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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎

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発覚

「付いて来て良かったのか?」


 劉肥りゅうひ駟鈞しきんにそう言った。


「ええ、せっかくの陛下のお父上の葬儀ですからなあ。参加しなければ」


 肩を竦ませる駟鈞に劉肥は横目で見る。


「まあ、良いが。ただそれで足をすくわれないようにな」


 鼻で笑い、劉肥は立ち去った。


「はっ餓鬼が」


 吐き捨てるように言った駟鈞の元にすっと影が現れた。


劉敬りゅうけいより報告がありました。陳平ちんぺい季布きふを通して、あなたの正体を知った可能性があるとのこと」


「季布か。やつがいたなそう言えば……」


 駟鈞は顎を撫でる。


「季布は項羽こううの配下だった。それよりも陳平を消すことを優先するべきか」


 彼はそう言うとにやりと笑い、


「やつには退場願おう。虞将軍に命令を出せ、陳平を始末せよとな」


 と指示を出した。


(さて、季布か。やつは始末するよりは遠ざける方が良いか)


「それはこれから会う方にやってもらうとするか」


 にやりと彼は笑った。











 陳平は屋敷で自らの配下を使い、駟鈞の動向を探るように指示を出していた。


「駟鈞は斉王から離れました」


「どこに行くか探れ」


「わかりました」


 部下が頭を下げて、出て行く。因みに陳平の妻はいない。天下統一が成った後、流行病により世を去った。彼女との子は兄の元で養ってもらっている。


 兄は相変わらず、貴族の生活には興味が無いようで、農作業に従事している。


「ありがたいことだ」


 陳平はそう呟いた瞬間、彼に向かって物が投げつけられた。それを机を立てて防ぐ。


「こういう時、巻き込まなくて済む」


 立てかけていた剣を手に取り、机を蹴り飛ばし、飛び出す。そして、一人を斬り捨てる。


「何者かとは言わなくとも良いかな」


 そう言ってから陳平は投げつけられた物を見る。部下の首であった。


「まだ死ぬわけにはいかないのでな」


 陳平は剣を奮って、脱出を図った。


(季布殿を屋敷に招いていた。来てもらえば良いのだが……)


 その時、悲鳴が上がった。


「おい、大丈夫か」


 その声には聞き覚えがあった。


雍歯ようし殿か」


 矛を振り回しながら雍歯が現れた。


「なぜ、ここに?」


張良ちょうりょうの旦那に頼まれた。しかし、こいつらなんだ。旦那憎まれやすいとはいえ」


「駟鈞の配下だろう」


「斉王の外戚だよな。斉王の指図か。まあ良い、ここは脱出だ」


 雍歯は陳平を抱き抱えると部屋の壁を壊し、脱出する。しかし、外にも兵が囲んでいた。


「前にいるのは確か……虞将軍だな。ありゃあ」


(虞将軍……劉敬の推薦者か)


