第14話
フローラ姫、つまり私の『アメリア国』への輿入れは確定事項だったが、その日程に関して両国は剣呑な関係になるほど、揉めに揉めた。
当事者とはいえ、両国の関係が悪化していくのを見ている事しかできない私としては、毎日ハラハラし通しの日々が続いていた。
フローラ姫への輿入れの申し出があって以来、大国『アメリア』からの使者は毎日のようにやってきては、姫を早く本国によこせと迫ってきていた。それに対し、『オリエント国』の実質の支配者である、長兄のカラン王子は一国の姫を嫁がせるには条件が悪すぎると半ば切れ気味に使者を追い返していた。
今回のフローラ姫の嫁入りに関して、兄のカラン王子は『アメリア国』に不信感を抱いているようだった。
通常、小国とは言え一国の姫が輿入れするとなれば、国の威信をかけて準備を行い姫を送り出すのが常識らしい。その為に、半年から一年はその準備に費やされることはよくある事らしい。
『アメリア国』も属国の小国から姫を何人か嫁に迎えているが、その輿入れを急かすようなことは一々しないのが儀礼となっている。強大な軍事国家とはいえ、無茶が過ぎれば支配する国々から反旗を翻されかねない。もちろん、反撃をされたら徹底的にその国を潰す国ではあるが、たかが嫁入りの事でいたずらに属国を刺激することはないのが現状だ。
それにもかかわらず、『アメリア国』が、こうもフローラの嫁入りを急かせるのには何か裏に事情があるのではないかと危惧している。それに、もともと、姫が病弱であることは間者を多く抱える『アメリア国』なら知っていることで、世継ぎを望んでいる『アメリア国』がフローラ姫に輿入れを望むこと自体カラン王子には不自然に思えていた。
その上、『アメリア国』が輿入れの条件に出したものは到底受け入れられるものではなかった。姫だけを身一つでよこせとはあまりにも横暴すぎる。病弱な姫を嫁入りさせるのに、側付や医師、護衛さえもつけるなとの『アメリア国』の申し出はあまりにも横暴でカラン王子は、『それでは妹を嫁にはやれぬ』と突っぱねたのである。
そんな事情を抱えつつも、両国は話し合いを続けようやくフローラ姫の輿入れの日程が決まったのは、私がこの異世界に来てから一か月が経ってからだった。
その輿入れを二日前にした昼下がり、私はカラン王子に誘われて城の中庭で一緒に昼食をとりその後デザートを食べながらティータイムを楽しんでいた。傍らにはアーロンも共にいた。
城のの中庭には、可愛いテラスがありその周りには高原の花畑のような可愛らしい背丈の小さな色とりどりの花が咲き誇っていた。
風に揺れるその花々をぼんやりと見つめているカラン王子は少し寂しげな表情をしていた。
「カラン兄様?」
私がそう呼びかけると、兄はフローラの方に振り返り優しく微笑んだ。それでも、その眼には影があり私にはそれが罪の意識に揺れているように思えてならなかった。だから、あえて私は努めて明るい声を出していた。
「兄様、そんな暗い顔なさらないでくださいよ。姫がお嫁に行くのがそんなに寂しいのですか?本当に、寂しがり屋ですね、カランお兄様は?」
「・・・ああ、そうだね。寂しくてたまらないよ、フローラ。」
その慈愛に満ちた瞳に見つめられて、私は一瞬言葉を失ってしまった。不意に、カランは私の金の髪を一房掴むと、愛おしそうに撫でながら口を開いた。
「フローラ、亡くなった母の事を覚えているかい?私やお前、皆がまだ小さかった頃よくここでお茶を楽しんだものだ。今のフローラは本当に母そっくりに成長したね。」
私にフローラ姫の母親の記憶はない。それでも、その話はどこか懐かしく胸を締め付けられるような思いがした。もしかしたら、フローラの脳がもっとその話を聞きたいと望んでいるのかもしれない。
「・・・兄様。私は、『反魂の術』で記憶を失ってしまたけれど・・・もっと、その話を聞きたいです。フローラの母はどんな人でしたか?」
そう聞くと、カラン王子はそっと微笑んで母の思い出話を始めた。それは、新鮮で、それでいて懐かしくもあり、興味深い話となった。




