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第22話

「ナタを渡せ、ライナード。」




不意に部屋の温度が低くなった気がした。フローラが声の主を覗うと、アーロンの目に深淵を見た気がして、急に不安になってアーロンに声を掛ける。




「アーロン。」




ライナードは腕を掴んで離さないアーロンの様子を慎重に観察しながら口を開いた。




「うーん・・・痛いところを付いたね、フローラ。確かに、母の遺言は私も聞いた。フローラが嫁ぐ時に指輪を渡すようにとね。母の願いは、叶えるべきかな。そうだな、じゃあ、フローラ・・・約束してくれないか?お前が死んだ後には、この兄がその指輪を受け継ぐと。」




「うん、うん!!それでいいよ。約束する。ねえ、アーロンもそれでいいよね?」




アーロンは静かに頷いた。




「ああ、分かった。だが・・・ナタは俺に渡せ。まだ、お前を信用できないからな。」




「うーん。私は、アーロン君が信用できないんだけど。というか・・・結城くんが、かな?アーロンはまっすぐで素直で馬鹿正直な奴だったけど・・・君はちょっと闇色だ?ナタを手渡した途端、私に襲い掛かってくるとか・・・ない?」




「結城がそんなまねするわけないだろ!」




フローラは憤慨して言葉を発していた。だが、アーロンは無言のままだった。それがフローラの不安をあおった。だが、それは杞憂に終わったようだった。アーロンがいつもの少し臆病そうな笑顔を浮かべて答えたからだ。




「あのね、俺はそんな大胆なことができるキャラじゃないんだってば。中二病のオタク。クラスのボッチ君。異世界に来て、ほんの少し気が大きくなってるけど、自分の領分くらいわきまえてるよ。稀代の魔法使いに勝てるとも思えないしね。でも、そのナタをもらわないと不安なんだよ。俺を安心させてよ。」




アーロンの言葉にライナードはため息を漏らす。




「嘘つきは、お喋りが上手と相場が決まっているんだけどね。まあ、いいや。じゃあ、1、2、3のタイミングでナタから手を放すから、床に落ちてからナタを拾ってね。」




「ああ、わかっ・・」




アーロンの言葉が途切れた。ライナードがタイミングをとることなく、唐突にナタから手を放したからだ。それでも、床にナタが落ちてこの一件は解決するとフローラは思っていた。




だから、アーロンが左手で落下するナタを掴んだ時には驚きで声も上げられなかった。その先のナタの動きはフローラには全く見えなかった。




部屋の中心で一瞬閃光と金属がぶつかり合う様な音が聞こえて、フローラは思わず手で目を覆った。そして、恐る恐る視線を部屋の中央に向けて唖然としてしまった。




ライナードの腕を掴んだままアーロンが左手で掴んだナタで彼の頭上に斬りかかっていた。


だが、その攻撃をライナードが魔法防壁で阻んでいる。




「アーロン!!」




フローラは叫んだが、アーロンは一向に手を休めようとはしない。それどころか、腕力に任せて魔法使いが張った魔法防壁にナタを押し込もうとしている。ピシリと嫌な音が両者のあいだから聞こえる。見れば、魔法防壁にもナタにもヒビが入りはじめている。




「やっぱり、君は嘘つきだったね。タイミングをずらして落としたのにナタは拾っちゃうし、君の反射神経やっぱり人間離れしてるよ。しかも、ナタで魔法防壁にヒビ入れるって・・・なにそれ、反則でしょ?」


「嘘つきはお互い様だろ。それにこのナタで頭をかち割られてもまた復活するんだろ?だったら、一度経験しとけよ、拷問器具の味を。貴重な体験になるんじゃねーの?」


「うんー、それ不味くない?脳をぶちまけたら拷問器具の精度を分析できないでしょ。それに、腕のように脳が正しく元に戻るか分からないよ。私が、私で無くなってしまっては・・・意味がないでしょ、結城君。」




アーロンの目がすっと細められる。そこに、闇が揺れているような気がして、胸が締め付けられる思いだった。




こんな、アーロンは知らない。


こんな、結城は知らない。

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