しく思うよ。」
そう言うと、カランはベッドで上半身を起こしたままのフローラに近づき、金髪の髪を優しく撫でると額に軽くキスをした。微笑みはどこまでも優しく、その青い瞳に引き込まれそうになる。
フローラの埋もれた記憶がそうさせるのか、彼には悪い印象は抱かない。
・・・・というか、男にキスされて嫌悪感を抱かない時点で、僕ってかなりフローラ脳になってるかも。つうか、フローラ脳ってなんだって自分に突っ込んでみる。もちろん、心の中で。
「フローラ?」
「あの・・お兄様。もう伝わっているかもしれませんが、僕じゃなくて・・えーっと、私、反魂の術以降記憶が混乱したり、少し性格が変わってしまっているようなのです。」
「ああ、その事は配下の者から聞いているよ。可哀想に・・不安だろうね。」
カランの表情が途端に曇ったので、僕は慌てて笑顔を浮かべた。フローラならそうしただろうから。
「いいえ、お兄様。周りの者がとても良くしてくれるので、不安はありません。でも、皆には心配を掛けてしまって申し訳なく思っているのです。」
「・・・お前は、昔から本当に優しい子だね。それなのに、どうして神様はフローラにこうも辛い運命を課すのだろうか。」
「カランお兄様?」
カランはフローラの金色の髪を一房その手に取ると、自ら唇を寄せて軽くキスをした。憂いを帯びたカランの表情に魅入られて、僕はそれ以上言葉をつづけられなかった。
「愛しいよ、フローラ。それでも・・私は、この国を守るためにお前を『アメリア国』に送らなければならない。いくらお前が病弱で国を出ることもままならない状態だと伝えても、アメリア国王は属国の勤めを果たせと迫るばかりだ。彼らは、軍事国家だ。口実を与えれば、喜んで戦争を仕掛け国を亡ぼし支配をする。そうして急速に大きくなった国だ。私は、古から続くこの『オリエント国』を大陸からなくすわけにはいかないのだ。たとえ、属国という泥水を呑み込んでも。・・・妹を人質同然に差し出しても。」
カランの独白がきっかけとなった。辛そうに話し続ける兄の顔を両手で包み込むと、フローラは自ら頬を寄せて呟いていた。
「私の身一つで、この国が守られるのなら・・・お兄様のお役に立てるのなら、本望です。」
(私は、お兄様の役に立ちたい。・・・愛おしいカランお兄様。)
それは、フローラの脳が放った、あまりにも純粋で強烈な想いだった。
脳から全身の隅々まで微弱な電流が走り支配していく。それは、『フローラ』という存在が『僕』という存在を包み込み交わり、凌駕して、そして新しい何かを生み出した瞬間だとのかもしれない。
そして、『僕』という存在は『フローラ』によって喰われ消失した。いや、新しく生まれ変わったと表現する方が正しいのかもしれない。
今ここに存在するものは、『フローラ』でも『僕』でもなく新しい存在の『私』だったから。
全身に瑞々しい感情が溢れ出し、まるで生まれたての赤ん坊のように『私』は産声の代わりに涙を流していた。カランに抱き付きその身を震わせながら、私はこの異世界で新しく生まれた『私』という人格と共に歩むことを決意した。
愛も喜びも不安も悲しみも、すべて私のもの。
私はそっと目を閉じた。