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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争

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章邯

 敗北したものの劉邦りゅうほうの元には多くの群臣が逃げ込んできた。


 彼は群臣に問うた。


「私は関(函谷関)以東の地を棄てて人に与えようと思う。誰か私と共に功を立てることができるだろうか?」


 流石の劉邦もこの敗戦は答えたようである。すると張良ちょうりょうが言った。


「九江王・英布えいふは楚の梟将(勇将)ですが項羽こううと隙(対立)があります。彭越ほうえつも斉と共に魏の地で楚に反しています。この二人はすぐに使えましょう。そして我々の旗下の将においては、韓信かんしんだけが大事を任せて一面に当てることができます。関東を与えたいのならば、この三人に与えれば楚を破ることができましょう」


 英布と項羽の隙について話さなければならない。


 項羽が斉を攻撃した時、九江からも兵を集めようとした。しかし九江王・英布は病と称して赴かず、将を派遣して数千人を出しただけであった。


 漢軍が楚の彭城を破った時も、英布は病と称して楚を助けようとはしなかった。


 そのため項羽はしばしば使者を送って譴責し、英布を呼び出そうとした。ところが英布はますます恐れて会いに行こうとしなかったのである。


 劉邦は下邑から軍を碭に遷し、更に魏の地を越えて西の虞県(旧虞国)に至った。その後、劉邦は言った。


「汝等のような者では天下の事を計るに足りない」


 と言った。すると謁者・隨何ずいかが進み出て問うた。


「陛下の発言の意図が分かりません」


「誰か私のために九江に使いし、九江の兵を発して楚に背かせることができないものばかりだからだ。項羽の足を数カ月留められれば、私が天下を取るには充分なのである」


 劉邦という人は負けてもけろっとしているところがある。


 隨何が言った。


「私が使者になることを請います」


 劉邦はその言葉に感じるものがあったのかあっさりと隨何を使者にして二十人と共に九江に向かわせることにした。


「次は韓信だな。章邯しょうかんは未だに抵抗をしているのか?」


「そのようです」












 漢軍は長くに渡り、廃邱に篭る章邯を包囲していた。


 当初は樊噲はんかいが攻略を担当していたが、中々陥落させることができなかったため、劉邦は韓信と曹参そうしんを派遣することにしたのである。


 兵力をかけてでも漢軍は章邯をつぶしにかかっていたにも関わらず、章邯はここまで屈服することなく戦い続けていた。


 約一年近く漢軍と彼は戦い続けたことになる。


「全くさっさと落ちればいいものを」


 韓信は苛々しながら呟く。彼とすればせっかく戦場で思うがままに戦える地位になったにも関わらず、このようなところで戦わなければならないでいる。


「章邯も無駄な抵抗をしている」


 もはやこの地での態勢は決している。韓信とすればなぜ降伏しないのかわからない。


「まあ、いい。それも今日までだ」


 韓信は中々降伏しない章邯に現実を叩きつけてやるため、大掛かりな策を行うことにした。


 水攻めである。


 章邯が篭る廃丘に水が注ぎ込まれ、ほぼ陥落したも同然であった。


「私は項羽とは違うのだ」


 韓信はそう言うと章邯に投降するようにと書簡を送りつけた。


「投降せよか……」


 書簡を見ながら章邯は呟く。もはや勝目が無いことは章邯とて理解している。


「再び、膝を屈するのか私は……」


 かつての章邯は偉大なる秦の将軍であった。祖国の大業を成す戦に参加し、戦った。祖国の危機のためにも戦った。


「だが、祖国に疑われ、私は項羽に膝を屈することになった」


 項羽という人は若い男であった。これほど若い男に、かつて楚との戦いで戦った男の孫に自分は膝を屈するのだと思った。


 そこか今まで築いた栄光を崩れ去った。また、項羽によって多くの将校は殺され、秦の都にいた人民、秦王。多くの者たちの虐殺を止めることもできなかった。


「ああ、私はこのまま朽ちていくのだろうと思っていた」


 雍王に任じられる時、そう思った。だが、そんな時に漢軍が北上した。


「正直、嬉しかった」


 また、戦場で戦えるのだと、そう思った。


 以前ほどに上手く戦えず、このような様になってしまったが、それでも戦場にいられることに感謝したかった。


「さて、降伏か」


 章邯は書簡を漢の使者に投げ返した。


「漢の大将軍とやらにこう伝えよ」


 章邯は剣を抜き言った。


「私の膝を屈しさせたければ、我が死体の膝を曲げろとな」


 彼がそう言うと漢の使者を追い払うと僅かに残ったこんな自分にしたがっている兵たちに言った。


「もはや戦いの結果を出た。ここまで戦ったのだから項羽への義理は果たしただろう。お前たちは漢に降伏せよ。私は死ぬ」


「章邯様ぁ」


 兵たちは泣く。こんな自分についてきてくれた兵たちである。あの時のようなことが起きて欲しくない」


「さあ、行け」


「はい」


 兵たちも去っていく。


 章邯はそれを見届けてから槍を持った。そしてその槍を自らの左膝から足首から地面まで貫かせてた。そして、自らの腰と槍を紐でくくりつける。


「祖国のために戦い、大業を成した功臣となり、祖国の危機のために戦う忠義を示し、裏切りの苦さを味わい、降伏する辛さも味わった。それにも関わらず、王となり、そして、戦の中で死のうとしている」


 彼は笑った。


「ああ、私は戦場のありとあらゆることを、この乱世のありとあらゆることを味わった。最後の最後まで楽しんだぞ」


 章邯は自らの首元に剣を当てて、引いた。


「章邯の旗下の軍が降参しました」


「やっとか。で、章邯は?」


「まだ、城の中にいるそうです」


「連れて参れ」


 曹参は命令を受けて城の中に入り、章邯を探した。章邯はすぐに見つかった。足を槍で貫き、槍にもたれかかっているような章邯の遺体があった。


「死んでまで膝を屈しませんか」


 曹参は章邯の死に様に敬礼した。


 こうして漢は雍地を平定し、中地郡、北地郡、隴西郡を置き、廃丘は槐里に改名された。


「漢王から書簡が来た。迅速に漢王の元に集うようにとのことだ」


「負けたと聞きましたからね」


「王のためにやっと戦えるぜ」


「では、急いで漢王の元に行くとしよう」


 こうして劉邦の漢軍の再編成が行われ始めた。




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