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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争

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進撃

 劉邦りゅうほうは恩徳を施して民に爵位を下賜し、蜀漢の民は軍事物資の供給で労苦していることから、二年の租税を免除するようにした。また、関中の士卒で従軍している者も一年の家賦を免除した。


 五十歳以上の民で脩行があって(品行が正しく声望があって)大衆を善く率いることができる者を三老とし、郷に一人置いた。更に郷の三老から一人を選んで県三老とし、県令・県丞・県尉と共に政治を協議させ、繇戍(徭役)を免除した。そして、十月を民に酒肉を下賜する月にした。


 このように恩徳を示しながら劉邦は東に軍を動かしていった。やがて南下して平陰津で黄河を渡り、洛陽新城に至った時、三老の董公とうこうが劉邦を遮った。


 十里ごとに一亭を置いて亭長が管理し、十亭ごとに一郷を置いて三老が民衆を敎化する。


 董公は劉邦にこういった。


「私は『徳に順じる者は栄え、徳に逆らう者は亡ぶ』と聞いています。また、『出兵に名分が無ければ事は成すことはできない』とも聞いています。そのため『相手が賊であることを明らかにすれば、敵を屈服させることができるのだ』と言われているのです。項羽こううは無道を行い、その主であった義帝ぎていを放逐して殺しました。彼は天下の賊と言えます。仁とは勇に頼らず、義とは力に頼らないもの。王は三軍の衆を率いて素服(喪服)に着替え、諸侯に項羽の罪を宣言してから東伐なさるべきです。そうすれば四海の内であなた様の徳を仰がない者はいなくなりましょう。これは三王(夏・商・周三代の王)の挙というものです」


 劉邦は、


「素晴らしい。先生がいなければ、このような意見を聞くことはできませんでした」


 彼と称えると陳平ちんぺい張良ちょうりょうを呼びつけた。


「張良殿。こちらは陳平殿だ」


 劉邦が自ら紹介し、張良を座らせる。陳平は軽く会釈する。


(私に頼らず、漢王の信頼を勝ち得ましたか)


 面白い人だと思いながら張良も会釈する。


「さて、義帝の件で集まてもらった。義帝が殺されたことは事実か?」


 劉邦は陳平に問うた。


「事実です。項羽が命じてやらせたと聞いております」


「遺体は?」


 劉邦はそんなことを聞いてきた。義帝の遺体の処理に関して面白いことに史書は沈黙している。


「私は直接、確認は取っていませんが……」


「死んだと見る方が王にとってよろしいと思いますが」


 張良がそういうと劉邦は髭を撫でる。


「まあな。ただ生きてる時に喪に服すなんてやったら笑い種だろう?」


 劉邦はそう言って笑う。


「取り敢えず、項羽が殺害したと思っていいか。さて、項羽の義帝殺害はお二人はどう考える?」


「愚策ですね」


「愚策だと思います」


 二人とも愚策であったと評した。


「そうか……」


「漢王はどう思いますか?」


 張良の問いに劉邦は髭を撫でながら少し考え、


「まあ喧嘩友達でも欲しいんじゃねぇの」


 と言った。


 劉邦の元を退出した二人は共に歩く。男前の二人が歩く様は中々に絵になる。


「私に頼って頂ければ、すぐにもで紹介しましたのに」


「こういうことは下手な推薦をもらうよりも実力で掴んだ方が動きやすいので」


 二人はそんな会話をする。


「どう思いますか漢王という人は?」


「不思議な人だと思う。なにより話しやすい」


 陳平はそう言った。そう劉邦は態度が悪い割には話しやすい人である。


「そうでしょう。だからこそ人材が集まるのでしょう」


 張良は誇るように言った。しかしながら陳平は彼ほど劉邦という人間を信頼していない。


「あとは項羽に勝てるかどうかだが……」


「勝つことはできます」


「あなたがいるから?」


「いいえ、漢王は項羽の傍にいる者たちよりも遥かに項羽という人間を理解しているからです」


 張良はそう言った。


 その後、劉邦は義帝のために喪を発した。袒(肩を出すこと)して大哭し、全軍が三日に渡って哀哭した。そして、諸侯に使者を送ってこう伝えた。使者は酈食其れきいき陸賈りくかが務める。二人共蕭何しょうかから開放されるとばかりに喜び勇んで向かった。


 以下、使者として諸侯に伝えられた内容である。


「天下が共に義帝を立てて、北面して仕えた。しかし今、項羽は義帝を江南に放って弑殺した。大逆無道とはこのことである。私は自ら喪を発し、諸侯は皆、縞素(喪服)を身につけている。私は関中の兵をことごとく発して三河(河南、河東、河内)の士を収め、江・漢(長江・漢水)に沿って南下して、挟撃しよう。諸侯王に従って楚の義帝を殺した者を撃ちたいと願うばかりである」


 これに多くの諸侯が答えていった。


「項羽は負けるようだ」


 元々不満があった魏豹ぎひょうはさっさと劉邦に降ろうとした。


「一戦交えてからにしては如何ですか?」


 薄姫はくきはそう言ったが、彼は聞き入れずに降った。


「さて、これが吉と出ますかね」


 彼女はそう呟いた。


 一方、劉邦の要請に条件を突きつけた者もいる。陳余ちんよである。彼は斉と協力して、張耳ちょうじに勝利して、趙を再建していた。彼は劉邦に従う上でこのような条件を出してきた。


「漢が張耳を殺したら従おう」


 この条件を聞いて劉邦は悩んだ。張耳は自分を頼ってきた人であり、彼はかつての兄貴分である。


(この人から自分は夢という翼を開いたんだ)


 そういう意味では恩人でもある。


(どうしたもんか)


 かつて刎頚の交わりを結んだ中だというのに、このような条件を出す陳余のことを劉邦はあまり好きではないが、ふと自分はと思った。


(いずれ盧綰ろわんをどうするのだろうか?)


 彼は自分のもとで功は立てている。だが、そのことに対してもっと出来て欲しいと思う自分がいる。


「やがて私も……」


 劉邦はそう呟いてから陳余の元に張耳の首に見せかけた偽の首を届けた。首が届けられたことに陳余は大いに喜び、劉邦に従うことにした。


 よほど精巧に偽装した首のようである。因みに首の作成者は周勃しゅうぼつである。


 諸侯の兵が合わさり、劉邦の元には五十六万という驚異的な兵が集まることになった。


「さあ、この数なら項羽に勝てる」


 そう考えた劉邦は大胆にも彭城に向かって大進撃を行った。


「一気に片をつける」


 劉邦はそう叫ぶ。


 一方、斉での鎮圧を行っている項羽に范増はんぞうがいう。


「早く戻らんと彭城が落とされるぞ」


 しかし、項羽は慌てた調子を出さず、


「だと良い」


 と言った。


「何が良いだ。我らが首都だぞ」


「亜父よ。だからこそあそこで私に逆らうやつのだいたいを殺せるから良いのだ」


 項羽はそう言った。




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