 つまりやつも劉敬を通して、つながりがあるということであろう。


「こりゃきついが、行けますか?」


「行けるさ。范増はんぞうらから逃げ切ったのだぞ」


 陳平は雍歯から降りて、剣を構え雍歯と共に敵を斬っていく。


「ちっ聞いてねぇぞ。あの大男」


 虞将軍は陳平を守るように闘う雍歯の姿に舌打ちする。


「早く殺せ、これ以上、騒ぎを大きくすると問題だ」


 部下たちがそれに答えるように陳平らに向かうが、雍歯は強く中々、陳平を殺せない。そこにある一団がやってきた。


「お、劉敬か。援軍で来てくれたか」


 虞将軍は喜ぶ。一方、陳平も気づき、


「やはり繋がりがあったか……」


「ここに来て、相手の援軍かよ。まずいな」


 劉敬は自分の配下と共に虞将軍に近づく。


「全く、余計な騒ぎを起こしおって」


「すまねぇな。相手が中々に抵抗するもんでね」


 虞将軍がそう言うと劉敬は舌打ちする。


「ああ、腹立たしいことだ」


 苛々しながら劉敬は虞将軍に近づく。


「まぁここでやつを殺せば、死人に口なしだ。さっさと殺そうぜ」


 虞将軍の言葉に劉敬は頷く。


「そうだね。良いことも言えるではないか。死人に口なしその通りだ」


 そういった瞬間、劉敬は手を前に振った。


「なっ……ぐぼっ」


 虞将軍は目を見開き、そのまま倒れた。彼の首には小剣が刺さっている。劉敬が投げたものである。


「なぜ……」


 周囲が唖然とする中、劉敬の部下が虞将軍の部下に襲いかかる。劉敬は虞将軍に近づく。


「ああ、余計な手間をかけさせよって」


 彼はそういいながら虞将軍の首に刺さる小剣に足を乗せ、そのまま体重をかけて深く刺さらせた。虞将軍は絶命した。


「おいおい、陳平殿。俺りゃあ、話についていけないんだが」


 雍歯がそう言うのを陳平もまた同じように思っていた。


(どういうことだ。仲間割れか。いや、そんなはずは無いだろう……)


 二人に劉敬が近づく。


「余計なことをするからこうなるのだ。煩わしいことこの上ない」


「お前は駟鈞の配下ではないのか?」


 陳平の問いに劉敬は見下したように答える。


「なぜ、あのようなごみに私が配下にならねばならん」


 鼻で笑う彼に陳平は聞く。


「なら、斉王の配下か。何が目的だ?」


 劉敬は自分のこめかみを指で何度か叩きながら言う。


「偉業を成すには九分九厘の努力と一厘の才能によって成せるそうだ。いえに多くの者は努力せよと申す。だが、私に言わせれば、皆、解釈を間違えている」


 彼は見下しながら言った。


「一厘の才能すら無い者に、偉業は成せないとな。陳平よ。一厘の才能も無いような振る舞いをするな」


「では、斉王の配下ではないと?」


「いや、斉王こそが私の主だ」


 劉敬の答えに陳平は怪訝な表情を浮かべる。


「お前が誤解しているのはあの方の大義だ」


「大義?」


「そうだ。大義だ。あの方は漢王朝のために害虫の駆除を望んでいる」


「害虫……」


 陳平は目を細める。


「つまり……わざと斉王は駟鈞と通じ合っていると?」


「そうだ。やつの配下の全てを把握し、駆除しようとしている。まあもっと大きなものを始末せねばならなくなりそうだがな。そこはお前の仕事だと申していた。ああ腹立たしい」


 劉敬は眉間を抑えながら苛々する。


「どういうことだ?」


「全く、いい加減察してもらいたいことだ。これを言えばわかるか?」


 陳平は劉敬の次の言葉に驚く。


「駟鈞は皇后様と繋がりを持った」


「皇后様と?」


「そうだ。危険を冒してまでここまできたのはそのためだ。季布がお前の屋敷に来るはずが、来なかったのもこのためだ」


 劉敬は舌打ちする。


「全く、余計な動きをしたために主のお側にいられずに貴様なんぞに……ふん、まあ良い。これから派手な動きはするな。時が来るまでな」


 そう言って、劉敬は立ち去っていった。


「斉王が……」


 陳平は小さく呟き、ボロボロとなったこの屋敷をどうするかを考え始めた。











「報告します。陳平への襲撃は阻止できたのこと。駟鈞はやはり皇后と接触したとのこと」


 魏勃ぎぼつが劉肥にそう報告した。


「そうか。危険を冒してまで、皇后に……」


 劉肥は少し目を閉じる。


「まあ、良い。都でのことは陳平と劉敬に任しておけば良いしな。まだ動かなくともよいだろう」


「承知しました。あと、先ほど陛下からの使者がやってきました。宮殿に来てもらいたいとのことです」


「そうかわかった。参るとしよう」


 彼はそう言って、父の元に行く準備を始めた。



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