第3話
「こ、これはどういう事だ?アーロン卿が生き返られたぞ?姫様のために自らの命を差し出され、反魂の術で確かに命を落とされたはずなのに。どういうことだ?」
「だが、ほかの者は死んだままだ。ほかの者は、邪神を崇める蛮族の奴隷たちだ。アーロン様は、神によって命を戻されたのだ。姫様のように。」
うわぁーー、すっげ差別的発言。教育水準が知れるってものだな。
こんな世界で、目覚めたくないなぁ。できれば・・・目を開きたくないけど、いつまでもこの状態でいるわけにはいかない。
少なくとも、この世界に一緒に来ちゃったクラスメート君とは連携して事に当たらなければ、異世界でなんて生きていけないよね。
こう決意して、僕は目を開いて上半身を起こした。
そして・・・・おおいに後悔したのだった。
僕は女になっていた。しかも素っ裸で、大理石の台座の上に上半身を起こしている状態だった。ぶるんと震えた胸から花の香りがする滴が零れ落ちた。
儀式でその液体を使ったのだろうか?
花の香りが心地いい。その液体で、全身が濡れそぼっていた。太ももの付け根に花の香りの雫が零れるが、そこにあるべきものがない。
つまり・・・なにがないのだ。
女になってる・・・完全なる女だ。
愕然と自身の体を見つめていると、不意に強い視線を感じて横を向いた。すると同じように大理石の台座に上半身を起こした男がこちらをじっと凝視していた。整った容姿に、生まれつき恵まれた体格なのか程よく筋肉が引き締まり全身から得も言われぬオーラを放っていた。きっと、こんな男を女たちは放ってはおくまい。本当に神様は、不平等だ。
「まじかよ。すげー、イイ女。」
その神に愛された男が、その容姿に相応しくない言葉を発して僕は事態を把握した。つまり、そういうことなのだ。彼もまた、別の体に転生して異世界に現れたということだ。しかも、とびっきりのいい男として。
これが、不公平と言わずして何というのだろうか?
「悪いが、僕は『高橋』だ。結城くん。」
僕がそう彼に言うと、アーロンと呼ばれている男はぽかんとした顔をして、僕を見つめていた。そう、中二病の結城くん・・・そういうことなんだよ。
「高橋?」
「まあ、そうだね。」
「まじで?」
「そう主張する。見た目は女だけど。」
「女ってだけじゃなくて、すげーいい・・・って、・・まあ、いいや。それより、ここは異世界で間違いないよな。」
「たぶん。そう優しくない異世界かもしれないね。」
僕は、大理石の下の床に無造作に積み重なったおびただしい死体を見つめながらそう呟いた。彼らは、この国の姫様を生き返らせるために犠牲になった奴隷なのだろう。裸の人間が絡まりあって死んでいるその光景は、地獄絵図だ。
尊い死を賜った?
反魂の術をおこなったこの国の人間は平然とそういったが、苦しみに歪み、手足を強張らせて死んでいる人間をさして、何が尊い死を賜っただ。
「姫様!!」
「姫!!」
異世界の住人に熱狂的な眼差しを向けられて、僕の臓腑は強烈な痛みを生み出した。突然、吐き気がして僕は口を押えたが、出てきたのは乾いた咳でひとしきりそれが収まってから掌を見ると、血がべったりとこびりついていた。くらくらと眩暈がする。
「ああ、姫様がまた吐血された。反魂の術は成功したのにどうして。」
「生来の病弱さは、変わらないということか。おいたわしや・・姫様。その身で、アメリア国に嫁がねばならぬとは。」
彼らの労りの言葉が、すべて嘘に聞こえてならなかった。無数の死体が転がる部屋で、信じられる人間は、一人だけだった。僕は、苦しさから少し涙ぐみながらアーロンを見つめて言った。
「この部屋にはいたくない。この部屋から連れ出して、結城。」
「ああ、出よう。」
アーロンは即座に台座から飛び降りると、お互いに裸であることも気にせず僕を抱き寄せた。お姫様抱っこをされたが、文句は言わずにいた。むき出しの胸がアーロンに当たって、彼は少し頬をひきつらせたが無言でその部屋を後にした。その後を、異世界人たちがぞろぞろとついてくるが、気にする風もなく堂々と彼は歩いている。
きっと、行先だってわからないだろうに。その度胸が、羨ましかった。ボッチの僕にはできないこと。
そんな事を考えながら、僕はアーロンに抱かれたまま気を失ってしまっていた。