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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争
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複雑な心境

 呂雉りょちの元を劉肥りゅうひが訪れた。


「本日、護衛を務めることになりました劉肥です」


「劉肥……」


 彼女は彼の言葉をきっと睨みつけた。夫が関係を持っていたという女・曹氏そうしの子であることを知っていたためである。


「別の方にしてもらいませんこと」


「それはなりません。陛下のご意志による決定であり、それをころころと変えることはできません」


「わかっています、言ってみただけです」


 呂雉は不貞腐れたように言うと下がるように言った。劉肥は彼女の元を去った。


(あの人が……)


 彼女さえ現れなければ、私と父と母だけで普通の暮らしを続けてこれたのではないだろうか。そんなことを思いながら、劉肥が歩いていると部屋からこちらを望み込む小さな影が二つ。


「お兄さん誰?」


「誰ぇ?」


 二人が声をかけてきた。劉盈りゅうえいとその姉である魯元公主ろげんこうしゅである。


「劉肥と申します」


 できる限り優しい声で劉肥は自分の名を言った。二人が父の子であり、異母弟、異母妹であることを知っているからである。


『お前には盈の良き兄であってもらいたいと思ってる』


 父の言葉が脳裏をよぎる。


(余計なことを言われたものだ)


 そのようなことを思っているととことこと二人が近づいてきた。


「ねぇねぇ母さん。父さんのところにいないの?」


「ご自分の家に戻るそうです」


「へぇ、父さんも戻ってくるの?」


「いや、戻ってはいきません」


「そうなんだあ」


 二人は寂しそうにする。


「代わりと言いますが、私が護衛致します」


「へぇ、お兄さんが護衛してくれるの?」


「そうですよ」


「わーい」


「格好いい人が護衛だね」


 二人はなぜか喜ぶ、そして、劉盈は劉肥に近づき、抱きつく。


「僕ねぇお兄さんみたいなお兄ちゃん欲しかったんだあ」


 劉肥は彼の言葉に目を細め、複雑な表情を浮かべる。


「さあ、部屋に戻りましょう」


「はーい」


 二人を部屋に送ると劉肥は目を手で覆う。


『お前には盈の良き兄であってもらいたいと思ってる』


『僕ねぇお兄さんみたいなお兄ちゃん欲しかったんだあ』


「誰も彼も自分の気持ちなど……」


 心が揺れるのを感じる。自分の醜さに引っ張られそうになるのを感じる。同時に許したいという気持ちがそれを止める。


(なぜ、自分だけがこのような思いをしなければならないのか)


 劉肥は思わずそう思い、そんなことを思う自分に笑った。












 劉肥の護衛の元、呂雉と子供たちは出発した。


「ふふふ、邪魔者は消えましたわ」


 戚夫人せきふじんはそれを見ながら笑った。今はあの女が正室だが、このまま寵愛を深めれば、自分が正室となるだろう。


「はやく正室になりたいわあ」


 彼女はそう言ってほくそ笑んだ。


 もしこの時、彼女が呂雉に対して平身低頭し、彼女の身の回りを補佐して、己の身分をわきまえるような行動を取ったとすれば、後にあのような運命が訪れることはなかっただろう。


 そして、逆に薄姫はくきはこのことに気づいたが故に己の運命を掴むことに成功することになるのである。










 劉肥は護衛として複数の兵と共に動いていたが、


「ねぇお兄ちゃん。遊ぼう」


「そうそう遊ぼう」


 なぜか劉盈と魯元公主に懐かれていた。


「いえ、お二人とも私は仕事がありますので……」


 ちらりと劉肥は呂雉を見たが、彼女は特に何も言わなかった。


(私といることはいいのだろうか?)


 父である劉邦りゅうほうもよくわからないが、彼女もこういうところがわかりづらい。


「わかりました。少しだけですよ」


「わーい」


 二人は喜び、少しの間、二人の遊びに付き合った。付き合いながら劉肥は微笑む。


『お前には盈の良き兄であってもらいたいと思ってる』


 父の言葉がまたしても過る。父の言葉でなければこれほど複雑に考え込まないかもしれない。


「お兄ちゃん。楽しいね」


「ええ」


 劉盈の言葉に劉肥は頷く。


 その時、兵が駆け込んできた。


「報告します。楚軍の兵らしき者が近づいてきております」


「そうか……さあお二人共奥方様の元へ」


 劉肥は二人を呂雉の元に避難させると周囲を警戒するように指示を出す。


「できる限り、接触を避けることのできる道を探せ、戦うようなことがない方が良い」


 彼は剣をぬく。


「それでも警戒を怠るな良いな」


 兵士たちに指示を出しつつ、劉肥へ警戒していく。


「こちらに来ます」


 兵の声が聞こえた。


「やはりこうなるか。なんとしても奥方様方に指一本触れさせるな。良いな」


「はい」


 楚軍の兵が現れて、劉肥にやりを突き出す。それを避けて、劉肥はその楚軍を切り捨てる。


 呂雉の乗る馬車に向かって、楚軍の兵が襲いかかる。


「指一本たりとも触れさせるものか。なんとしても奥方様方の身の安全が第一だ。駆けよ」


 馬車に向かって叫ぶと馬車は一気に走り出す。


 楚軍が追いかけようとするが、


「貴様らの相手はこの私であろうが」


 劉肥は剣を向けて立ちふさがる。


「さあ、剣を抜け、そして死ね」


 しかしながら楚軍の兵の数が異様に多い。


(これだけ大掛かりに狙ってきたのか)


 そう思いながら剣を振るう。そこに一人の男が現れる。


「そこの若者、私が勝負しよう」


 男は日本の矛を振るってきた。


「くっ」


 それをなんとか受け止めようとするが、片方を防ぐと片方ですぐさま隙を突いてくる。


「くそ」


 剣で矛を防ぐとその矛を回転させて、剣を巻き取ってみせた。


「なっ」


「まだ甘いな」


 男はそう言うと矛で劉肥の頭を強く叩きつけた。劉肥はそれにより倒れ込んだ。


「さあ、止めだ」


 そこに大男と複数の兵がやって来た。


「間に合ったぜぇ」


 大男が矛を振るい、止めを刺そうとした男の矛を弾き飛ばす。すると周囲から音が鳴り響く。


「まさか漢軍に囲まれたのか。退け、退け」


 男の指示によって楚軍の兵たちは退却していった。


「大丈夫ですか?」


 劉肥は声をかけられ、顔を声の方へ向ける。


「あなたは……張良ちょうりょう殿……」


「間に合ってよかった。ご無事でなによりです」


 張良はそう微笑むと後ろから数人の銅鑼を持った男たちが現れる。


「奥方様をお守りせねば」


「大丈夫です。あっちにも私の配下を送っていますので、問題ありません。漢王の元に戻りましょう」


「よかった……あとは任せます」


 劉肥は気を失った。


雍歯ようし。このまま漢王の元に出向くが良いか?」


「まあ仕方ねぇだろうよ。今はな」


 雍歯がそう言うと張良は頷き、劉肥を連れて、劉邦の元へ急いだ。



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