第4話
次に僕が目が覚めた場所は、ふかふかのベッドの中だった。
「んっ・・ここは?」
一瞬、すべての事が夢であったのかと錯覚したが、周りの状況がそれを許してはくれなかった。
ここは紛れもなく異世界なのだ。
そうでなければ・・・・こんな、ふりふりフリルのメイド衣装の美少女が僕の目の前に存在するはずもない。
「フローラ姫さまぁあーーー!!目が覚めたのですね。ああ、よかった。本当に、よかった。」
美少女は涙ぐみながら、両手を胸のあたりでギュッと握りこちらを見つめたまま、歓喜の声をあげた。その声は震えていて、本当にフローラ姫の事を心底心配していたようだった。この世界にも、信頼に足る人間は存在するということか?
で、『フローラ姫』
・・・それが、この体の持ち主の名前だろうか?
つまり、現在の僕なのだけれど、いまいち実感がない。
「姫様?」
「あー、ちょっと君に変なこと聞くけどいいかな?」
僕がそう聞くと、少女は真剣な表情で頷いた。その素直な反応に少し胸が痛んだ。彼女が生還を望んだ『フローラ姫』はもういないのだ。ここにいるのは、何の関係もない人間・・・しかも、男。
とはいえ、それを彼女に伝えたところで信じないだろうし、もし信じてもらえても、今後異世界で生活していくには何かとやりにくい。
『姫』という地位は最大限に利用すべきだろう。
その為には、のちのち口調も変えていく必要もあるだろうが今は情報収集が第一だ。
「フローラ姫というのは、僕の事で間違いないよね?」
「はい?」
「僕は、フローラ姫?」
「・・・もちろん、そうです。あの、その・・質問の意図が分からないのですが、フローラ様?」
少女の困り切った表情を見ていると、何となく気の毒になってきた。僕は、苦笑いを浮かべながら会話を続ける。
「たぶん、反魂の術のせいだと思うのだけれど・・・以前の、フローラとしての記憶が全くない状態なんで、困っているんだ。いや・・全くないという事もないのだけれど。」
「え、そうなのですか!?」
そう、フローラとしての記憶はない。でも、全くないかといえば、そうとも言い切れないと思う。この異世界の言葉をスムーズに理解し話せているのも、フローラが培った知識だろう。脳に蓄積されたそれらを自然と引き出し使用しているのなら、海馬に保存された記憶もまた何かのきっかけで蘇ることもあるかもしれない。
それでも、僕は・・・フローラ姫ではない。別人が彼女の体を操っているに過ぎない。
それを、少し心苦しく思うのは、この目の前の少女があくまでも純粋な目で僕を見つめてくるからだろう。
「それで・・・反魂の術についてもっとよく知れば、この状態を何とかできるのではないかと思うのだけれど。この術を掛けたのが誰なのか、君は知っているかい?あ・・ごめん、その前に君の名前を教えてくれるかい?」
「はい、わたくしは姫様のお側付のイルマです。」
「イルマちゃん。うん、可愛い名前だね。名前を憶えていなくてごめんね。」
僕がそう答えると、イルマは頬を赤らめながら恐縮して首を左右に振った。
「とんでもないです。私の名前など、覚えてくださらなくても・・・ただもう、姫様が生きていらっしゃるだけで、私は嬉しくてたまりません。」
「ありがとうね。」
微笑んでそう言うと、イルマは滲んだ涙をぬぐいながら、こちらを見るとにっこりとほほ笑んだ。そして、僕の質問に気丈に答えてくれた。
「反魂の術は古代魔法王国の文献を読み解き、一から構築されたことの事です。この国の第三王子にして、稀代の魔術師ライナード様です。」
魔術師ライナード。
この人には、まず会わないとね。