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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎

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白登山の戦い

 韓王・しんが匈奴に降伏したことに劉邦りゅうほうは激怒し、自ら韓王・信を撃つことにした。


 銅鞮で韓軍を破り、その将・王喜おうきを斬った。


 恐れた韓王・信は匈奴に逃亡した。


「やあやあ、大変だったようだね。もう大丈夫。これからは一緒に頑張ろう」


 冒頓ぼくとつ単于はにこやかに彼を迎え入れた。


「ねぇ知っている。人間苦しい時に手を差し伸べた人を信じるんだよ」


 そう彼は部下に言った。


「報告があります」


 そこに別の配下がやってきた。


「曼丘臣が挙兵しました」


 曼丘臣は白土(地名)の人である。彼は王黄らと共に趙王の子孫であると言われる趙利を王に立て、韓王・信の敗散兵を集めているという。


「せっかくだから派遣してみようか」


 冒頓は韓王・信と左・右賢王に一万余騎を率いさせ、王黄らと共に広武以南に駐軍させることにした。


 彼ら匈奴軍が晋陽に至った。漢兵が攻撃するとすぐに敗走し、匈奴軍は再び集まって駐屯した。漢兵は勝ちに乗じて追撃を仕掛けたが、そこにちょうど大寒に襲われて大雪が降り、士卒の中で十分の二三の者が凍傷のため指を失ってしまった。


「北の寒さは舐めると怖いという話しさ」


 冒頓はそう言って笑うと代谷に移動した。


 劉邦は晋陽に移動しており、冒頓が代谷にいると聞いた。攻撃しようとしたが、慎重を喫して、まず人を送って匈奴の軍中を偵察させることにした。


「みんな隠すよ」


 冒頓は漢軍の偵察のために使者が来ると知ると壮士と肥えた牛馬を隠し、老弱の兵と羸畜(痩せた家畜)を見せることにした。


 漢の使者は十往復したが、皆、


「匈奴を撃てます」


 と報告した。


 劉邦は劉敬りゅうけいも使者として匈奴に送ったが、彼の前の使者たちが伝えてきたことを信じ、劉敬が戻る前に三十二万の大軍を総動員して北に向かい、句注山を越えた。


 そこに劉敬が戻ってこう報告した。


「両国が互いに打ち合う際、矜(自大。優勢)を誇示して長所を見せるものです。しかし私が赴いたところ、ただ羸瘠老弱がいるだけでした。これは短所を見せようとしている意図があり、奇兵を隠して利を争うつもりであると推測します。私の愚見では、匈奴は撃つべきではありません」


 ところが既に漢兵が行動を開始しており、劉邦は激怒した。


「斉虜(斉人・劉敬)は口舌によって官を得たが、今、妄言によって我が軍を止めようというのか」


 劉邦は劉敬を捕えて広武に繋いだ。


 匈奴の左・右賢王が一万余騎を率いて王黄らと広武以南に駐軍し、晋陽に至って漢兵と戦った。しかし漢兵が大勝して離石まで追撃し、また匈奴軍を破った。匈奴は再び楼煩西北で兵を集めた。


 漢は車騎に命じて匈奴を撃破させる。


 匈奴がしばしば敗走し、漢軍は勝ちに乗じて追撃を続ける。


「馬に最初に教えることってなんだと思う?」


 冒頓は笑う。


「逃げ足を鍛えることさ」


 彼は次に上谷に移動した。


 晋陽にいた劉邦は冒頓が上谷にいると聞くと再び、人を送って偵察を行い、使者が戻って、


「匈奴を撃てます」


 と報告したため、劉邦は平城に進むことにした。ここで劉邦は油断した。散々匈奴が破れ、弱兵と思っていたようである。先行して平城に入り、兵は一部しか到着していなかった。


「さあ、ここで叩くよ」


 冒頓は精兵四十万騎を放つと、襲撃した。劉邦は白登山に逃げたため、これを囲んだ。白登山は平城の北東にある。


「このまま包囲しよう。包囲ってやったことないんだよね」


 楽しそうに笑う彼だが、


(この山、雪が多いから登るのはきついよね)


 環境を味方にできる時とできない時があると思いながら、山を眺める。


 包囲は七日間に渡り、外の漢兵は食糧の援助もできなくない状況であった。


「このままでは凍死してしまう。何か策は無いか?」


 劉邦が陳平ちんぺいに訪ねた。


「わかりましたなんとかしましょう」


 陳平は秘計を用いて秘かに匈奴の閼氏に使者を送った。閼氏に厚い賄賂が届けられた。これには別の説があり、陳平が画工に漢の美女を書かせて、美女が送り込まれた閼氏の地位を脅かすかもしれないと揺さぶりをかけたというものである。


 画工が従軍しているのか。もし事前に用意しているならば、負けると既に予想をつけていたなどを考えていかなければならない。そのため純粋に賄賂を渡したと思うべきであろう。


 閼氏が冒頓に使者を送った。


「両主は互いに困窮させ合うべきではありません。たとえ今、漢の地を得たとしても、単于が住める場所ではありません。それに漢主にも神霊があります(神霊に守られています)。単于は察するべきです」


(ふむ、どうしたものかな)


 わざわざこのような使者が来たということは、恐らく漢の手の者が閼氏に伸びたと考えるべきであろう。


(それよりも問題は……)


 王黄、趙利と集合する日を決めていたが、王黄と趙利の兵は現れていなかった。そのため漢と通じているのではないかと疑っていた。


(これも漢の手の者かな)


 そう考えたため、挟撃の可能性を考え、包囲の一角を解いて警戒に兵を動かした・


 ちょうどその時、大霧が出たため、漢の使者が白登山と平城の間を往来することに成功し、匈奴はそれに気づくことができなかった。


 陳平は一つの強弩で外に向かって二本の矢を射るように請い、それによって包囲を続ける匈奴の目を引きつけるとその隙に下山し、包囲を突破した。劉邦は速く駆けて逃げたいと思ったが、太僕の滕公・夏侯嬰かこうえいが敢えてゆっくり進み、平城に至った。


 そこに漢の大軍も到着した。


「数の差はどうしようもないね」


 冒頓は白登山の包囲を解いて去ることを決めた。


 被害を受けた漢群も兵を解散して帰国させ、樊噲はんかいを代地に留めて安定させることにした。


 劉邦は広武に入ると劉敬を釈放し、こう言った。


「私はあなたの言を用いなかったために平城で困窮した。前に行った十輩(十回。十隊)の使者を全て処刑した」


 そう言って謝ると劉敬に二千戸を封じ、関内侯(実際には封地がない侯)とした。劉敬は建信侯と号した。


 帰還するために南下した劉邦が曲逆を通った時、こう言った。


「壮美な県である。私は天下を行き来したが、壮美な所は洛陽とここだけしか見たことがない」


 そこで陳平を曲逆侯に封じて全ての賦税を収入にさせることにした。今回の匈奴との戦いの功績をこれを持って報いたのである。


「漢軍には勝てたけど、皇帝までは殺せなかったなあ」


 冒頓は頭をかく。


「戦で勝てないなら腹芸か。なるほどね。これが国っていうものか」


 彼はうんうんと頷く。


「でもまあ、勝てたという事実はいい資産になるだろう」


 冒頓はあくびをすると馬の背で寝っ転がった。




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