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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎

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草原の覇者

 かつて匈奴は秦を畏れて北に遷り、十余年が過ぎた。


 秦が滅ぶと匈奴は再び南に移動して北河を渡り始めた。劉邦りゅうほうが即位する前のことである。


 当時の単于(匈奴の首領)は頭曼とうまんという男であった。既にこの時点で冒頓ぼくとつが太子となっていた。太子という表現は明らかに中華側の表現であろうが、正式な匈奴の後継者のものがわからないため、訂正をしない。


 しっかりとした後継者が決められている以上、問題が無いのだが、頭曼が寵愛した閼氏(単于の妻。中国の皇后に相当する)が少子を生むと、頭曼は冒頓を廃して少子を太子に立てようと考え始めた。


 どうもこういう後継者を変えるということが問題であることは匈奴も同じようである。どのようにして後継者の座を変えるかを考え、思いついた。


 当時、東胡(東方)と月氏(西方)が強盛であった。そこで頭曼は冒頓を友好のための人質として月氏に送り込んだ。ところがすぐに頭曼は月氏を急襲した。


「なるほどね、自分の排除を他人にってことだ」


 冒頓は苦笑すると月氏が自分を殺そうとする前に、冒頓は良馬を盗んで逃走し、匈奴に帰った。


「ただいまあ」


 にこにこしながら父親に追撃してきた敵の首を持って近づいた。


「流石は我が子よ」


 頭曼は内心、冷や汗をかきながら冒頓の勇壮さを認めて万騎を指揮させるとした。


 冒頓は与えられた部下に鳴鏑を作って騎射を練習させた。鳴鏑は髐箭ともいい、放つと音を立てて飛ぶ矢のことである。冒頓は部下にこう命じた。


「鳴鏑が射られた場所に一斉に矢を射てね。射なかったらその者は斬るよ」


 すると冒頓は鳴鏑を自分の良馬に放ち、更に愛妻を射た。左右の者の中には動揺して射なかった者が少なくはなかった。


「はい、そいつら処刑」


 矢を射なかった者は全て斬首された。この状況に震える者も多かったが、中には彼のような男に僅かながら興味を覚える者がいた。何かが変わるかもしれないという期待を持って。冒頓はその様子ににやりと笑うと彼らを連れて、鳴鏑で単于の良馬を射て見せた。すると左右の者たちも全て矢を放った。


「うん、うん。良いね」


 冒頓は部下が完全に命を聴くようになったと判断した。


 ある日、頭曼に従って狩りに行った。


「楽しいですね父上。あっあそこに獲物がいますよ」


 にこにこしながら冒頓はそう言って頭曼がこちらから目を離した瞬間、鳴鏑を頭曼に向かって放った。すると左右の者も鳴鏑にあわせて矢を射ていった。頭曼は殺した。


「さて、次行こう。次ね」


 冒頓は後母(閼氏)と弟および大臣で冒頓に従わない者も全て誅殺していった。


 首が晒されているのを静かに冒頓は眺める、その後ろに屈強な男たちが並ぶ。


「どうする。今なら僕の首取れるよ」


 屈強な男たちは跪き言った。


「我ら主、我らが単于に忠誠を」


 冒頓は自ら単于に立った。


 紀元前209年のことである。


 冒頓の即位を知った東胡が使者を送って冒頓にこう言った。


「頭曼の時の千里の馬を得たい」


 冒頓が群臣に意見を求めると、群臣は皆、


「それは匈奴の宝馬というべき馬です。与えてはなりません」


 と反対した。しかし冒頓は、


「他国と仲良くしようというのに、一頭の馬を惜しむのは良くないでしょ」


 と言って千里の馬を与えた。


 暫くして調子に乗って東胡はまた使者を送ってきた。使者が冒頓に言った。


「単于の一閼氏を欲しい」


 冒頓がまたもや左右の者に意見を求めると、左右の者は皆怒った。


「東胡は無道にも閼氏を求めております。攻撃なさるべきです」


 しかし冒頓は、


「他国と仲良くなろうとして、どうして一女子を惜しむのさ」


 と言って寵愛する閼氏を東胡に与えた。


 その結果、東胡王は、匈奴の単于の軟弱さを笑い、ますます驕慢になった。


 当時、東胡と匈奴の間には誰も住まない千余里にわたる空地があり、人々は両側に居を構えて甌脱(見張り用の土室)を造っていた。


 東胡の使者が冒頓に言った。


「あの棄地(空地)を占有したい」


 冒頓が群臣に問うと、一部の群臣が言った。


「あそこは棄地です。与えてもかまわないでしょう。与えなくてもかまいませんが」


 すると冒頓は激怒した。


「土地とは国の本(根本)。どうして与えることができるというのか」


 与えることに賛成した者を全て斬った。


 更に冒頓は馬に乗ると、


「国の中で遅れて出た者は斬るよ」


 と宣言し、東胡を襲撃した。


 東胡は冒頓を軽視していたため備えがなく、突然の事態に抵抗することができなかった。そのまま冒頓は東胡を滅ぼした。


「さて、帰り道には月氏がいるね」


 帰還する途中で、冒頓は西を向かうと月氏を駆逐した。


「さあ、どこまで行けるかな」


 更に南下して楼煩と白羊の二王が治める河南の地を兼併した。その後、燕・代にまで進攻して秦の蒙恬が匈奴から奪った故地を取り戻し、漢の国境がある旧河南塞から朝那、膚施に至る地を奪った。


 当時、漢兵は項羽と対峙しており、中国は戦争のため疲弊していたため、その隙に冒頓の率いる匈奴は強盛になり、控弦の士(弓兵)三十余万を擁して諸国を威服させた。


 尚、東胡は冒頓単于に敗れてから一部が烏丸山を守るようになった。これを烏丸(烏桓)という。また一部は鮮卑山に移りました。これを鮮卑という。烏丸と鮮卑は言語も習俗も共通しているという。


 月氏は冒頓単于とその子・老上単于に敗れてから西に遷って領土を拡大していくことになる。これを大月氏といい、一部は南山に入り、小月氏とよばれるようになる。

 

 紀元前201年。秋、冒頓単于率いる匈奴が馬邑で韓王・しんを包囲した。


「使者が来ております」


「早いねぇ」


 冒頓単于はすぐには和解には同意を示さなかった。


 それでも韓王・信はしばしば匈奴に使者を送って和解を求めた。


 この事態に漢の朝廷は援軍を発したが、韓王・信が頻繁に使者を派遣していたため、二心を疑うようになった。そこで人を送って韓王・信を譴責し始めた。


 九月、韓王・信は誅殺を恐れ、馬邑を挙げて匈奴に降伏を申し入れた。


「良いよ」


 これには冒頓単于は同意を示し、そのまま兵を率いて南の句注山を越え、太原を攻めて晋陽に至った。


「ここまでにして帰ろうか」


「よろしいのですか?」


 配下がそう問いかけると彼は頷く。


「漢の出方を待ってから動くことにするよ」


 冒頓単于はそう言って、帰還することを決めた。


『ここで父を殺したらどうなるかなあ』


『東胡と月氏を滅ぼしたらどうなるかなあ』


 ここまで彼はそう思った途端に行動に移してきた。


(さあ、漢帝国に喧嘩を売ったらどうなるかなあ)


「わくわくするねぇ」


 草原の覇者・冒頓単于。


「さあ、行けるところまで行こうか」


 彼を突き動かすは貪欲な好奇心。彼の好奇心が殺すのは、猫か。皇帝か。



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