第18話
「昨夜、ライナードの自室の壁が吹き飛んで穴が開いたと知らせは聞いている。」
「ええ、ものすごい轟音が響きましたからね。敵の来襲かと思いました。」
カラン王子とアーロンが昨夜の騒動をため息交じりに言葉を交わしている。
「あははっ・・・そうだったね。」
「笑い事じゃありませんよ、フローラ・・姫!!」
アーロンは、辛うじてフローラに『姫』を付けたがその声からは怒りが滲み出ていた。まあ、無理もないかもしれない。『異世界転移』なんてやってのける稀代の魔術師ながら、その腹黒変態ぶりは、二人でたっぷりと堪能して知っているのだから。そんな男の魔法術式をこの身に受けただけでもアーロンこと結城にとっては不快だったのかもしれない。
でも、私は少しでも可能性があるのなら寿命を延ばしたかった。
せめて、『アメリア国』に行って子を宿せないまでも妻として振舞えるだけの体力が欲しかった。『オリエント国』の代表としての役目を果たしたかった。それは、フローラというこの体を乗っ取ってしまった私の役目に思えたから。
アーロンは私の顔をしばらく見つめていたが、ため息を一つ付くと提案を口にした。
「フローラ姫。ライナード様から、今晩魔法の説明をお受けになるならぜひ私も同席させてください。私も、『アメリア国』に同行する身として、どんな魔法なのか知っておきたいので。よろしいですね。」
「う、わ・・分かったよ。じゃあ、一緒に来てよ、アーロン。」
有無を言わさない、アーロンの態度に頷くしかなかった。凛々しい面差しと立派な体躯で迫られると、以前の中二病患者だった結城の存在を忘れそうになってしまって不安になってしまう。
お前は・・・結城だよな?
心の中の呟きがアーロンに届くはずもなく、ただ不安な気持ちが心にさざ波となって広がった。
「そうか、アーロンが共に説明を聞くなら安心だな。フローラの事を頼むよ、アーロン。」
「はい、カラン王子。・・・この命に代えましてもお守りいたします。」
うはぁ・・、何この中二病的会話。やっぱり、アーロンは結城なんだよね。変わらないよね?異世界から来た私の同胞。
「さて。」
カラン王子が会話を切り替えて、私に微笑む。その手には例の指輪が握られていた。
「ライナードに先を越されていたとは、私としては不本意なのだが私もフローラにプレゼントを用意してあるんだよ。」
「別にあの魔法はプレゼントじゃないよ、兄様。ちょっと、痛かったし・・・施術されたとき。」
「ほう・・・痛かったですか、フローラ姫。」
「痛いプレゼントね・・・」
だから、何で二人ともここで意気投合して顔を歪めるかな・・・カラン王子も、アーロンも。まるで、嫉妬してるみたいに見えるよ。
「左手薬指をだして、フローラ。」
「え?」
「この母の形見を君に捧げる。母の遺言だったんだよ。お前がお嫁に行くときに、これを渡して欲しいと。」
「母の遺言・・・」
差し出した左手の薬指に、カラン王子がゆっくりと指輪をはめる。それは、しっくりと指になじみまるで昔から指に嵌めているようにさえ思えた。その不思議な魅力に取りつかれて紫の宝石を見つめていると、兄がそっと私の頭を撫でながら声を掛けてきた。
「この指輪には、古代魔法王国で作り出された強力な魔法生物が結界により閉じ込められていると、母から聞いている。それを呼び出せるのは、王家の血を引く女性だけらしい。」
「この指輪にそんな力が・・・」
カラン王子は真面目な顔で話を続ける。
「『アメリア国』は軍事国家だ。戦争をすることで大きくなってきた国だ。これからもその姿勢は変わらないだろう。また、内憂も抱えていると聞く。第一王子と第二王子が跡目争いをしているとも聞く。いつ、情勢が変わるとも分からない。」
私は、思わず唾を呑み込んでいた。
「アーロン達はお前を命懸けで守ろうとするだろう。だが、守り切れるとも限らない。その時は、自ら身を守れ、フローラ。その指輪にこう唱えるのだ『主たる私を守れ』とね。古代魔法王国が創り出した異形の魔法生物だ。おそらくは相当の力を持っているはずだ。」
「兄様・・」
「お前が、第一王子・・アーサーに愛され幸せにその一生を終えることを強く願っている。それでも、お前の命が何者かによって害されようとしたときには・・・その相手が何者であっても構わない。殺せ。」
「!!」
カラン王子の言葉に身震いを覚えた。それは、一つ間違えれば、『アメリア国』と『オリエント国』の戦争を意味する。それでも、兄は望むのか?私が・・・フローラ姫が生きることを望むのか?
私は指輪に知らず触れていた。そんな事になってはならないと思った。そう思ったのが、私なのかフローラの脳なのか・・・そんな事は分からない。
「カランお兄様、私は幸せな家庭を築くつもりですよ。それは無用な心配です。」
そう答えて、私は微笑んだ。カラン王子は少し切なそうに微笑み口を開いた。
「そうか。そう祈っているよ・・・私も。」
中庭に吹く風はどこまでも優しく、花の良い香りで私たちを包み込んでくれていた。




