第10話
「反魂の術を施してない?」
私はぽかんとした顔でライナードの言葉を反芻していた。私の横で不味いお茶の後遺症に苦しんでいたはずのアーロンが、不意に私をかばうようにしてゆっくりと立ち上がった。その背中からは、威圧的なオーラが醸し出されていた。アーロンは、座ったままのライナードを睨み付けながら口を開く。
「じゃあ、あんたはどんな術を俺達に施したんだ、ライナード?」
少しずり落ちた丸眼鏡を指で持ち上げながら、ライナードはアーロンを見上げて笑いながら口を開いた。
「まあ、そう攻撃的にならないで、アーロン。さあ、座って座って。」
私はアーロンの手にそっと触って自分が平気であることを示した。アーロンはこちらにちらりと視線をよこしその眼で平気かと尋ねてきた。私がゆっくりと頷くと、アーロンは警戒を解くことなくゆっくりと椅子に座った。もしかしたら、アーロン脳が結城に対して警戒音を鳴らしたのかもしれない。
この男、ライナードは危険だと。
「まあ、私も状況を知りたいので全てを話すつもりだったんですけどね。その為に、人払いをして二人だけで来てもらったのだから。」
「では、どんな術を施したのか話してもらえますか、ライナードお兄様?」
あくまでもフローラの態を崩さず、私がそう話を促すとライナードはふっと微笑んで話を始めた。結城は事の成り行きを見守るつもりらしく、黙って会話を聞く体勢に入っている。
「どこから話せばよいかな。まあ、とりあえず・・・私は第三王子に相応しくない趣味に走ってしまった男だと説明しておこうかな。私の趣味は、古代に滅んだ魔法王国の遺跡を発掘してそこから発見される石板に刻まれた古代魔法の数々を現代に甦らせることなんだよ。」
「古代の魔法王国?」
「そう、魔法の術式が相当に進んだ王国でね。古代魔法は今や幻の遺物になってしまっているが、甦らせることができれば、この大陸の勢力図だって書き換えることができる代物だと思っているんだよ、私はね。特に、古代魔法でも禁忌とされた魔法は強力だ。まあ、読み解くのも至難の業だけどね。でも、嵌っちゃうとねぇ・・・抜け出せないんだよね、知識欲とは際限ないね。」
ライナードは、まるで夢を語る少年のようと、彼の話を聞きながらそう思った。純粋だからこそ、犠牲をいとわない。無数の人間の死を利用して、彼は何かしらの魔法を施したのだ・・・あの部屋で。
「でもねえ、誰も理解してくれないんだよね。王子なら王子のように振舞えと父も兄もそう言う。彼らには、古代魔法の重要さが分かってないんだよ。それでも、研究にはお金がかかる・・・際限なくね。そこでね、私は兄と取引をしたんだ。莫大な研究費を出してもらう代わりに必ず古代魔法の禁忌『反魂の術』を完成させるとね。そうしたら、あの兄はこの提案に飛びついたよ。私に頭を下げてね。フローラの病気を治してくれ。彼女を死なせないでくれってね。あれは、気持ちよかったなぁ。」
私は目を見開いてライナードを見つめた。
「カランお兄様と取引?」
ライナードは笑う。
「そう、カラン兄さんはフローラの為ならどんな条件も飲んでくれたよ。人体実験も好き放題にできた。資金も豊富。だけどねぇ、私は『反魂の術』なんかに興味はなかったんだ。興味のないものに、時間はさきたくないものだろ?兄にはごまかしながら、別の研究をしていたんだよ。」
私は顔を歪めていた。




