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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争

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四面楚歌

 危ない橋を渡るような真似をしてまで項羽こううを攻めたにも関わらず、彭越ほうえつ韓信かんしんが来なかったことに劉邦りゅうほうはいらつきながら張良ちょうりょうに言った。


「諸侯が従わないがどうするべきだ?」


 張良は答えた。


「楚兵はもうすぐに破れますが、楚を破ってから、韓信と彭越が領有する地がまだ定められていません。二人が来ないのは当然と言えましょう。陛下が二人と天下を共にすることができるならば、二人はすぐに来ることでしょう。それができないようならば、事の行方はまだわかりません。斉王(韓信)が立ったのは、陛下の意によるものではありません。彼もまた自堅できない状態なのです(安心できない状態)。彭越は魏の地を平定しました。かつて陛下は魏豹ぎひょうがいたため、彭越を相国に任命しましたが、今、魏豹が既に死んだため、彼も王位を望んでいます。しかし陛下はまだ王位を定めていません。睢陽以北から穀城までの地を全て彭越に統治させ、陳以東から海に至る地を斉王に与えましょう。韓信の家は楚にありますので、韓信も改めて故邑(故郷に近い邑)を得たいと思っているはずです。これらの地を割いて二人に与える約束をし、それぞれ自分のために戦わせれば、容易に楚を破ることができましょう」


 劉邦は頷くと使者を派遣し、韓信と彭越にこう伝えた。


「力を合わせて楚を撃とう。楚が破れれば、陳から東の海に至る地を斉王に与え、睢陽以北の穀城に至る地を彭相国に与えよう」


「これならば、彭越も動くだろう」


 自分への領土はそこまで興味ないが、彭越が来るのであれば、勝ち戦ができる。


「兵を進める」


 こうして韓信、彭越が兵を率いて、漢軍に合流するため進軍した。


 それに呼応するように劉賈りゅうかが南進して淮水を渡り、寿春を包囲した。漢軍は人を送って楚の大司馬・周殷しゅういんに背反を誘った。


 周殷は項羽に信頼を受けていた人物であったが、楚に背き、舒の兵を率いて六を屠した(皆殺しにした)。


 更に九江の兵を挙げて英布えいふを迎え入れ、共に城父に進んで屠した。周殷と英布は劉賈に従って漢軍に合流した。


 その頃、項羽が垓下に至った。


 漢軍と合流した韓信は自ら三十万を指揮して正面に当たり、配下の孔熙こうきを左に、陳賀ちんかを右に陣を構えさせた。


 劉邦は後ろにおり、その後ろに周勃しゅうぼつと柴将軍がひかえる。


 対抗する項羽の兵は十万である。


「前進」


 韓信は意外にも項羽の軍に真正面からぶつかっていった。


「ほう、真正面からか」


 項羽は関心したようにそう言うと全軍、真正面から漢軍にぶつかった。


 破壊力は楚軍の方が上で、前に項羽が出ていることもあり、漢軍は前進できない。韓信は後退を指示した。


「項羽という男は名将と言っていいでしょう」


 韓信はそう言った。後ろにいる劉邦は驚く。


(あの韓信が誰かを褒めるのか)


 劉邦は空に手を伸ばす。


(雨でも振るかな?)


 どうにも振りそうにない。


「猛将としてもあれほどの男はいないでしょう」


 韓信は楚軍を見据えながら、そう言う。


「しかし、項羽はただ一人しかおらず、楚軍の兵は項羽ではない」


 ここで韓信は左翼と右翼が前進するように指示を出す。この左右の押上により、楚軍が不利になった。


「真正面からぶつかって楚軍を押すことができるとは」


 劉邦は驚く。今まで楚軍に勝てることがあれば奇襲などがほとんどであった。


「楚軍はもはや限界なのでしょう」


 韓信は銅鑼を叩き鳴らす。


「前進、前進、前進せよ」


 一気に前へ向かって攻めかかったことにより、楚軍は破れた。










 この大敗により、楚軍は項羽を要しながらも無様な退却戦を行うことになり、季布きふ鍾離眜しょうりばつは項羽と離れることになってしまった。


 項羽は営壁に入って固守した。漢軍と諸侯の兵は楚営を数重に包囲した。


 ある夜、不思議なことが起きた。


 項羽を包囲する漢軍から楚の歌が聞こえてきたのである。歌声は四面から聞こえる。因みにこの時に歌われた楚歌は『雞鳴歌』というらしい。


 項羽は言った。


「漢は楚を全て得たのか。なんと楚人の多いことよ」


 項羽は夜になっても寝ようとせず、帳中で酒を飲むようになった。


「もうこれは勝てんな」


 虞子期ぐしきは呟く。


「そうみたいね」


 虞姫ぐきも頷く。


「さて、そろそろお前の売る相手も考えないとな」


 売るというのは実際に売るのではなく、彼女を使って誰に寄生するかである。


「もう相手は決めてるの?」


「まあな」


「誰?」


 虞子期はにやりと笑う。


「劉邦の子・劉肥りゅうひさ」













 

 虞姫は酒を飲む項羽の傍に控えている。


(この人が負けるのね)


 化物じみた力を持っている項羽は誰よりも天下に近かった。しかし、今まさに勝とうとしているのは劉邦である。


(不思議なことよね。まるで仕組まれたかのよう)


『私は知りたいのだ。人は常に同じ答えを出し続けるのかどうかを』


 あの馬鹿な仙人の言葉を思い浮かぶ。


(あれも馬鹿よね)


 虞子期は劉肥に近づいて自らの身を生き残ろろうとしているようである。


(あの男は仙人から目をもらって私のことを知っているのにね)


 そのことは虞子期には話してない。


(ふふ、全く滑稽なこと)


 突然、項羽は酒を置き、悲歌を歌い、自ら詩を作った。その内容はこのようなものである。


「力は山を抜き気は世を覆わん。時に利がないため騅が進もうとしない。進もうとしない騅をどうすればいのか。虞よ、虞よ、汝をどうすればいいのか」


 項羽は虞姫を見ながら歌詞を数回繰り返して言った。虞姫はそれに唱和した。


「漢兵が既に地を攻略し、四方から楚歌の声が聞こえる。大王の意気が尽きたにも関わらず、賎妾(私)がどうして生きていられることでしょうか」


 歌いながら項羽は数行の涙を流し、左右の者も皆泣いて項羽を仰ぎ見ることができなくなった。


(この男も泣くのね)


 虞姫は不思議そうに項羽を見ながら泣いた振りをした。


「さて、脱出するか」


 項羽はあっさりそう言うと駿馬・騅に乗り、壮士騎者八百余人を指揮して、夜の間に漢軍の包囲を突破した。南に向かって駆けて行く。


 空が明けた頃、漢軍はそれに気づいた。


灌嬰かいえい、五千騎で追撃せよ」


「承知であります」


 項羽が淮水を渡る頃には、従う騎者は百余人になっていた。


(虞子期と虞姫もいないな)


 あの二人は死んではいないだろう。そんなたまではない。


(ふっまあ良い)


 項羽は陰陵に至った。しかしそこで道に迷った。一人の黄色い服の田父に出会った。


「道を教えてもらいたい」


「左だ」


「感謝する」


 項羽は左に進んでいった。


「天の意思に背かないか」


 黄石こうせきはそう呟いた。


 項羽は大沢に陥り、漢軍に追いつかれ始めた。


「漢軍です」


「そうか」


 項羽は迫り来る漢軍を見据える。彼にとって最後の戦いが始まる。





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