第16話
「フローラ、髪に花弁が付いているよ。」
そう言うと、カラン王子は私の髪にそっと触れてピンク色の花弁を取り除いた。その仕草は優しく、フローラがどれほどこの兄に愛されているかを、私は実感した。兄はその花弁を再びそよぐ風に乗せて自然に返すと、今度は懐から小さな布袋を取り出した。
「?」
「この指輪を覚えているかい、フローラ?」
兄は、布袋から紫色の美しい宝石の付いた指輪を取り出した。その指輪は、記憶にはなかったがどこか懐かしいものを感じさせた。私は、その事を素直に口にすることにした。
「お兄様・・んーっ。記憶にはないけれど、その指輪を見ていると何か懐かしい気がします。」
「そうか。やはり、『反魂の術』の影響なのかな。これはね、亡くなった母が肌身外さず常に身に着けていたものなのだよ。」
その指輪は、亡くなった母の者だったようだ。私は、フローラ脳から記憶を探ろうとしてみたが、やはり他人の体である事には変わりはなく上手く記憶を呼び起こすことはできなかった。母親の顔すら思い出せない。少し落ち込んだ様子の妹に、慰めるように兄は語り掛けてきた。
「無理に思い出すこともないよ、フローラ。でも、小さい時の君はこの指輪が欲しくて欲しくて堪らなかったようで、母におねだりしては困らせていたね。小さい頃の君は、今よりずっと我がままでよく周りを困らせていたっけ。」
カラン王子が含み笑いでそう言ったので、私は少しふくれっ面で答えていた。だって、わがままだったのは私ではなく本物のフローラ姫なのだから。
「あー、記憶がなくってよかった。カラン兄様に迷惑を掛けていたとしても、記憶にないのだからそれは別人にしか思えないもの。不可抗力ってものよ。」
「ふふっ。迷惑をかけたのは私だけではないよ。一番の被害者は、ライナードではないかな?」
「ライナード兄様?」
それは意外な答え。迷惑はかけられても、掛けることはないと思っていたから。
そんな私の心が表情に出てしまったのか、カラン王子は、優しく微笑みながら口を開いた。
「そうだよ。指輪の時もね、欲しい欲しいと泣いて母を困らせるものだから、ライナードが魔法で指輪をいくつも作ったんだよ。そのたびに、フローラは、母の指輪とは色が違うとか形が違うとか注文を付けてライナードに指輪を作り直させていたな。最後は全然違うと言って、ライナードの顔を引っ掻いたっけ?」
「えーーーー!?」
昔のフローラ姫はそんなに我がままだったのだろうか。思わず頬が赤くなってしまった。それに、そんなわがままにあの変態・・・っぽい、ライナードが付き合ってくれたとは意外だった。
「き、記憶にないけど・・・昔の話はすごく恥ずかしいよ、兄様。あの・・・お母様のお話を聞かせて。」
俯きながら私がそういうと、可笑しそうに笑いながらカラン王子が頷いた。
「そうだね。ああ、でもこの指輪は母の出自と重要な繋がりがあるのだよ。」
「え?」
俯いた顔をあげて、兄が持つ紫の宝石が付いた指輪を私は思わず凝視していた。美しい指輪だ。幼いフローラが欲しがっても不思議ではない。だがそれ以上に、その指輪には何か得体のしれないものを感じ思わず背を震わせた。
「母はね、古に滅びた古代魔法王国の王家の末裔なのだそうだよ。その証拠がこの指輪なのだそうだ。王国は滅びたが、王家のある一族は生き残り脈々その血筋を現代まで繋いできたんだよ。そして、その王家に連なる女性だけがこの指輪を持つことを許された。」
「・・・古代魔法王国の末裔」
それは、兄のライナード王子が解明に躍起になっている、遺跡や魔法術式と同一のものなのだろうか?




