第15話
城の中庭。
花々が風に揺れている。
テラスでは、カラン王子とフローラ姫がお茶を楽しみながら会話をしている。カラン王子は慈愛に満ちた表情で妹のフローラ姫を見つめている。彼らから少し控えた位置で二人を守るために、騎士としてアーロンは立っていた。王家の人間である二人と同じテーブルでお茶をすることはできないが、この場に居ることを許されたことにアーロンこと結城は感謝していた。
(アーロン、お前はフローラを愛しているか?)
不意に、カラン王子が口にした言葉を思い出し、アーロンはカランとフローラを見つめながら物思いに耽る。
(『アメリア国』は妹を身一つで嫁によこせと言ってきたが、そんな事を認めることなどできるはずもない。だが、他愛もない理由で国を攻め亡ぼすのが『アメリア国』の本質だ。私は、『オリエント国』を父の代理として統治している以上・・・この国を危機に晒すわけにはいかない。例え、妹を犠牲にしてもだ。)
カラン王子がフローラと話す態度を見ていれば、彼がどれほど妹を愛しているかひしひしと伝わってくる。彼は、傍若無人な態度で接してくる大国に病弱な妹を渡したくはないのが本音だろう。それでも、『オリエント国』の為に妹を差し出さねばならない己の立場に苦しんでいる。
その彼から、フローラ姫と共に『アメリア国』に行き生涯彼女に仕えその命に代えても妹を守ってほしいと命じられたのは一週間前の事だった。
(『アメリア国』とは、フローラには側付のイルマと医師、そして『オリエント国』随一の騎士のアーロン・・お前を付ける事で交渉は決した。兵士はお前以外には、フローラにはつかない。『アメリア国』は、他国の兵を自国に入れることを極端に嫌うからな。お前一人を姫に付けるだけでも、随分揉めた。)
すっかりと女が板についたように見えるフローラ姫こと高橋をそっと見つめながら、そっとため息を付いた。すでに、二日後にはフローラは『アメリア国』への輿入れへのためこの国を出発することになっている。
この異世界に来て、右も左もわからぬまま過ごしてきたが、この国『オリエント国』は中々に居心地の良いものだった。それでも、元の世界への帰還を望む心がないわけではない。多大な犠牲を必要とするとはいえ、その方法がある事も知った。
だが、それは己一人だけが元の世界に戻る方法だった。
高橋・・・フローラ姫を残して、ただ一人元の世界に戻る方法。
アーロンは再び、フローラに視線をやった。フローラはカラン王子に向かって穏やかに笑顔を向けている。
(再び問う。アーロン・・・お前はフローラを愛しているか?)
カラン王子の問いに、結城は返事に窮した。ただ、アーロンの脳はその言葉に過剰に反応して結城の胸を締め付けながら、鼓動を速めてた。
その反応をその身に感じ、結城は思わず苦笑いを漏らしていた。
騎士が姫に恋をする。
身分違いの恋。
それは、あまりにもチープなRPGの世界観ではありがちなことで。そういうキャラは、すでに死亡フラグが立っているも同然の存在なのだが。できれば、そんなキャラにはなりたくはないのだが、どうやら結城もまた、フローラと同様、自身の体アーロン脳に侵されつつあるようで、カラン王子の前で片膝をつきながら宣言していた。
(フローラ姫を心より愛しております。しかし、この愛は王家への忠誠心からくるものです。カラン王子、私は・・・フローラ姫に生涯の忠誠を誓い、姫の為にこの命を捧げる所存です。)
芝居がかった言葉でアーロンはカランに返事した。それもいいと結城は思った。
この異世界で、結城はアーロンとして生きていく事を誓ったのだ。身分違いの恋をした『オリエント国』一の騎士アーロン。まあ、そんなキャラも悪くない。
一陣の風が、フローラ姫の金色の髪をなびかせる。
元は男のくせにすっかり女になじんでしまった同級生に視線を送りながら、アーロンはそっと微笑んだ。彼女の髪に風に舞った花弁が付いたから。この手で取ってあげたいと思いながららも、アーロンはその場を動かなかった。その花びらを手に取って微笑んだのは、カラン王子だったからだ。
その時、アーロンの・・・結城の心にほんの少し嫉妬心が芽生えたような気がしていた。




